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オッサンの異世界妄想奮闘記  作者: トム
第7章 世界
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20 コンクラン・オットー



 辺境の街エクスは既にもう見えなくなっていた。街道沿いをゆっくり進む魔導車は運転席に操縦者が独りで座っている。すぐ後ろの小窓は空いていて、誰かがそこから指示しているのか、操縦者は偶に返事をしていた。


「……え?! 街には寄らないんですか?」

「あぁ、補給は周辺の町か村で行う。とにかく急ぎで王都に向かわねばならん、エリクスまではそれで頼む。依頼料は弾んだろう?」


 その言葉を聞いた操縦者は一瞬顔を顰めて逡巡する。――街を通らないという事は、公的機関の検閲を嫌っての事だろう。周辺の町や村には衛兵は居てもそんな管理は行っていない。ならば、犯罪の片棒……いや、まさかいくらなんでもエクスの()()()()()()()がそんなバカなことをするはずがない。だとしたら……。


 操縦者は街道を進みながら、現在この魔導車に乗っているヒュームの一人を思って考える。



 昨夜遅くに二人の男が魔導車を運転手付きで借りたいと現れ、行き先は辺境領の首都エリクスだと言う。依頼料は前払い、一括払いだと言って、金貨の詰まった袋をテーブルに置いた。二人共フードを目深に被ってはいたが、一人の男はそのガタイからも一目瞭然でこの街の衛兵副隊長であるコンクランだと気がついた。何やらきな臭さを感じ取ったが、極秘任務の可能性やもと考え、深く聞くことは憚られた。袋を覗けば依頼に対して倍以上の金貨が詰まっている。最近の魔導車が新型にどんどん変わっていくこの街で、それまでは最速と言われたうちの魔導車は既に旧型となり、店には客の出入りなど殆どなくなってしまった。……この金さえあれば、新型を手に入れることも叶う。


 男の頭の中ではそんな自問が繰り返され、結局は「わかりました」と言う返事しかできなかった。彼にとってはこの仕事が分水嶺だったのだろう、常に右肩上がりだった仕事が新型が発表された途端、あれよあれよと受注が減り、気づけば周りの店は全てと言えるほどに新型魔導車に切り替わっていたのだ。替えることの出来ない店は次々に店を閉め、稼ぎ頭だった定期連絡便ですら、新型に切り替わったと聞いて、もはやうちも終いかと思ったところに今回の話。背に腹は変えられなかった。


◇  ◇  ◇


「……報せ鳥は既に放ったと?」


 魔導車の箱馬車内では対面に二人が顔を寄せるようにして座っている。一方は大きなガタイを無理矢理に押し込むように曲げ、苦虫を噛んだような顔をしながら、もう一方に座るフードを被ったままの者に話しかける。コンクランの問答にコクリと頷いたもう一人は、そのまま懐から一通の手紙を取り出すと、ズイと押し付けるようにコンクランに手渡した。


「……くそ、どうして今なんだ?! 大体スクーデリアが何故――」


 そんな愚痴を溢しながら押し付けられた手紙を読み始めて、途中で言葉を切り替えた。


「――あの魔導具が完成していたのか……。それでキルコ様と……っ!」


 そこまで言って、何かに気づいたのであろう。ハッとした表情で、運転席との連絡窓を慌てて開けると、叫ぶような言葉で操縦者に話しかける。


「おい! 前方に何か居る! すぐに停めろぉぉ!」



 街道沿いを猛スピードで走っていた魔導車はその大声に合わせて急制動をかけるが、ゴム製タイヤではない木と鉄で構成された車輪がすぐに停止するはずもなく。砂煙を巻き上げながら横転しないだけマシだと思えるほどに揺れた車体を斜めに停めた操縦者の腕は確かなものだと褒めて良いだろう。そうしてようやく砂煙が晴れてくる頃、操縦者が何が居るんだと前方に目を凝らすと、そこには大きな巨体を揺らすオークが2体、街道を塞ぐように立ちはだかっていた。


「……なんで、街道にオークが?!」


 なんとか停車した魔導車の扉を開け、コンクランだけが降車する。操縦者に「貴様は中に入れ」と声を掛け、箱馬車部分の扉を指差すと、もう一人の男が「これを」と言って異界ポーチをコンクランに手渡した。それを腰に装着し目線を前方に向けると、目測にして約五十メートル程先に件のオークはこちらに向かって歩みだしていた。


「街道には魔導具が設置されている筈だ。なのに……まさか、魔石切れ?」


 そう、街道には一定区間に必ず魔獣やモンスター除けの魔導具が設置されている。それらは各街の衛兵部隊が管理しており、街道巡回の際に魔石の確認も業務の一つになっている。万が一それが壊れてしまったり、魔石の内包魔力が切れてしまえば、その道はただの魔獣が跋扈する平原と何ら変わらなくなってしまうからだ。魔導具はそれ自体に結界が施され、専用の器具がなければ触れない構造となっている為、魔導具が故障するか魔石が切れない限り、魔獣やモンスターが街道に入り込んでくることなど考えられない。大体、今まで魔導具が自然に故障したという話などは聞いたことが無かった。であるならば、魔石の魔力が切れたと考えるのが最もではあるのだが。


 ――巡回の部隊は精鋭しか居ない……例え賊に遭遇しても余裕で返り討ちに出来るような連中ばかりだ。そんな連中が魔石切れなど見過ごすわけが……それとも――っ!?


 そこまで思い至ったとき、一体のオークが咆哮を上げてこちらを威嚇する。その声に体が反応してコンクランは思考を切り替えた。


(いかんな。今更、衛兵隊のことを考えるなどとは……。先ずは目先のコイツラを潰すのが先決だ)


 頭の中でそう言い聞かせた彼は先ほど受け取った異界ポーチに手を突っ込むと、ニヤリと口角を上げた。




 ――さて、ハントは久しぶりだな。




***********************




 どこか深いところから意識が覚醒していくのが自覚できる。ここは高級宿のベッドの上で、自分は義手の換装を行われたのだ。キルコ様が「施術中は意識を失ってもらうよ~」と仰っていたのをぼんやりとした頭で思い出していると、意識の外からその甲高い声が聴こえてきた。


「お? 気がついたかい。流石は冒険者、普通の人間なら半日は目覚めないのにねぇ」


 そんな声とともに視界の端に彼の長い耳が少し揺れて見える。左側に居るという事は未だ換装作業は済んでいないのかと動かない左腕を見ようと首をもたげるが、完全覚醒には至っていなかったのか、身体は思うように動かない。そんな様子に気づいたキコルは「あぁ、もう換装自体は終わってるよぅ。今は嵌合部の微調整中だから、すこ~し動かないでいてねぇ」と優しく教えてくれた。




「……どうかな? 痛みや違和感はない?」

「……痛みはないです。違和感は……ないと言えば嘘になりますね」

「マジで?! どこ? 引き攣ったりとか、なにか――」

「あぁいえ、違います。……その、見た目が」


 キルコの問いに慌ててそうではないと言い換える。彼女の違和感とはその見た目であった。何しろ一見、何の変哲もないただの自分の見慣れた腕がそこには有ったからだ。嵌合部である肘の関節に合わせた継ぎ目を注視しなければ、どこからが義手でどこまでが自分の生身なのかさえ見分けがつかない程、それは精巧に作られている。指の一本一本も全て自分の意識化で思った瞬間に動き、右手を横に並べても遜色ない。流石に血管が浮き上がったり、筋肉の流動性までは起きないが、服を着るか防具をつけてしまえばそんなものは分からない。あまりにも自然なその腕を見て困惑していると、キルコが笑いながら話し始める。


「アハハハ! そうかそうか。見た目のことで驚いてくれたんだね、でもやっぱりそこは拘るよ。何しろ君は女性なんだからね、まぁ、お陰でこの腕一つ創るのに、王都で家が一軒買える程だからね」

「ファ?!」


 その金額を聞いた途端思考が停止し、変な声を漏らしてしまうが「大丈夫! 今回はキミの貢献でこれが出来たんだから、請求はないから安心して」とニッコリ笑うキルコに一瞬疑念が湧くが、次に続いた言葉を聞いて納得できた。



 ――これからキミにはこの義手の本来の性能チェックをしてもらうから。




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