第28話 道化師は踊る
宿に戻る頃には、日はとうに暮れて魔道具の灯りが寂しく点っていた。そんな光景を見ていると、ここは異世界なんだと実感する。向こうに居た頃は本当の山奥の田舎でもない限り、街灯は有ったし、建物からの灯りはもっと派手で明るかったから。
「ノートしゃん! お帰りですぅ」
「サラちゃん。ただいま」
「お帰りなさい。お食事は?」
「お願いします」
食堂に入り、女将さんと言葉を交わして、テーブルの一つに落ち着く。すぐにユマがカップを持ってきて、水を注ぎながら話をして来る
「ノート兄ぃ。お帰り」
「聴いてる? お貴族様の話し」
「ん? あぁ。今度、料理しに行くんだろ?」
「やっぱ、大将の料理ってスゲェよなぁ。お貴族様の耳にまで届くってさぁ」
…はぁ~。こっちはそれで気が重いんだよ。作戦を聞いた後、隊長たちはすぐに部屋を出て行った。セレス様と二人、残ってから詰めの話しをしてやっと帰ってきたばかりなんだから。
──…創造か。
暫く待っていると、お待たせしましたと明るい声で女将さんが料理が並べていってくれる。
「ありがとう。女将さんもこれから大変っすね。貴族様の事」
「えぇ。まぁ。作業は旦那だし、アタシはその手伝いですが…」
そう言ってから彼女は顔を近づけて、小声で話す。
「セレス様から聞いています。宜しくお願いしますね。ノートさん」
「あははは。はい、分かりました。俺も頑張ります」
その夜の食事の味は分からなかった…
◇ ◇ ◇
《ノート。セレス様の仰っていた創造とはなんだ?》
あぁ。俺の固有スキルの一つだよ。自分自身の知識を使って、新しいスキルだったり、物や概念? 魔術なんかを造るってやつ。
《ファ?…それって神の御業では?》
…そうだよねぇ。だから、セレス様は言ってたんだよ。俺がこの世界でだれにも負けないって。
《……。》
黙るなよ…。
《いや、黙るよ怖いよ、虐めないでね》
…キャラ変わっとる…大丈夫だよほら、エロガキですから。……さて、始めますか。
そう言って自身の意識で記憶と知識を思い出しながらイメージしていく。創造するのは透明化の魔術だ。…先ずは透明化するには…光の屈折だっけ?…体表を囲う? カーテンのイメージ? …ンむむ…。
はぁ、無理…。あ! 現物でやってみよう。早速、手持ちの荷物を漁り、財布を机に置く。
「コイツに、やっていこう」
◇ ◇ ◇
「はぁ~。やっとできたぁ」
試行錯誤の末にとうとう創ってしまった透明化。途中、色んな失敗作も出来たが、何とか思い通りに完成した。
《…ほ、本当に創造しやがった》
とハカセは何故か慄いているが。
今、目の前の机の上には財布が【有る】が何も【無い】。三百六十度、何処から見ても何も無い。理屈は簡単で、可視光線を遮断透過させているから。簡単に言えば、物体の周りに闇状態の膜を張り、その表面を透過光で光を通過させているだけ。つまり、膜の内側は真っ暗闇なのである。そう! これぞ、次元効果の賜物である!
同時存在できない状態を常態化させて融合させた結界状態の中に物体を置いただけ。勿論、物体に対して結界は掛けて有るから移動も問題なし。
いやぁ、これぞ異世界! ってやつだね。
途中の失敗作は散々だった。俺の物質至上理論が邪魔をして反射を考えてしまって出来ちゃった、【ビーム】や、【サン・レイ】みたいのとか。一応、スキル化しちゃったけど…。
そんなこんなで気づけば朝になっていた。
「ふわぁあぁぁ~」
デッカイ欠伸をしながら、階段を下りて顔を洗いに裏庭へ。
「「「あ! おはようございます! ノート兄ぃ!」」」
見ると三人組が水汲みやら、草むしりをしていた。
「お~ぅ。おはよう~。朝からお仕事ごくろうさん」
「どうしたんだ? すっげぇ眠そうだけど?」
タイラーがそう言いながら洗顔用のタライに水を入れてくれる。
「あぁ、サンキュー。いやぁ昨日は徹夜でさぁ」
バシャバシャと眠気を飛ばすように顔を洗いながらボヤく。
「へぇ~大変だなぁ。寝ぼけて怪我しない様にな」
「おう。ありがとさん」
皆、頑張ってるなぁ…
《お前のお蔭だ…子供はああやって育ってほしいものだな》
…だねぇ。
食堂で朝飯を貰って宿を出る。今日もやる事一杯だ…ブラック社畜にゃ、普通だな。さてと…セリスさんとこ行きますか。
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──路地裏の廃墟に彼は居た。
「なぁ…待ってくれよ。今回は確かにヘマしたが、商人は始末した。直ぐに足取りも消した。誰にも見つかってねぇ。だから! 頼むよ街の外にさえ出られれば良いんだ! アンタらの【商品】に混ぜて連れ出してくれ! この通り!」
ハミルはこんな事になるとは夢にも思っていなかった。
最初は胡散臭い連中だ、金だけ貰ってすぐ切ればいいと思っていた。酒場で好きな酒を飲んでいる時に声を掛けてきたこの男、名前も知らないし、聞いていない。
「貴族様の荷を持った商人の一人を荷物検査なしで通して欲しい。勿論、危険物ではないので大丈夫。一回毎に一万ゼルムでどうだ?」
俺達街の衛兵の日当が千二百ゼルム。約八日分が一回で貰える? そりゃぁ飛び付いたさ。都合三回、問題なかった。…だから今回も大丈夫なはずだった。
でも、あの堅物副隊長のせいで!
「……ふぅ。なぁ兄さんよ、俺達は慈善団体じゃねぇんだよ。テメェの尻も拭けねぇ間抜けに手を貸すと思うか?」
「んな!……そんな! ちゃんと商人は始末したじゃねぇか! それにアンタらの事だって──!」
其処まで言いかけた瞬間に首元に冷たいものが当たる
「っ!…」
「俺達が何だ? まさか、見逃してやってるとでも言いたいのか?」
「…くっ…。なぁ、頼むよ。」
──…じゃぁ、もう一つだけ。お願いしてもいいかな?
部屋の隅、暗がりになったその場所に座った男がそう言ってきた。
「…な、何をすればいい?」
「簡単なお使いだよ子供にも出来るだろお使い」
そう言う男の顔には悍ましい笑顔が張り付いていた。
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朝市の露店を覗きながら通りを歩いていると、賑やかな雑踏の中、ふとマップに反応があった。
「ん? これって…」
あの時の二人組か…奴らは連れ立って、俺の後ろをつかず離れず付いて来る。
《この間の斥候か?》
…みたいだねぇ。
《…どうする? 仕掛けるか? 誘導なら出来るぞ》
…ん~。あ! ちょうどいいや、実験も兼ねてあのスキル、使ってみるよ。
そして、横道に逸れた瞬間に透明化を自分に掛ける。
「……どこ行った?!」
「分からん! ここに来たのは間違いないんだが…」
「どうゆうこった?」
「…突然、消えた?」
「は? そんなスキル聞いたことないぞ!」
「俺だって知らねぇよ。でも…ここは…」
そこに道は無く、唯の家の境目の窪んだ壁があるだけだった。
「クソ! まさか、撒かれるなんて」
「どうする?」
「探すしかねぇだろうが!」
そう言って二人は雑踏に戻っていった。
「ムフフフ! 完璧だな」
壁が突然喋り始める。…まぁ、俺なんだが。
《確かに…気配しか判らんな》
そう。彼らの目の前に俺はずっと居た。あの慌てた顔…ちょっとは溜飲が下がったよ。マーカーが半径三百メートルを超えた辺りでスキルを解除し、俺も雑踏へ戻った。
◇ ◇ ◇
「セリスさ~ん、おはよ~ございま~す!」
そう言って店に入るが返事は来ない。
「あれ? お店は開いているのに、店主が居ないなんて不用心だなぁ」
そう言いながら進んでいくとカウンターの奥にいつもの陰が見える。
「なぁんだ。いるんじゃないで──!」
見るとセリスは半目で横たわり、顔に生気がない…。
「ひえ! せ、セリスさんが死んでるぅ」
”グ~~ッ”
「は、腹が…め、飯……」
──…まさか空腹で倒れるなんて。それも店の中で。俺は慌てて表でその辺の食事を買って与えた。
”ガツッガツッ! ンングッ!”ぷは! ”ゴクッゴクッ!”ふへぇ~~。
「いやぁ~悪いねぇ。さすがに動けなくなるとは思わなかったよ。あはははは!」
俺が帰ってから、ずっと飯も食わず寝るのも忘れて魔道具弄りをして居たらしい。
「……アンタはアホなのか?」
思わず言ってしまった。
「何言ってんだい! 材料が有るのに使わないなんて! それこそバカじゃないかい!?」
「はぁ~~~。なんちゅう残念エルフ! よくそれで子供作れたもんだよ」
「あ? それは関係ないじゃろが! 大体、お前さんは何しに来たんだ? 依頼はまだ出してないよ」
「あぁ。違いますよ。材料を少し分けてもらおうと思ってね。鉱物やアクセサリーの」
「ほほう…。なんだいなんだい。アンタもそういう物を作るんだ? で? 何を造るんだ? お前さんなら勿論魔道具だろ?」
うあぁ。目の色変わった…ヤダこの人…
「まぁ。セーリスさんに頼まれた物があるんで」
「おや? あの娘が? どんな物なんだ?」
…結局、他言無用で喋らされた。
「……ほう。そりゃ厄介事だねぇ。始祖様絡みか…」
「えぇ。詳しくは直接聞いてくださいね。で? 有ります? 素材」
「…ん? あ、あぁ有るよちょっと待ってな」
セリスさんはそう言って奥へ消えて行った。
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