第29話 目と足と耳
「クソ!…あの野郎、どこ行きやがった」
「もう一度、市に戻るか?」
二人の斥候は焦っていた。攫い屋として仕事をする様になって初めて目標を見失ったからだ。
一人の名はデック。【遠見】スキルを使える。
相棒の名はヘルマン。【俊足】スキルの持ち主。
二人は元傭兵ギルド所属の斥候だった。二年前の、シンデリス連邦内で起きていた内紛で所属ギルドが壊滅。そのドサクサに紛れて違法奴隷を集める闇奴隷商のマキャベリに拾われた。攫い屋にとって斥候役は情報収集の初動で最も重宝される故に報酬も良かった。
裏を返せば、失敗すれば最初に面が割れ捨てられる斥候、それ故に二人は必死だった。前回、スキルの確認不足で尾行失敗。何とか許されたが、今回は目標を見失った。
「マズイ…今回は絶対やべぇ…」
「おい! んな事言ってる場合じゃねぇだろう?!」
デックが俯き、冷や汗を流しながら呟くと、ヘルマンが彼の肩を揺らしながら怒鳴る。
「でも…でもよ、ジードは許してくれねぇぜ?」
「見つけりゃいいんだよ! 目標を!」
「どうやってだよ? いきなり消えたんだぜ? 俺の目で確認してお前の足で追ったのに」
「──っ! そ、それは…」
ヘルマンは咄嗟に言い返せなかった。デックの言った通り、目で見て足で追っていたのだ。街中で、いくら人通りがあったとて、今まで二人で追えなかった者なんて居ない。シンデリス連邦の内紛で。ビーシアンの連中でさえ追える二人が。
「あの、ノートって野郎は何かおかしい。普通のマジック・キャスターじゃねぇ」
そう言うと、デックは今までに感じた事の無い不安に襲われて震えだす。
「おい! 落ち着けって! もし、アイツがそんな手練れだったなら俺達じゃ無理なんだ。その事をジードに報告すればいいじゃねぇか!」
無理やりこじ付けてデックを落ち着かせようとしていた時、ふと視線を前に向ける。
「あ!? 居た…」
前方の市場通りを、フラフラ店を覗きながら歩くノートが居た。
《…おい。良いのか? 連中、お前に気づいたぞ》
うん。だって、宿に戻るんだもん。変に動き回られて、セリスさんや他の知り合いに迷惑掛かったら嫌じゃん。逆に気付かせて、追ってもらった方が楽だよ。判り易くて。
《…なるほどな、敢えて追わせる。自身が囮って事か》
…イエア!
二人はちゃんと宿まで付いて来て居た
***************************
衛兵詰所の隊長室では、カークマンとコンクランがソファに突っ伏していた。
「やはり、スラムか…」
「…もう其処しか残っていません…」
二人の疲労はピークを迎えていた。昨日から完徹で指示を出し、現場へ向かえば自身も聞き込み。ハミルの自宅は抑えたがもぬけの殻。
足取りは詰所以降全く無かった。そうなれば、消去法でスラムしか無かった。
”コンコンコン”
そんな状態の中、無情にもドアがノックされて兵が報告に来る。二人は重い体を起こしてカークマンが返事をする。
「は! 遺体の検分が終了したとの事で、治癒師と魔技師をお連れしました!」
二人は何とか態勢を戻して、入室許可をする。
「「失礼します」」
一礼し入ってきた治癒師と魔技師が書類をカークマンに手渡す。
「こちらが、解剖所見と…」
「…術式痕跡結果です」
「…口頭報告も頼む」
「はい。ではまずーー」
「…そうか、ではやはりあの遺体は青年相当だと」
「そう考えるのが自然です。」
「術式痕跡に関しましても、同意見です」
「了解した。急がせて申し訳なかった。ゆっくり休んでくれ」
「「は! では、失礼します」」
「…ふぅ。年齢はおよそ、十九~二十八歳前後…か」
「十歳もの幅…ですか」
「──…確定だな。」
「そこまでの年齢不詳ですと、やはり栄養不足からの骨年齢異常ですか」
「あぁ。スラムの住人特有だな」
「幻惑剤と闇奴隷で縛って行動誘導…ワードで自爆…ってところですか」
「あぁ。シンデリスの内紛時によく使われた手だな」
「では、主犯は傭兵崩れが?」
「雇われか…奴隷商かの何方かだな」
「はぁ~。いよいよ、セレス様頼りか…」
「……。」
カークマンの言葉にコンクランは黙って天井を見上げていた。
***************************
「…それで? 奴はそのまま宿に?」
「はい」
「わかった。ご苦労、指示が有るまで休んでてくれ」
「…じゃぁ、いつものヤサに居ます」
ジードは了解の意を示すように手を振り、デックたちを帰すとマキャベリのいる部屋へと向かう。
「ノートとやらの素性は、判ったのか?」
マキャベリは振り向きもせず、ジードに尋ねる。
「残念ながらこの街以前は、開拓村の様でして。」
「教会の無い村…か」
「おそらく。」
「…ふむ。お主ならどうだ?」
「問題ありません。」
「…そうか。ならば、ノートについては任せる。今回の件は思わぬ拾い物だ。故に皇帝陛下にも良い土産が出来る」
「は! 子爵については如何様に?」
「フン。たかが、王国の子爵風情、どうでも良いわ。奴隷制の事をチラつかせるだけで欲に塗れる俗物など。…この国は腐った果実そのもの。熟れた果実は美味いが、腐った果実は腹を壊す。さっさと片付けんとな」
心底、嫌そうな顔をしてマキャベリは吐き捨てた後に、ニヤリと口を歪ませて笑いながら、締めくくった。
「…御意」
***************************
その日の深夜。街の入門口では、閉めた門の傍で兵が大あくびを掻きながら、不寝番に立って居た。
「ふわぁ~。クソねみぃ~」
「…確かになぁ。1日中、ハミル捜索で走り回ったってのにさぁ。小休止だけで張り番とはなぁ。俺らってついてないなぁ」
「しっかし、あの野郎。最近羽振りがいいと思ってたら攫い屋の片棒担いでたなんてよう」
「あぁ。隊の中にも犠牲者の知り合いが居るってのにな」
”コンコンコン”
突然、入門口の通用部を叩く音が聞こえた。
「…何だ? 誰だ!」
「夜分に申し訳ない。こちらは伝令。勅使にて参った。門を開けていただきたい」
その言葉に張り番の二人は顔を見合わせる。
「勅使?」
「済まないがどちらへの勅使か?!」
「エクス居留のドエル・ゲイブ騎士様宛だ!」
「「ドエル騎士?」」
「そうだ!」
「知ってるか?」
小声で聞くが、もう一人の張り番も解らないので首を横に振る。
「…も、申し訳ないが、どちらのお家の騎士様でしょうや?」
「紋を持っている!フィル・セスタ子爵様だ!」
「「!!」」
「しばし!」
通用口の閂を外し、扉を開くと馬を下りた一人の男が手にカードと紋の入った手紙を携えていた。
「これを」
そう言われて受け取ったカードを魔導器へ差し込む。
name ジェラルド 冒険者ギルド所属 rank 銀
sex 男
age 36
賞罰 無し
「確認した。紋を…確認しました。して、ドエル様とはどこで?」
「ギルドだ」
「了解です。場所は?」
その言葉に一瞬の間の後、勅使は分かるので大丈夫だと答える。
「分かりました。夜も更けています。お気をつけて」
「ありがとう」
そう言って男は馬を曳き、歩いて通りを進んでいった。
「「…ドエル…?」」
二人は首を傾げながらも、見送るしかなかった。
男は通りを真っすぐ進んでいた。路地の横を過ぎようとした時、その影から声が聞こえた。
「ここだ…」
「…ドエル様ですか?」
「…荷は?」
男は馬を通り沿いの馬留に括り、路地へと躊躇することなく入って行く。
「…ったくよ。何で俺がこんなこすっからい仕事までしなきゃならねぇんだよ」
ボヤキながらも男は懐から異界鞄を出す。
「…ほら。これだ。…おい、アンタ大丈夫か?」
男が荷を渡そうとして男の表情を見て一瞬、手を止めて咎める。
「…だ、大丈夫だ。それを早く寄こせ。ジード──」
「おい!…判ったよ。ほれ、ったく。何名前言ってんだよ…早く戻りな」
荷を受け取った男はフラフラと、覚束ない足取りでそのまま、路地裏へ消えて行った。
「…ったく。アイツも使い捨ての駒かよ。…ここで良いか」
男はそう呟くと、異界鞄にまた手を突っ込む。
”ドサッ”
「あんたも、お疲れさん」
先ほど使ったカードを男の傍に落とし、男はそのまま歩き出して、闇に消えて行った。
***************************
「うぁあ~、眠いよ~メンドイヨ~、なんだよ錬金って~」
机の上には魔石と銀鉱石と幾つかの部品が転がっていた。
《…仕方ないだろう。アクセサリーは小さいものだ》
「解ってるけどさぁ…俺、寝てないんだよ? 目、ショボショボするよ。幾ら身体が廃スぺでもさ。精神は普通のおじさんなんだよ? 気分ってものが有るじゃん! ぐあぁぁ~~」
ベッドに倒れ込みながら喚く。
《そう、腐るな。お前にとってこの宿の連中は気に入ってるんだろう?》
うぐッ…コイツ、痛いとこ突いてきやがって…細かいんだよ! 小さいんだよ!
魔石の加工はまだ良かった。術の刻印ったってイメージするだけで良いんだもん。
でも、アクセサリー部分は違う。イメージしての現物合わせ。意匠を考え、ブローチにしたけど、それでも小さいものは小さい。
せめて1時間でも寝てたら…あ、此処ベッドじゃん…
《おい!》
鼻の穴に直接風を吹き込まれる。
「フガッ!…っぶしっ!!」
何回目だよ! もげるよ! 広がるよ! お願い止めて!
《一度完成すれば簡単なんだ。諦めるな》
──ちくせう…監視のせいで薄い結界まで展開してるってのに…
◇ ◇ ◇
宿の屋根の上には何故か座り込む男が一人。
「…コイツ、さっきから何を言ってるんだ? 一人でぶつぶつと」
男の名はゼス。
身体的には少し背が低い程度だが、顔の側面にある耳は違っていた。エルフの様に細長くはない、だがヒュームにはあり得ないほどに大きかった。
この男のスキルは【聞き耳】その気になれば、半径100m先の囁き声すら拾える。そんな男がデックたちの代わりにノートを監視していた。
「それにしても、なんで、こんなに聞き取りづらいんだ? 何か作ってるようだが」
◇ ◇ ◇
結局、昨日と同じで朝日が昇る寸前までノートはハカセに鼻を弄られていた。
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