第26話 困惑
やがて爆風が収まり、舞い上がった埃と煙が晴れて来る頃。部屋の周りに集まった兵士たちが叫ぶ。
「隊長! ご無事ですか!?」
「副長! どうなってるんですか?!」
口々に皆が喋り騒ぐ為、収拾がつかない状態になって行く。
「落ち着け! 俺達は無事だ! それよりも、この部屋以外の状況は!?」
隊長の声が聞こえた為、兵たちは落ち着きを取戻し、状況を説明する。
「は! 現在、この部屋と左右、前の壁に多少の損壊があります。尚、人払いがされていた為、人的被害は有りません!」
「了解した! 兵を集めろ! 副隊長! 指示を頼む。おい、コンクラン!」
呼ばれたコンクラン副隊長は結界を見上げて固まっていた。
「これが、噂の精霊結界…」
あの瞬間、ハカセが怒鳴ってくれなかったら、間に合わなかっただろう。とっさの判断で、結界構築をハカセに頼んだおかげで俺達五人は爆発の猛威から逃れていた。
「フム。皆無事の様だな。あれ以外は」
セーリスが部屋の中で倒れている者を見ると、執事を名乗っていた男の顔は弾け飛び、血と肉片を部屋中に撒き散らして、無残な姿を晒していた。
そこで、やっと再起動したコンクランが隊長の顔を見て言う。
「まさか、子爵がこんなことを?」
「分からん! だが、嫌疑は掛かる。至急、兵を見繕って子爵邸へ向かえ!」
「は! 二個中隊にて向かいます!」
「気を抜くな! 心して掛かれ!」
「は! では失礼します!」
そう言うと、彼は振り返ってそこに居合わせた兵達に声を掛けながら、飛び出していった。そんな事はお構いなしといった具合に、死体を検分しているセーリスさん。グッロ。あ! 指! 突っ込んだ。
「コイツは…隊長、ちょっといいか?」
呼ばれた隊長が一緒に死体を覗きながらボソボソ話してる。
「…何か気になる事でもあったんすかね?」
「ぅ…さ、さぁ? 私には何とも…」
おや? 代官さんは余り免疫がなさそうだな。
『セーリスさん。代官さんが吐きそうです。別室に移動しませんか?』
念話を送ると、二人は立ち上がり、此方へ歩いてくる。
「気が付きませんで申し訳ない。代官殿、別室へ案内します」
「…あ、ありがとう」
そう言って傍に居た兵と共に部屋を出て行った。
「ところで、何かあるんですか、それ?」
「…あぁ。この死体、ヘンドリクセンでは無さそうだ」
「へ?」
セーリスさんがおかしなことを言うので、素で変な返事をしてしまうが、彼女は無視して首の付け根辺りを指さしてくる。
「ここを見てみろ」
「ん? そこが、どうしたんです?」
「しわがない」
「しわ?」
「さっきの男、年齢を考えてみろ。どう見ても老人だったろう?」
途中からカークマン隊長が入って来てそんな事を言う、そう言われてもう一度死体を嫌々ながらくわしく見てみる。
「……あぁ、確かに。そう言われると老人というよりはもっと若く感じま──え?」
「コイツは保険だな。おそらくは、失敗した際の特攻だ」
「だな。どうせ身元も洗えまい」
二人はさも当然と言ったふうに言う。は? 特攻? 替え玉って事か? いやいや、これ人間だぞ? そんなトカゲの尻尾切りみたいに…
兵たちが部屋と死体を片付けに来たので、三人で代官のいる部屋へと移動した。
「代官殿、お待たせして申し訳ない」
カークマンが謝罪の言葉を述べ三人で会釈して部屋に入る。
「構いませんよ。街の安全を護る兵の詰所でこんな事が起きたのです。それで、検分はどの様に?」
「現在、遺体につきましては治癒師と魔技師にて解剖検査を。彼の主については名乗りを聞いている以上、重要参考人として副隊長以下二個中隊にて屋敷へ向かわせております。暫くすれば、任意にて同行願えるでしょう」
そう言った話が続く中、セーリスさんから念話が来る。
『ノートよ。この二人は街において現在トップの者達だ。信用できる数少ない人間と言っていい、今の状況は間違いなくサラが絡んでいる。これ以上、大事になる前に話をするが良いな?』
う~~ん、確かに。…確かにそうなんだよなぁ。でも、でもなぁ。本人に断りなく、話しちゃっても良いんだろうか? う~~ん。
《では、俺がシロかクロ経由で聞こう》
…ハカセ、君はチャットアプリみたいだね。…念話を奇麗にスルーしてハカセが誰かと話し始める。
《俺だ。・・・あぁ。・・なに!?いつだ?》
ん? どったの?
《今しがた、貴族の使いが宿の食堂に来たそうだ。何でも、【この店の煮込みが評判と聞いたので是非、屋敷で作ってほしい】とな》
「どこのなんて貴族?」
知らずにそれを声に出していた。
《フィル・セスタ子爵》
「はぁ!?」
「なんだ?! どうした! おい、ノート!」
「やばいっす! 子爵が宿に接触してきた!」
セーリスに慌てて報告する。
「「…宿?」」
残り二人は意味わからず。
「***」
有無を言わさず結界が張られる。
「落ち着けノート、2人が混乱する」
「あ、ごめんなさい」
「何の話しだ?」
「すまない。少し混み入った事情でな、恐らくだが、今回の元凶の一つやも知れん。いまから話すが、現状他言無用で願う」
2人に向けて真剣な眼差しでセーリスは話し始めた。
「なんと!【精霊の奇跡】をその娘が…」
「まじか?! あのドジっ子サラがか?」
隊長まで、ドジっ子って…サラちゃん…よっぽどなんだな。
「恐らくだが、今回の魔香、闇奴隷商人経由かもな」
セーリスの言葉に2人の顔が歪む。
「やはり【奴隷復権派】ですか…」
「では、子爵がその復権派だと?」
代官が呟くと、カークマン隊長が驚いた顔で代官に聞く。
「…恐らくは…最近、この街以外でもちらほら攫い屋らしき者の暗躍が耳に入って来て居たんですよ。辺境伯領の街だけでも、ここエクス、セデクス、カデクスの三街でね」
「はっ…辺境伯様直轄以外の街だけって、失脚狙いも画策かよ! 胸糞悪い!」
カークマン隊長が心底腹が立ったように吐き捨てる。
「では、他の街でも同じ様な事が起きてるんですか?」
俺が堪らず聞くと、代官は答えてくれる。
「大なり小なりは…ただ、ここの話は意味が全く変わりますね」
「それは?」
「現在、精霊の奇跡の御業はヒュームでは聖教会の聖女様しか使えません。それが、市井のしかも平民の娘が扱えるとなれば間違いなく、国レベルで動き始める案件です」
あちゃぁ…話がどんどん膨れていくぞぉ…
そんな話をしている間にも、ハカセからの念話が続く。
《どうやら、三日後に屋敷に直接調理に来て欲しいそうだ。材料や器具は向こうで準備するので、調理を向こうのシェフに教授しながらという事らしい》
「三日後…」
「ふむ、では急ぎ、辺境伯様に知らせましょう。上手く行けば明後日には人手と書類が間に合います。では」
俺の呟きに、代官はそう言って足早に部屋を出て行った
「え? あ!ちょ──…」
「まぁ、待てノート」
呼び止めようとする俺の肩を引きセーリスが言う。
「事は貴族絡みだ、この方が動きやすくなる」
「…おい。それを俺の前で話すのか」
「…貴様とて、その方が建前上は良かろう?」
「ふぅ。…いい加減、コイツの事をちゃんと教えてくれ。でないと、頷こうにも頷けん」
カークマン隊長が俺を見ながら、肩を落として聞いてくる。
「だそうだが? どうする?」
…はぁ~~~~。もっとお気楽人生エンジョイ!イエア!したかったのになぁ…
「…極力、広めない様にしてくださいね」
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コンクラン副隊長は困惑していた。
「…な、何故ここに…」
「はて? 私、ヘンドリクセンはこのフィル・セスタ子爵様が家令。此処に居て当然ですが」
「で、では聞くが、我が中央詰所に来られた御仁は誰なのだ?」
「ふむ。先程、この屋敷に荷物の件にて来られた話ですかな?」
「そ、そうだ。使者が一度来て、話を聞いて戻った後、其方が直接参られた」
「ほう? この私が? これは異なことを申される。それに、その使者につきましてですが、先程確認しましたが、何やら荷を勘違いしていた模様。その事を今からそちらに伝えに参らせようとして居た所ですが」
「待て、いや、待たれよ。では何か? 貴殿は我ら詰所に来ては居ないと。そも、荷物も貴殿の主の物ではないと申すのか?」
「まさに」
そう言って慇懃に礼をする執事。
これでは言質の意味が全くない。何しろ死んだはずの本人がここに居て、詰所に来ておらず。まして荷物も主の物ではないと言うのだ。
同行はおろか、これでは子爵本人にすら会えない。
門前払いを喰らったコンクラン副隊長一行はただ、手ぶらで戻るしか無かった。
「間に合ったようで何よりです」
「ふん…今日に限って張り番にあの堅物が居たとはな」
「魔香ならば、直ぐにご用意できます。ご安心を」
屋敷の窓辺に立つ子爵とマキャベリはそう言って、衛兵たちを見送っていた。
「準備は進んで居る。三日後迄には用意しておけ」
「御意」
兵に興味の無くなった子爵はマキャベリにそう伝えて、部屋のソファへと身体を預ける。
「それにしても…なぜこうも事が進まんのだ? いくら精霊使いが居たとしても、邪魔が過ぎる」
「その事につきましてお耳に入れたい事が」
「ん? なんだ?」
「精霊使いの子飼い、とでも言いましょうか。何やら癖のある者が一人」
「手練れか?」
「そこはまだ、何とも。ただ、スキル持ちの様です。ユニークの」
「ん? その程度ーー」
「一つ、二つでは無い様でして」
「は?」
「魔神の加護も併せ持っているとか」
「なんだと!?」
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