24 ミスリアVSオーガ
「……ミスリア? 返事をしてくれ!」
貴賓室の皆が注目する中、思わず声を出して彼女に声を掛けてみるが、返答はなく。俺が慌てた様子に、国王やセリス達がざわめき始める。
「……ど、どうなされたのだ?」
「ノート! 何が起きた?」
「……あぁ! ミスリアァァァァ!」
「何だ?! どうしたんだ」
「み、皆さん! 少し落ち着きましょ――」
皆が口々に騒ぎ出し、収拾をつけようとキャロルが立って声を掛けた時、ドアに立った近衛兵が大きく声を掛けてくる。
「失礼いたします! 我が王、地下牢にて騒動が起きた模様です!」
「――ふぁ?」
皆の言葉を遮る大声だった為、全員がその言葉に反応して、固まる。……地下牢で騒動って? 何のことだ?
「隊長、今、地下牢には誰が入れられている?」
国王一家と共に貴賓室に居た近衛騎士、副団長のエステバン・コールマンが、駆けつけた騎士隊長に尋ねると、すぐにその返事が返ってきた。
「現在地下牢には、一人しか収監されておりません。……王国騎士団長のドレファス・フェルナンデスです」
◇ ◆ ◇
エルデン・フリージア王国の王城には、万が一の為に地下牢も存在している。本来、牢や監房等は騎士団や、直轄衛兵隊等の取締部門の建物に併設されているが、所謂特殊な賊や、謀叛を起こしたものなど、王城で直接管理しないといけない犯罪者を留め置く為だ。今回の騎士団長、ドレファス・フェルナンデスも当然ながら、その二つともに該当する。故に彼は魔術封印を施された特殊な独房に、閉じ込められているはずだった。地下牢は近衛騎士団の宿舎の地下に建造され、出入り口は団の詰所にしかない。
◇ ◇ ◇
「おい! 封印装置は起動しているのか?」
「勿論です! ですが、下で暴れているのは、どう見ても……」
「……えぇい、糞! 一体なぜ地下にいきなりモンスターが現れたのだ?」
詰所はまさに混乱していた。何しろ昼前まで普段通りで、予兆も何もなかったのだ。朝にいつも通りの引き継ぎを行い、地下牢にはこの間収監されたばかりの、ドレファスの尋問に訪れた審問官達が何人かと騎士団員が二人、降りていっただけ。どういった経緯で彼が捕縛されたのかは知らないが、国王からの勅命だった。連れられてきた彼は茫然自失の状態で、目も虚ろで引き摺られるように連れて行かれたのを、その場に居た騎士たちは見ていた。
「……ん? そう言えば今日の審問官、見たことがなかったような」
「……! 今日はどこの審問官が来たんだ?」
一人の兵士がそう言って、詰め所に置かれた入出管理台帳を持ってくる。バサバサとページを捲り、該当ページを開き、そこに書かれた名前を見て首を傾げる。
「……リビエイラ?」
「リビエイラ? 苗字は?」
「……書かれていない」
「なんだと!?」
それを聞いたもう一人の兵が驚いて声を上げる。審問官は国の機関の人間、特に王城に出入りするような人物ともなれば、当然ながらその身辺調査が行われ、身元のはっきりした人間しか重要施設に出入りは出来ない。何より、審問官ともなれば貴族すら相手にする場合もあるのだ。だから王城内に出入りする審問官は、全て身辺調査済みの貴族の審問官しか居ないはずである。
「おい! すぐに地下に向かった連中に伝えろ! 賊の可能性が――」
――ドゴォォォン!
轟音とともに地下に降りるドアが吹き飛び、瓦礫とナニカの塊が詰め所内に飛び散った。赤黒いそれらは液体を撒き散らせながら壁や床に広がって、なんとも言えない臭いがすぐに鼻を突く。
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「ぶハハはは! チカらが湧いてくるゾ! ブハはははは!」
ミスリアが話を続けようとした所へ、オコーネルは突然話が聞こえないようになったのか、周りにある瓦礫を吹き飛ばす。大きな一つが彼女の後ろの窓を突き破って、壁が崩れると、中庭の庭園が一望できた。
「……なにを!?」
「オヲ! こんなセマイ場所にいるヨリハ外の空気がウマソウだ! ココはナマグサくて敵わん」
そんな状況にしたのは自分だと言うのに、そのままひょいと身を投げ出して、その穴から飛び降りる。ここは建物の四階なのに。
「……あ!」
その状況に、思わず呆気に取られたミスリアは、彼の行動をそのまま見過ごしてしまう。そうして彼の降りた先、地上を見下ろして思わず瞠目してしまう。
――ドズゥゥゥン!
どういう変化であそこまで質量が増大したのかは分からない。が、現に地上に落ちた彼は既に、オコーネル・パントの面影を頭髪部分にしか残していなかった。怒張しきった筋肉で身長は既に2メートル程に、肌の色は赤黒く。口からは牙のようなものが剥き出しており、どう見てもそれはオーガと呼ばれるモンスターにしか見えなくなっている。
地上四階の高さから飛び降りたというのに、傷がつかないどころか、地面に敷きつまられた石が砕け、罅が放射状に広がっている。近くに人は居なかったが、少し先には兵が数人、彼に気が付き戸惑っていた。
「……クッ!」
……まさかこの高さを飛び降りて無傷だとは、ミスリアにも予想外だった。落下した場所が土の地面や植木があるなら、自分も躊躇せずに飛べるが、流石に石畳では風の術式で落下速度を加減しても、足に負担が大きすぎる。……そう思って階下を覗いた時、二階あたりからひょっこりと覗く頭が見えた。
「そこの人! 窓を開けておいて!」
「ふぇ?!」
言うやいなや、彼女は戸惑うことなくその身を宙に投げ出すと、風を纏って、弧を描くようにその窓に飛び込んだ。
「ごめんなさい!」
彼女もろとも廊下へ倒れ込んだメイドに謝ると、そのまま窓の縁に足をかけ、更に跳ぶ。
「火の矢!」
跳躍と同時に叫んだワードにより、彼女の頭上に浮かんだ火の矢は数にして五本。それらは尾を引くように火の粉を飛ばして先を歩くオーガに殺到する。
――グギャァァァ!
一本は足元で爆ぜ、二本は腿と左腕に。残った二本は背を穿ち、爆ぜた勢いでオーガはその場でもんどり打つ。鮮血を撒き散らして庭園の花壇に転がると、その火がたちまち燃え移り、綺麗に咲き誇っていた花々は燃え尽きるが、お陰で彼の足止めには成功した。
「グルアァァァ! きさマァ!」
「土鞭! 土鎖!」
花壇で悶え、火を消したオーガが立ち上がろうと、その地面に手をついた途端、地面は蛇のように畝り、鞭となってその四肢を打つ。同時に唱えたワードはオーガの身体に巻き付く鎖として現れると、その身体を引き千切らんと締め付ける。
「ヌグあぁぁぁァァ! 面ドウくさいモノヲォ!」
身体中に纏わる鞭と鎖に、オーガが堪らずそう言うと、叩きつける鞭を無視して、先ずは鎖となるそれを邪魔者のように振り千切っていく。しかし、ミスリアはその度踏ん張った足に魔力を送り、その都度鎖を追加する。
「剣を! 誰か私に剣を持ってきて!」
オーガをその場に留まらせることに成功したミスリア。だがしかし、それはあくまで足止めにしかなっていない。土塊で出来た鎖はオーガの膂力によって握り潰され、都度再生させて拘束しているに過ぎないのだ。鞭は強かに彼を打ち据えるが、致命には程遠く、かと言ってこれ以上魔術の多重行使は難しい。故に殺傷力のある武器をと、彼女は集まり始めた兵に剣を寄越せと要求した。
「殿下! こ、こちらを!」
いち早く駆けつけた兵の一人がミスリアに持っていた剣を抜刀して渡す。「何本かください!」と言うと、追いついた兵たちからすべての剣を徴収し、その一本一本に魔力を付与していく。
「……ぬ?! グッ、グオォォォォォ!」
巻き付く鎖を引き千切っていたオーガが、その魔力の異変に気づく。いつの間にか鞭がなくなり、鎖だけが纏わりついている。彼女の傍に浮かび始めた剣に目を向けると、不味いと感じたのかその場に留まるのを辞め、鎖を引き千切りながらもゆっくりとその歩をミスリアに向け、動き出す。
「みぃスゥリィあぁぁぁぁ!」
――ズドドドドドッ!
魔力を纏い、切っ先に光を帯びた剣が七本、オーガの頭、胸、腕、腿に殺到した。