30 神の腕
お待たせして申し訳ないです。
貴賓室へと戻り、国王たちへの報告を終わらせ、城のあちこちが壊れて皆が慌てふためく中、手持ち無沙汰になった俺は「ミスリアを迎えに行く」と一人、座標転移で元ダリア領のメスタ子爵邸へ跳んだ。……まぁ、跳んだのはいいんだが、あまりに急いでいたのと色々すっ飛ばしていたために、座標をミスリアの一メートル周辺にしてしまった結果。
「フギャァァ!」
「ま、まぶしっ!」
「な何事ぉぉ!?」
「……いや、マジすんません」
……俺って正座してるの多くない?
《……マスターの行いを考えれば当然の帰結かと》
解せねぇよ!
「……お師さま。あ、あの……先程の魔術って」
さすがのメスタ子爵も今回の事は、目を瞑ってくれなかった。と言うか、護衛騎士たちが黙っていなかった。さっきまで戦闘していたのに関わらず、総責任者と王女様の前に突然、光とともに一人の人間が現れたら、そりゃあシッチャカメッチャカにもなるってものだ。すぐさま取り囲まれ、もうちょっとで槍で突かれそうになったところで、子爵が気付いて止めてくれたけれど、それでも相当動転していただろう。
「……ま、まさかノート殿が失念魔法まで行使されるとは」
「あ、あはは。言ってなかったもんね、スンマセン」
「ンキャァ~! お師さま素敵ぃ~!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……で、その指令書ってのは?」
めちゃくちゃになった執務室に立ち入り、瓦礫を撤去しながら子爵に話を聞くと、彼は「確か……このソファでオコーネル殿が」と瓦礫の向こうに転がるソファを覗き込む。俺はその様子を視界に入れたまま、シスに念話で探査を頼む。
(……何らかの痕跡を見つけてくれ)
《了解です。……残滓のようなものはありますが――》
「有りました! これです!」
その言葉に彼に目線を合わせると、ソファの隙間に埋もれていたのか、それを引っ張り出してこちらにひらひらとしてみせた。
「……法陣……か」
その紙にはなにかの陣が描かれていたのだろう。既に効力は失っているのか、または破れているため使えないのかは分からないが、陣の文様の一部が見て取れた。まぁ、これだけを見たところで俺にはさっぱりなのだが、セリスあたりに見せればもしやと思い、子爵に譲ってもらうとそのまま異界庫へ放り込む。
「……それとオコーネルの遺体は?」
「庭の隅にて検分を行っておりますが、見られますか?」
子爵と話しながら、傍に居た衛兵にオコーネルの遺体の所在を聞くと、討伐現場の隅で検分していると言うので見せて貰うことにした。彼らについて屋敷の裏庭に出ると、花壇がめちゃくちゃに破壊され、何かが焼けた後が幾つか見当たる。衛兵や職人たちが片付けをしている場所を横目に、奥の人だかりへと進んでいくと、そこに件の遺体が横たわっていた。
「……こちらが、オコーネル殿だった者? です」
身体のすべての部位が貫かれ、青緑の血液を流したその遺骸。既に人と呼べるような出立ちはしておらず、身の丈は三メートル程にもなる鬼だった。頭部に大きな角を生やし、巨大な下顎からは牙が生えている。眉間に剣が突き刺さったのであろう、両目はかっと見開いたまま。鼻のあたりは陥没していた。だらりと垂れた舌は黒い色をしていて、先端は地面にまで届いている。胴の中心部にも同じ剣の跡があり、分厚い胸の筋肉を貫いて、胸骨が粉砕されてポッカリと地面が覗き見えた。女性の身体ほどある両の腕は、右は肘から、左は肩から失っており、右の足も膝下で千切れてネジ曲がっている。
「……どう闘ったのこれ?」
そのあまりに凄惨な遺骸を見て、思わず俺がミスリアに尋ねると、彼女はその戦闘内容を話してくれる。
「――で、兵たちの剣をお借りして、それらに全て魔力付与をして――」
……なるほど、物理的にジャベリンを創ったって事か。しかし……この投擲精度はすげぇな。
《……魔力付与したことで、彼女の意識と同調したのでしょう》
彼女の話を聞いて納得していると、シスが補足をしてくれる。そんな話をしながら、遺骸の検分を眺めていると、シスが胸に核が有ると教えてくれる。
「……ちょっと、核を見せてくれ……!」
――そう言って、取り出されたのは闇精霊の魔核だった。
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「遺失文明時代?!」
「えぇ、ユグドラシルの北端にあった遺跡。彼らの言う、聖域内にあった遺跡は、遺失文明時代のものだと判明しました」
中央に置かれたローテーブルの上、そこには石版の写しであろう、術式保存の掛かった巻物が広げられ、その隣には彼が記したノートや書籍類が積み上がっている。そんな書籍の束をトントンと叩きながら、鼻高々にドヤ顔して言い放った彼、ミリアム・トールに部屋の視線は集まっていた。
「……おいおい賢者よ、遺失文明時代じゃと?」
「はい!」
「はい……ではないだろう! 大体どうやってその時代だと特定できるんだ?!」
まるで当たり前のような返事に、思わず怒鳴り気味の声を上げたのはドナルド。当然だろう、遺失文明……それは有史以前に存在し、今の文明より遥かに高度な文明だったとされる。ただ、その文明の所在は判然とせず、魔導戦艦や遺失魔導具などの出土品から、憶測されているだけであるのだ。……そして勿論だがその痕跡はあっても、建物などの建築物は未だ発見に至っていない。
「そりゃこの文字ですよ」
「いやいやいや、そんな物、今までの出土品や魔導具にいくらでも書いてあるじゃろうが?!」
ミリアムの意見に何を馬鹿なと岩窟王が応えると、待ってましたと言わんばかりに彼は胸を張って言い放つ。
「よくぞ聞いてくれました! ……岩窟王、この石版、裏に加工された結界石、稼働させました?」
そう言った彼が、これまた勿体振って懐からマジックポーチを取り出すと、突っ込んだ手には石版其の物が握られている。
「お、お主、それは原版か?! ど、どうやってそれを……いや、そもそもどこにそんな加工がされておるのだ!?」
そこまで言われた彼は瞠目する。その石版には勿論劣化防止の結界がエルフの研究員により施されている……。が、それはあくまで持ち帰った後に追加で加えた加工。だから、その裏にそんな結界石等というものが加工されているとは知らなかった。
「ここです。この溝をスライドさせると――」
――カチャッ。
その石版には裏面に精緻な溝加工が施されており、誰もそんな物が動くなどとは思いもしない。何しろ文字でも文様でもなく、唯の幾何学的に並んだスリット状の溝なのだ。そんな溝の一部をミリアム・トールは指でなぞる。と小さな音とともにそのスリットが僅かにズレる。
「これが本来の石版に書かれた文字です」
ブンと低い音を立て、その石版がわずかに光ると同時、表に書かれていた古代語は、まるで生きているかのように動き始め、本来の文字を描き始めた。
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「……は、白色の齧歯族」
顔を上げて、その正体を見たマイクは思わずそう溢してしまう。行ってから失言と気付いたのか、思わず俯き「し、失礼を!」と頭を下げるが、言われた彼は大きなネズミの顔で表情はわからないが、アハハハと豪快に笑い声を上げた。
「やっぱりそっちに目が行くよね。齧歯族に白色の毛並みは本来存在しない……それは我ら齧歯族が、神との古の約定を破った為であると」
……そう、それは遥か昔、ビーシアンが動物から人間種へと昇華する際、彼らは各々の約定を神と交わしている。その内容は種族ごとに違っているが、ただ約定を破った種族への罰は決まっていた。
――約定を違えし種に純白の毛色は与えぬ。
純白……それはただ白一色と言うだけの意味ではない。純粋無垢で穢れなく、また神に対して真摯たる事を表す色であるのだ。故にビーシアンに産まれる巫女の毛色は種族関係なく純白であり、所謂病気が原因とされる「アルビノ個体」とは違う。
「でもね、気にして欲しいのはそこじゃぁないんだよ」
鼻先に有る髭をピクピク動かして、表情のわからないままムシカは彼らに背を向ける。……と、そこにはムシカの背一杯の大きさの人の形をした腕が生えていた。
――この腕こそ我らが唯一の神、エオスフェル様の腕なのさ。