21 再誕の城
「先ずは、この義手の取り扱い方について説明をしようか」
キルコ様がそう言って私の左腕に手を添える「まずは通常時の動かし方について説明していくねぇ」とニコニコと笑みを溢しながら腕の上げ下げの仕方や、物を掴む際のちょっとしたコツなんかを事細かく、解り易くジェスチャーを交えて教えてくれていく。私はその指示に従い、キルコ様の指示通りに言われたことを反復していると、左の義手はまるで私の意のままに思った通りに動き始める。
「――っ!?」
「アハハ! どう? 気に入ってくれた?」
「……見た目だけでなく、動きまでこんなに自然だなんて」
「ンフフー! それこそ彫金師の腕の見せ所だよ。見てくれだけなんて誰にでも出来るからね。自然に動かして違和感を覚えさせない事こそがこの義手の良いところさ」
彼はそう言って両腕を組み「ドヤ!」と鼻高々にしているが、果たしてこんな芸当を出来る者が、どこの国を探して見つかるだろう。恐らく目の前に居るこの小さな彫金師以外見つけることは至難だろう。腕の上げ下げは勿論、手のひらの閉じ開き、まして指の一本一本に至るまで、私が思い描くように細かく緻密に正確に。力加減すら完璧に熟してくれるのだ。自分の右腕を使い、左腕を加減しながら押してみても、違和感すら感じさせずに押し返してくる。そうして手のひらを合わせ、ぐっと力を込めて押し込もうとした時に、初めてその違和感は訪れた。
「……っ!!」
バシャッと言う音と供に、左腕の前腕部、橈骨の一本辺りが手首部分から開き、内蔵されていた丸い筒状になった物が手のひらを超える辺りまで飛び出した。そのあまりにも見たことがない光景に、私は瞬間絶句し固まっていると、キルコ様は「ありゃ、まだ教えてないのに出しちゃった」と薄いリアクションで返される。
「……あ、あ、あにょ」
「あぁゴメンね、びっくりしたよね。大丈夫、これは元々こう言う装備だから」
声にならないほど驚いている私に、キルコ様はしれっとそんな風に話し始める。「じゃあもうこのまま、そっちの使い方も説明しようか」と言うと私の左腕に手を添えると各部の説明に入っていく。
「まずはこの飛び出した筒部分、ココは砲身部と言って、この穴から各種術式弾が飛び出してくからね。この開いた機構部は――」
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「グ、ガァァァ……」
力尽き、膝から崩折れて行くオークの断末魔を聞きながら、手に持った得物を異界ポーチに仕舞うコンクラン。二体のオークはボロ雑巾のようにズタズタに切り傷を負っており、それはまるで何本もの剣で滅多切りにされた様。ただ、一撃での致命には至らないのか、全ての傷が少し浅い。
「ふぅ、俺のマナではこの程度が限界か……」
「……これからの課題はそこですかね」
倒れた二体の躯を眺め、愚痴のような言葉を小さく呟いたつもりの、コンクランの言葉に返事が来る。ぎょっとして横にいる人間を見つけると、大きなため息とともに肩を落として返事をする。
「はぁ~、急に横に立つのはやめろ。貴様のスキル『隠形』はそれでなくとも厄介なんだ」
「……はぁ、それは申し訳ない。如何せん種族特性なもので」
「解っている、齧歯族のそれは。だから――」
「まずは異界ポーチにこれを仕舞いましょう。急がないとすぐに血の匂いを嗅ぎつけて別のモンスターが来ます」
コンクランの言い返しを処断し、男はそう言って別のポーチにオークの死体を吸い込ませると、撒き散らされた血の上に、どこから持ち出したのか、土砂を被せて風を起こす。つむじのようにそれが舞い上がると、街道に溜まった血痕は綺麗に消え、匂いはその風によって土砂とともに側の林に飛ばされる。
「……魔術師と魔導具の組み合わせは最悪だな。何でも有りじゃないか、なんだかずるいぞ」
「里の導師様に比べれば、私など足元にも及びません。さぁ、急ぎましょう」
その言葉に一体どんな種族なんだと慄きながら、前を行く男の背に視線を送りながら、魔導車へと戻っていく。
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綺麗な湖を横目に、間伐された林の先に見えてきたのは、立派な城壁に囲まれた、城塞都市のそれだった。十メートルは優に超えるその壁はどう見ても一朝一夕で造られるものではなく、綺麗な幾何学模様のように石が積み上げられている。その模様はまるで術式文様のようにも見え、見るものを圧倒する威容だった。
「……あれには結界と魔物除けの術式が組み込まれています」
マイクの視線に気がついたのか、先を行くワシリーが振り返りながら説明を入れてくる。それを聞いた彼は、思わず口をあんぐりと開けてしまう。結界と魔物除けが組み込まれている?! そんな話は聞いた事がない。大体術式が組まれた城壁などという存在すら、見た事もないのだ。城に入る前からこのような状況、中は一体……。と、そこまで考えたところで、その状況のせいで、忘れていた存在が隣でクスクスと、笑っているのに気がついた。
「……っ! 巫女様」
「ウフフ、これは失礼しました。余りにもマイク殿が大きな口を開けていらっしゃるのでつい」
言われたマイクの顔が少し赤くなり、それを見た巫女がまたニコリと顔を綻ばせた所で、城壁の門に辿り着く。門前に立つ兵がワシリーの合図で手を振ると、ゆっくりとその門が開いていく。
「……城までは距離がありますので、魔導車で参りましょう」
門のすぐ裏に用意されていた魔導車に、ワシリーを先導にして二人が馬車の箱部分に乗り込むと、全員が着席したのを見計らって、彼が合図する。同時に一瞬の揺れの後に動き始めた馬車の車窓を眺めて見ると、到底ビーシアンのそれとは違う街の風景が目に飛び込んできた。
「……これはまるで」
「ヒュームの国の」
「街並みを模倣していますので」
巫女とマイクの言葉を補うような形で、ワシリーがその答えを端的に話して教えてくれる。思わず二人は同時に「「え?!」」と声をあげると「我らはこちらの方が生活しやすいのです」とワシリーが言う。そもそもなぜその様な思いを浮かべたのかと言えば、ビーシアンとヒュームはほぼ生活様式に違いはない。だが、彼らはヒュームと違い、耳や尻尾などに種族特有の違いが現れる。それ故、食事や種族による習性等と言った細かなモノが違うため、独特な生活感が見て取れるのだ。対してこの街並みには、一切それが感じられない。いわゆるヒュームの国のように通り一遍等に、画一化された街並みになっている。歩道や車道が確保され、街に建つ建物は皆同じ規格に揃っている。偶に見かける商店は同じ様な商品が並んでおり、街行く人々も皆、似通った服装の者たちばかり……。と、そこで二人は初めて気がついた。
「一種族しか居ないから」
「……それ以外は必要ないんですね」
考えてみればそうだった。ビーシアンは集落単位で生活している。だから同じ種族同士なら生活は当然似通っていく。だが、ここまで発展した街などビーシアンの集落では見たことがない。中央は勿論大きな都市だが、それこそ他種族が一堂に会している為に、種々雑多な建物や食料が混在している。故にここまで統一感のある大きな街は、ヒュームの国でしか見た事が無かっただけだったのだ。
「……そう言うことか」
「確かに、考えてみればそうですね」
二人が勝手に盛り上がり、最終的には納得できた様子で納得しあっている状況を、ワシリーは柔和な表情で見詰めていた。
「この跳ね橋を渡れば城に着きます」
進んだ道の先に大きな跳ね橋が見えると、ワシリーが二人にそう言って声を掛ける。巫女はそれに対して笑顔で応えるが、マイク・ケントリッジは緊張が奔ったのか、背筋をぴんと伸ばしていた。
――あちらに見えますのが、我らが主の御座します「リバース城」です。




