第3話 チュートリアルが長すぎる
「あぁ。やっぱりねぇ…」
マリネラちゃんが伏し目がちに呟くと、他の神達も一斉に落胆した様な面持ちになる。ノードやエリオスは盛大に溜息をついていた。
──あれ、なんかいけないこと言った?
「この世界イリスに於いて人語を話し、意思疎通でき、平和的に隣人付き合い出来る者。これら全てを人類と呼ぶんじゃよ」
苦笑いをしながら、グスノフが寂しそうに言う。
その言葉を聞いて愕然とする。そうだった、この世界ではそもそも獣人なんて考えがないんだ……。あたり前の事だった。あぁ、俺はそこからなのか。だから大前提か。
──ごめんなさい。
俺は心の底から謝った。その気持ちが届いたのか、彼女ははにかむように微笑んだ。
「良いよ。判ってくれたなら。降りてからもその事、決して忘れないでね」
──はい。モフモフは正義ですから!
その言葉を皆が確認するように頷くと、エギルが一歩前に出てくる。
「よし。では先ずその大前提から話していこうか、お主は今、世界をどう視ておる?」
いきなりなんだ? 突然言われたことに意味が分からず、黙っていると。
「フム。やはり解らんか。そうだな、今のお主には目がないよな」
うん人魂だからね。
「では先程お主が言った、鑑定スキル。これは一体何を見て鑑定しておると思う?」
え? そりゃ現物じゃねぇの?
俺がそう考えて言うと、彼は黙って仕方ないなぁと言った感じで首を振りながら言ってくる。
「──その現物を知らぬのに?」
思わず頭がフリーズする。待って待って? え? だって、その現物を見て……あ!
「そうだ。お主はそれを初めて目にしたから鑑定したのだろう? だから、それが何かはまだわからんだろう?」
え? でも今まで読んだ物語では、叡智とか、アカシックレコードや、何処かのシステムとかが、教えてくれんじゃねぇの?
「なんだ、そのシステムとやらは?」
俺の感情を読み取ったエギルが心底分からないと言った感じで聞いて来る。
そうかぁ……そっちかぁ。自分で手探りパターンって奴かぁ。
「ん? いやそうではないぞ。ちゃんとスキルとして鑑定は存在しておるからな。」
え? じゃあどういう事?
「フム、お主ら地球人は、物質やその事象を確認して、初めて認識する世界で合っておるな」
彼は何かを確認するように聞いて来るので、少し考え込む。ん~? あ、そう言えば、シュレディンガーの猫とか、量子理論とか、ダークマターだっけ? なんかそう云う観測できない事象が存在するとかなんとかも在ったような気がするが。
「ほうほう。その考えも出てきておるのか、興味深いな」
「これ、エギル、脱線するでない」
俺の言葉に反応し、思わず前のめりになったエギルをグスノフさんがぴしゃりと抑える。
「ム。う、うむ。すまん、今はそこまで深くは聞いていない。凡そでよいのだ」
あぁ、それなら物質や事象観測が実証できて存在を認識する世界だな。
一体なんだ? ここへきて科学? 物理学? の話なの? そんなに自信ないよ俺。
「いや、そうではない。ただの確認だ。では次に魔素やマナと言う名前をなぜ知っている?」
え? そ、それは物語で読んだからとしか言えないんだけど。と思って俺は考える。そう言えばそうだよな、大体なんでそう言った不思議現象を、地球人は想像出来たんだ?
「そうか。……もう完全に廃れてしまったのだな」
何故か、エギルはそう言うと少し寂しそうだった。その落ち込んだ仕草を見たグスノフが、一つ小さな息を吐き、こちらを向いて教えてくれる。
「実はのぉ。その昔、と言えば良いかの。あったんじゃよ。地球にも」
え!? 何が? 魔素がマナが!? まじで!?
「お主の時代からなら確か、二十億年ほど前になるのかの」
──ソデスカ……。ニジュウオクネンも前ですか。
「エギルはその頃、地球におったんじゃよ」
はい、爆弾落ちました───!
なによ! エギルって地球の神様だったの?
「その当時、地球はマナの膜に守られ、ましてや、化石燃料なんぞも使っておらなんだから、空気汚染も公害も皆無じゃったのになぁ」
その言葉を聞いた瞬間エギルが激昂した。
「そうなのですよ! グスノフ老!! あの永久の長久のどぐされどもが! 何がこれからは化石燃料だ。現実物質理論だ! 地球を汚染しまくった挙句、失敗したからと言って自らの汚点を隠すために、量子爆発なんぞ起こしやがって!そのせいで地球はあんな! あんなにも……」
──ん~、何やらかなり恐ろしい事があったようですな。
「ふん、エギルよ。もう終わったことだ。テメェはここで、きっちりやってる。それでいいじゃねぇか」
ノードがぶっきら棒に慰めてる。あんた、ホントは優しいんだね。俺がそんな事を考えてると、ギロリとこちらを睨んできた。ビビッてフヨフヨがブルブルになっていると。マリネラちゃんが進み出て来る。
「まぁまぁ。ノードも落ち着きなさいよ。……じゃぁ、ここから先は私が引き継ぐわね。ん~ぶっちゃけ簡単に説明するとね。この世界は、いわゆる三次元ではないの」
──へ?
「そして貴方達地球人は、三次元で観測した事象しか知覚できないようになっちゃったの」
そ、それってどういう事?
「さっき、エギルが言ってたでしょ。量子爆発」
は、はい。でもそれって、確か原発を小型モジュール化した程度の……。
「それは貴方達の時代の話でしょう。彼らが作った物は当時、太陽と同等かそれ以上のエネルギーを永続的に取り出せるはずだったの」
太陽と同等って……。それを聞いても想像出来なかった。そこまで俺は頭が良かったわけじゃない。太陽のエネルギーと同等ってなんだ? そんなの一瞬で地球どころか、その辺の星系ごと蒸発してしまうんじゃねぇの?
「まぁ、結局は上手く行かずに失敗したんだけどね。そのせいで量子が反転し、次元融合を起こす程のゆらぎと、反作用が起きた。で、地球に居た生物の九十七%が死滅。一度、地球は次元軸と時空の狭間に堕ちて、総分解されたわ。そこで残った三%もオジャンになって、地球は一度死の星になったの、太陽系ごとね」
す、スケールがパネェよ! 想像の埒外過ぎて意味がもう行方不明だよ!
「まぁそうよね。それで、上位管理神はブチ切れて、当時そこの管理者だった主だった神は総入れ替えになったわ。エギルはその時、ここへ来たのよ」
うはぁ。もう訳わかんねぇっす。
「フフ。それでね、当時新たに地球神になった管理者が、なんとか復旧させたんだけど、マナは綺麗サッパリ失くなっていたわ。そこで地球神は仕方なく、約十億年ほどかけて生命の誕生を遅らせる代わりに、星の復旧に全力を傾けたの。だから、あの世界ではそういった、三次元以上の次元観測がまだ上手く出来ない様に制限されているのよ」
いやぁ~昔の人って超天才、いやこの場合は天災だな。あ! 上手いじゃん俺!
「理解した?」
置いてかないでくださいねマリネラ先生!
「ふふふ。頑張ってね。つまり、この世界で起こる変換事象や、質量保存の法則は次元法則の理を使って、捻じ曲げることが出来るの」
ファ?! いきなり話が飛んだ!?
「飛んでないわよ。言ったでしょ。三次元以上の世界だって」
せ、先生! 脳が、機能不全です! ガガピ!
「もう! 仕方ないわねぇ。考えてごらんなさい。転移や、さっき貴方自身が言ったアイテムボックス。コレって質量保存の法則、ガン無視よね。瞬間移動なんて、生身が出来るわけないじゃない。動いた瞬間にバラバラになるわよ」
──あ、あぁなるほど? なんとなぁく理解できる。
「その調子よ。で、三次元で言うと縦、横、高さによって物体は存在してるわよね」
──はぃ。
「では、その次元を分解できるとしたら、どう思う?」
──???
「──そうよね。意味が解らないわよね。今そこを完全に理解しろとは言わないわ、簡単にそういうものだと思っておいて」
は? 次元って分解できるの?
「そう、あなた達の世界で次元とはどう認識されている? 例えば一次元は?」
え? 一次元は……起点から伸びる線みたいな……。
「そうね。そこに別方向に次元が一つ増えると、縦、横という概念が出来て、二次元と言う平面になり、更に高さが増えることによって認識されているのが、物質の三次元。本来はこれに時間という次元がプラスされて、あなた達の世界は見ることが出来ていると考えられているの。まぁ一般的にだけどね。じゃあ、よく考えてみて。その次元がもし、単体で扱えるとしたら?」
──なにを……は!!
「気付いた?」
そこで俺は有る可能性に気付く。次元を変更出来れば、距離や重さ、そもそも高低差が無くなる。目に見えなくても次元隔離された空間があれば、そこにはモノが入れ放題。次元を変えれば距離に制限なんてないから移動もできる!
「大体せ~いか~い! 偉い偉い」
フハハハハ! 何だこの全能感!気持ち~~~!
「はい。じゃコレで次元の話はひとまず此処まで」
──え?
「次は、最初のお話。視るについてね」
おををっ! 付いて行けてるのか俺スゲェ!
「コレは簡単。スキルにその機能が付帯されてるの」
──は?
「例えば、鑑定。これは対象物を貴方が認識した瞬間に、検索結果が反映されるわ。つまりあなたの世界で言うグー○ルレンズの神様版ね」
──。
「なに?」
いえ。べつに。
「端折ってるとか思ってないでしょうねぇ」
──もしかして図星?
「ちっがうわよ! スキルってのは神からのギフト。加護と貴方達の熟練によって都度更新されてきたもの! ビッグデータ其の物なのよ!」
あ、言っちゃった──。