29 ムシカ
現在体調不良のため、不定期になってしまい申し訳ございません。
「……で、国の王たる貴方様が、わざわざ、一般受付で職員を向かわせたにも関わらず、受付票に名を認め、その際、偶々居合わせた、我がハマナス商業連邦評議国の「オリハルコン級冒険者」と供に、一階ロビーで優雅にお茶を所望し、衆目の中、談笑していらっしゃったと」
「ガハハハハ! やたらクソ長い注釈、良く舌が回るのぅ。儂ならすぐに噛みそうだ」
グランドマスター達がその様子を聞き、慌てて本部にある大会議室に全員を招集し、キッシンジャーがロビーへ向かって走っていった後、貴賓室に連れ込んだドナルドが、額に玉の汗を浮かせ、隣に出来た青い筋を引くつかせながら、目を閉じ、じっと堪えて苦々しい口調で小言をいうが、当の言われた本人はどこ吹く風と、笑い飛ばして付いてきたメイドの茶を啜る。その言葉に、ドナルドの筋が破裂しそうなほど怒張するが、ふぅ~と長い息を吐き、一旦全てを飲み込んで、貴賓室の豪奢なソファに腰を落ち着ける。
「……相変わらずですな『巌窟王』」
ソファに深く腰を落ち着け、呼吸を整えてから低い言葉でそう呟くと、閉じていた目をすっと開いて彼を見据える。その態度に周りの人間は一瞬緊張が走るが、呼ばれた当の本人は気にする様子もなく、笑顔を見せたまま、カップをテーブルに置いた。
「貴殿も相変わらず、気が短いの」
「……なにせ、ガサツな輩との付き合いが多いものでして、どうかご容赦を」
「……フフ。まぁ、儂はそちらの方が気楽で良い。……『政治』をしに来たわけでもないしな」
「……で、「賢者」殿は一体何を騒いでおられ――」
ドナルドがドワーフの王との話に一旦区切りを入れ、その隣に堂々と座るオリハルコン級冒険者、ミリアム・トールに話を聞こうと声を掛けた途端、彼は眼の前に置かれた大きな黒壇で出来たローテーブルを「ダン!」と叩いて身を乗り出した。
「『綻び』を見つけたんですよ!」
相当興奮しているのか、前後の脈絡も何もなく、ただ主語だけを大きな声で叫んだ彼は、鼻息荒く目を爛々として皆を見回す。……言われた皆は一体何の事かと目を点にしていると、彼は先程手を突っ込んだ袋をやおら取り出して、そこにまた手を入れた。
「やっと……、やっと見つけました。エルフの国からの石版の研究を続けて……長かった」
「エルフの?」
「石版?」
「……まさか?! 解読したのか?!」
最初の言葉は岩窟王、次いでキッシンジャーが。そしてドナルドがその意味を理解して問答すると、ミリアムはニヤリと笑って袋からそっとソレを引き出した。
――これが、石版の解読結果です――。
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城の大扉を抜け、まっすぐに伸びる回廊を三人は歩いていく。天井はとても高く、片側に据え付けられた長い縦窓からは陽の光が差し込んで、建物の中だということを忘れるほどだ。窓の向こうは庭園の植え込みが見え、その均一に刈り込まれた植え込みの向こうには、花園のような場所が見え隠れしている。ワシリーの後を追いながら、二人はそんな風景にここが『監獄城』だと言われても誰も思わないだろうと、半ば呆けた表情になりながら、ぼんやりと歩いていた。
「んっん」
「「……っ!?」」
突然の咳払いに、二人は驚いて同時に肩を跳ね上げると、ワシリーが半身になってこちらを見つめていて、ゆっくり告げる。
「扉の向こうに我らが主、ムシカ様がおわします」
そう言った彼は、扉傍に立つ甲冑姿の二人に目配せする。それまで立像の様に身動き一つしなかった『ソレ』らは、彼の言葉に金属音を鳴らすことなく、眼前に聳える大扉の取っ手を掴むと、重厚な音を立てながら、その扉を引く。
「……さぁ、参りましょう」
真っ直ぐに伸びた赤絨毯。左右を見れば遥かに見上げるほどに高い柱が立ち並ぶ。等間隔に建つその柱の向こうには、縦に長い窓が規則正しく並び、陽の光をふんだんに取り込んでいる。そのまま上を見上げると、高い天井からは見たこともない荘厳なシャンデリアがいくつもぶら下がり、魔動機なのか、それらが天井を照らし、精緻な天井画を鮮明に浮かび上がらせている。ワシリーの先導の下、ゆっくり徒歩を進めていくと、やがてその絨毯の終わりの先にある、十段以上は高い位置に備えられた、豪奢な椅子と、白を基調とした装束を纏った貴人達、その周りをさらに取り囲むように配置された、白銀の騎士たちがこちらをじっと待ち構えているのが見えた。
絨毯の終わる直前で一旦足を止めたワシリーは、そのまま足元を見たまま膝を折り、傅く。その二歩ほど後ろを付いて来た二人も、彼に倣って傅くと、それを見計らってワシリーがゆっくりとした口調で、しかしはっきりと大きな声で奏上し始める。
「偉大にして高貴なる我らが主に奏上いたします。……ビーシアン達の治めるシンデリス共和国よりの使者をここにお連れ致しました」
そう言って頭をさらに深く落とした彼は、頭を上げず、そのまま中腰で立ち、後退るようにして二人の後方に下る。……と、一拍空いてから上方より声が聞こえてくる。
「お使者方、名をお伺いしてもよろしいか?」
途端、ハッとして視線を下げたまま二人は目配せすると、巫女が(お先にどうぞ)と合図する。
「はっ! ……わ、私はシンデリス共和国、十二氏族が一人、人狼族の長を務めるマイク・ケントリッジと申します、急な訪問の上、拝謁のご許可までいただき、誠にありがたき幸せにございます」
「……私はシンデリス共和国内のイリス聖協会所属の巫女、ミュゼリスと申します。この度は突然の来訪、ご無礼の数々、平にご容赦頂ますようお願い申立祀ります」
マイク・ケントリッジは内心緊張の頂点に居た。シンデリス共和国内で十二氏族だの、族長だのと名乗っては居るが所詮は氏族の長、村長程度のものである。まして十二氏族内では矢面に立って話をしたことなど一度たりともないのだ。戦闘技術や戦略などの「武」の面での話は他国のそう言った面々とも話したことは有る。が、それにしたってせいぜいが軍の長や将軍程度だ。それが……確かに一部族の長だとは言っても、道すがら見てきた光景を思い出せば、ここに居る者は到底『王』と遜色がない。智に長け、武に秀でて居るのは周りを見れば一目瞭然。見たこともない技術や、知りもしない事柄を皆に教え……何より一つの種を「進化」させてしまっている。
――もうそれは……神の御業ではないか。
そんな得体のしれない「ナニカ」が今、自分の少し上方に存在していると思うと、畏れが全身を巡り、緊張で震えるのも致し方ないことだと自分を慰めていた。
一方ミュゼリスは、幾分かの緊張は有りつつも、その本来の性格ゆえ「未知への興味」で、違った意味での心拍が上がっていた。……ワクワク・ドキドキである。
そんな二人の思いの中、椅子の横に立つ白い法衣に凝った意匠の装具を纏い、上部に大きな魔石をあしらった錫杖を持った男が低い声で言い放つ。
「……此度の来訪、不敬では有るが不問としましょう。我が主が其方らの来訪は知っておったしな。故に――」
そこまで言ったところで、誰かが遮ったのか、彼の言葉が止まる。次いで聞こえたのは意外にも思えるほど若く透き通った綺麗な声だった。
「嫌味っぽいのは嫌いだよ、二人共、よく来てくれたね。歓迎するよ、さぁ、顔を上げておくれ」
その声は澄んだ鈴の音のように耳に心地よく、大きく張っても居ないのによく通る。聞いた二人も思わずと言った拍子で下げた頭を持ち上げると、そこには椅子から立ち上がったその者の姿がはっきりと見えた。
――そこには、真っ白な体毛に覆われた、一メートル程の大きな鼠がこちらをじっと見つめていた。