27 再誕の城主
大変お待たせして申し訳ございません。
跳ね橋を渡り、大門を潜った先に二人が目にしたのは、荘厳華麗な巨大な城だった。大門から続く真っ直ぐな道の脇には綺麗に剪定された低木が連なり、そこかしこに小さな花壇が色とりどりの花を咲かせている。敷き詰められた石畳には一つのデコボコもなく、走る馬車に全く振動を与えてこない。
「……こんな物がいつの間に――」
「……なんと美しいのでしょう」
静かに進む馬車の中、マイクはその威容に、ミュゼリスは荘厳さに圧倒されていた。驚きの内容は二人共別々のものではあるが、驚嘆には変わりない。ワシリーは二人の表情を満足気に目を細めた後、ゆっくりとその口を開く。
「……総ては城主様の偉業のなせる御業です。……あちらをご覧ください」
そう言って彼が窓の一方に向くと、釣られて二人もその視線を追う。
「……改装?」
「……あれは魔導具でしょうか?」
三人が見たその光景は、この世界では珍しいものだった。庭園の一角で植樹作業を行っているのだが、大きな樹木をクレーンが吊り下げ、隣でバックホーが土を掘り起こしている。周りの作業者はヘルメットを被り、ツナギの作業服を着ている。
「……あれは『建築重機』と言う作業機械です」
「「ケンチクジュウキ?」」
「はい。あの樹木を吊っているものはこの馬車程の岩をも軽く吊り上げることが出来、隣の機械はひと掬いで大きな穴を掘ることが出来ます。それで――」
流暢に話すワシリーの言葉を聞きながら、マイクは空いた口が塞がらなかった。あの様な物が存在するなど見たことも聞いた事もない。動力源に魔石を使っているとは言うが、『魔導具』ではなく『ケンチクジュウキ』だなど……。聞けばあのような物はそこかしこで今も稼働しており、この城だけでなく、この街全体をああ言った機械で整備していると言う。……道理で我らが知らないうちにここまでの事が出来るはずだと感心すると同時に、空恐ろしいものが背に近づいているような気がしてならなかった。
(――ムシカと言う者は一体何者なのだ?)
一方でミュゼリスはマイクとは少し違った思いを胸中に巡らせていた。……彼女は『巫女』である、故に精霊と契約を結んでいる。ビーシアンの中での聖女なのだ。だからこそ、彼女が視る光景はマイクや、一般のビーシアンとは違う。魔獣の森に入ってから減じた精霊たちがこの城周辺には溢れ、皆生き生きと飛び回っている。瘴気や魔素が濃い地域には居ないはずの精霊がこんなに溢れているという事は、この場所に邪な気が蔓延していないという事。そして何より、そこかしこに咲く花々がその精霊たちに祝福されているのだ。故に花たちは生命力に溢れ、その瑞々しさを誇示せんとばかりに大きく花弁を広げ、甘い香りを漂わせている。
(……ここは一体、どういう場所なのでしょう? ……城主ムシカとは一体)
二人が別の思惑で城の周りを見入っていると、ワシリーは一人ほくそ笑んでから、小さく咳払いをして注目させる。
「そろそろ到着いたします。お二人共ご準備のほど」
彼の言葉が終わると同時、馬車はその箱部分が城の通用門の前に停まる。
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「……はぁ?」
先程までの状況が何もなかったかの様に綺麗に整備された街道を、運転手は呆けたままぽかんと口を開けて眺めている。後ろに乗せたコンクラン達から急に魔導車を停めろと言われ、訳も分からず街道隅に寄せて停めると、眼の前に柵を超えてきたオークが見えた。停まった魔導車からコンクランが一人、そちらに向かうと腰のポーチから見たこともないモノを取り出し、あっという間に二体のオークから血飛沫が飛んだ。
「どうやら魔導具が破壊されている……。ここからは用心して進めてくれ、何かあればすぐに対処する」
「……え?! 魔導具が破壊?!」
「あぁ。……仕方ない、この先に確か小さな村があったな。そこに寄って報告しよう」
戻ってきたコンクランが運転手にそう告げると、彼はすぐに頷いた。少しの違和感は感じたものの、その物言いは衛兵隊のそれだったからだ。
(――何故仕方ないのかはわからんが)
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「……は?! 魔導具が破壊?」
「あぁ、この村に来る道中の街道に設置されている魔獣よけの魔導具が破壊されている。すぐに報せを送った方がいい、俺たちもオーク二体に遭遇した」
……ここは街道から少し離れた場所にある小さな村の一つ。本来こんな報告は主要な街で、街道警備隊の詰め所に行かなければならないが、如何せん今俺がこの界隈にいる事を、そういった連中に知られることは不味い。……だが、流石にあの状態をほうっておくと言う選択も選べなかった結果、こんな迂遠な方法を採ることになってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ……魔道具が破壊って、警備の兵隊さんたちが廻ったのって確か……一昨日だぞ?!」
「……ならその後直ぐか、昨日……もしくは今朝、か」
「いやいや、昨日は商隊が通って行ったはずだから、それはないはず……」
「ならば、昨夜から今朝にかけてだな。モンスターもそのオーク達だけだったしな」
村の村長に俺がそう告げると、俄に彼は傍に居た息子に声を掛け、すぐに「報せ鳥を飛ばせ!」と喚き、幾つかの指示を他の連中に言った後、こちらに向かい、話し始める。
「……知らせてくれて助かった、警備が来るまでは時間が掛かるからな。……村からも自警団を出すが……貴殿の力を貸して頂くこ――」
「すまんが、こちらも急ぎの要件の途中でな。その場のモンスターは排除したが、周りには痕跡を残さぬよう配慮した。だから……」
「……そうか、済まなかった。いや、感謝する。道中、お気をつけて」
「……あぁ、そちらも」
少しの後ろめたさと罪悪感を持ったまま、村長の居た集会所のような場所を出ると、既に話は回っているのか、荷車に色んな物を積んで慌てる住人たちが目に飛び込んでくる。それを眉根を寄せて見つめていると、不意に奴が傍で語りかけてくる。
「……こちらも時間がありません、気持ちは理解できますがいそが――」
「解っている! ……解っているが、今はそう急かさないでくれ」
――解っているさ、今は俺自身も追われる身だしな。
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「……い、今なんと仰られた?」
「……現在、賢者ミリアム・トール殿は所在不明となっております」
そこはハマナス連邦最北端に位置する街、レリエール。不帰の森に最も近く、城塞都市化された堅牢な街で、城壁の高さは五十メートルにも届かんとするほど。この街の北には道すらなく、城壁の見張り台から見渡せば、約一キロ程先には鬱蒼とした原生林がどこまでも続く広大な樹海が一望できる。その向こうには薄っすらと霞むように壁かと見紛うような山々が見え、それが絶壁連山だと理解するにはあまりにも巨大すぎて、人の理解の範疇を超えるものだった。……そんな一種の観光的目的も兼ね備えたこの街に、マキアノからの密命を受けたビーシアンの一人、ミストと、同じくドワーフのワンドは、賢者が居るとされる村から宿に戻って頭を抱えていた。
「……一体どういう事なんだ?」
「分からん。……が、彼らが嘘を付く理由も無いだろうからな」
ミストが宿の食堂でテーブルに手をつき意味がわからないと言った感じで呟くと、頼んだエールを水のように流し込んだワンドが「おかわり!」と店主に告げながら、応える。
「クソ……三日も掛けてこんな辺鄙な場所に来て、探している賢者が居ないだなどと、一体どの面下げて報告すれば良いんだ」
「……村の住人の話じゃぁ、しょっちゅう不明になってるらしいから、大方森に行ってるんだろ? ならここは「待ち」しか無いんじゃないか。所在不明になってまだ一週間なんだろ?」
「……取り敢えず、マキアノ殿にはそう報告するしかない……か」
「だな。お前も冒険者なら調査に潜れば一、二週間位なら戻らねぇってのはざらだろ」
「……まぁ、とにかく、その線で報告してくる」
「あぁ、慌てたって仕方ねぇさ」
そんなやり取りが食堂の隅のテーブルで行われている中、周りでは観光客が「城壁からの景色はすごかったなぁ」等と呑気な会話が聴こえてくる。チッと小さく舌打ちをしたミストがその足で食堂から出ていくと「店主! もっと強い酒は置いてないのか?!」とすぐにワンドが叫んでいた。
「――あの二人が帝国の?」
「……あぁ」
「人族至上主義の帝国が「亜人」を使うのか……」
「賢者様に何の用なんだか」
カウンター席で一人、エールをちびちび飲みながら背を曲げ、俯いた男が独り言のように呟くと、向こうで愛想よくワンドに返事をする店主が、振り返りざま小声でその男に答えていた。