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オッサンの異世界妄想奮闘記  作者: トム
第7章 世界
252/266

19 水面下




「――神託? いや、今のは俺の言葉に――」

「いえ、そのお言葉は私も(じか)に聴こえました……ですが、それとは別に」


 そう言いながら、彼女は眼の前に(たたず)む大きな神像を見上げている。ステンドグラスから差し込む月光に浮かぶ彼女の顔は、切ないような苦しむような、なんとも哀しい表情だった。思わず近寄り抱きとめたくなる衝動に駆られるが、何とかそれを抑え込み「何を聞いた?」と彼女に問うと、その場で目をキツく閉じた彼女はゆっくりと小さく、しかしはっきり聞こえるように話してくれる。



 ――近く沢山の人死(ひとじに)が出ます。……そしてヒュームに新たな聖女が生まれる。



「……は?」


 彼女の言葉が耳を滑っていく。思わず見つめていると、ずり落ちた毛布をたくし上げる手が震えている。……今、オフィリアはなんと言った? 沢山の人死? 新たな「聖女」? は? 何だそれ。一体どういう意味な――


《マスター!》


 不意に脳裏に直接シスの声が響き渡る。ドキリとして意識を取り戻すと、眼の前に居たオフィリアが膝を折り、その場で涙をポロポロ流し始めた。


「……オフィリア! どうし――」

「めんなさ……い……。ごめんなさい、私が……私のせいで」


 オフィリアは自分のことを責め続けていた。自分の人生を捨ててまで、人を癒やすという偉業を成し遂げてきたにも関わらず、自分がノートに逢いたいという夢に縋った為に、無辜(むこ)の人々を(ないがし)ろにしてしまったと言う、天秤にかけられる様なものではない事で。


 胸のあたりを掴み、懺悔するような格好で嗚咽を漏らし続けるオフィリア。まるで、これから起きることは自分の我儘で起きてしまうかのように。そう思った瞬間、俺は彼女を抱きしめていた。


「大丈夫! オフィリアのせいじゃない! 君は頑張ったじゃないか。長い間、何度も何度も人々を救って来た! もう良いんだ! だから――」

「……でも! その為に私は! 色んな子どもたちを!」

「知ってるさ! 身寄りのない、親の居なくなった子どもたちを引き取っていたんだろう? 君が手を伸ばさなければすぐに命を失っていた子どもたちを」

「それでも! それだけじゃありません! 私は……私は……マリーや、未来ある子どもたちまで――」


 泣き出し、取り乱した彼女は自分の行ってきた所業の全てを、叫ぶように吐き出していく。……初めは身寄りのない孤児から始まったそれは、何時しか神格化され、尊い『聖女の儀式』と言う名の下、素質の在る娘たちが、親の居る子ですら……。



 ――クソッタレ!


「シス! グスノフ神に繋げ! 今すぐに!」

《――はい。……繋ぎました》

《ノートよ、お前の怒りは分かるが暫しこちらの話を――》

「うるせぇ! そもそもあんただろうが!「転写術式」を教えたのは! なのになんでオフィリアを責める! この子は! この子に何の罪があったんだ?! 何故人を救った彼女がここまで辛い思いをしなくちゃいけないんだ?! 俺か?! 俺がこの子を治癒師にしたからなのか? なら、俺に責任が在ることだろう! どうして?! なんで……」


 我を忘れて俺は怒鳴り散らしていた。最後は情けなくも涙でまともに声にもならないほどに。それでも俺の気持ちは通じていたらしい。神であるグスノフは黙って俺の言葉を聞いてくれた。



《……まずは酷な神託、済まないと謝罪する》


 そう断ったあと、彼はきちんと順序立てて話し始めてくれた。


《たった今オフィリアに与えた神託についてじゃが……事もあろうに各国に点在、封印されていたはずの「監獄城」が同時に発見された。見つかったのは、お主らが再封印したエルデン・フリージア王国、ゼクスハイドン帝国、ガデス・ドワーフ洞窟帝国、シンデリス共和国と……ヒストリア教皇国の五ヶ国。アナディエル教皇国についてはお主らのエルデン・フリージア王国より先らしいが、詳しくは判らん。ユーグドラシルの森にあった監獄城は既にエルフ達によって発見されている。幸いなことにあの場所は不帰の森の侵食によって封印は解かれていないが、それでも全ての国の監獄城が発見されたことになる。城の最奥に有る祭壇には彼らアナディエル教団の者が何かを隠していたと言う。

 哀しい事に儂等神は「管理者」であって、地上に直接介入はできん。恐らくじゃが、彼奴らは何かを始めるつもりじゃ。そうなれば必ずや人死が出るであろう。そして、聖イリス教会教皇スイベール・ヘラルド。あ奴もこの機に乗じて必ずや事を起こすはずじゃ。……聖女オフィリアを弾劾した後、次の象徴が必要になる。そしてそれを成しうる存在は、既にお主の手の中に居る》


「――サラの事か?!」

《……十中八九間違いなかろう。故に今このときに話をしなければと思うて神託を降ろしたのじゃが……言葉が足りなかった。すまぬ》


 泣き続けるオフィリアにグスノフの言葉を聞かせながら話をしていると、彼はそう言って言葉を結ぶ。オフィリアはそれでも自分がやったことに変わりはないと自分を責めるが、そこへイリスの言葉が今一度神像から降りてきた。


 ――其方はなにも悪く有りません。救えなかった我らを許してほしい……。ここから先はどうか、自由に――


「……イリス様……」


 優しく、心に染み込むような声音で聴こえたイリスの言葉、オフィリアは流れる涙をそのまま、呆けたように「ありがとうございます」と呟き、そのまま気を失った。


「うおっと」


 倒れ込む彼女を受け止め、大丈夫かと声を掛けかけてやめた。その顔はやつれ、涙に濡れて酷い顔になってはいたが、それでも何かが吹っ切れたのか、口元だけは少し緩んでいた。


「……良かったな。もう大丈夫だ、だから安心して休め」


 

 いつの間にか、ステンドグラスから差し込む光は柔らかく、温かく感じるようになっていた。





*************************




 時間帯で言えば既に夜も遅い頃、エクスの衛兵詰所に一人の女性が顔を出していた。


「こちらにコンクランと言う、副隊長はおられますか?」

「……はぁ、失礼ですがどちら様でしょう?」

「私はスクーデリアと申します。エイデル・オットー準男爵様のご子息、コンクラン・オットー様に言伝がございます」


 宿直番の衛兵はその言葉を聞いて、一瞬思考が停止する。(え? コンクラン副隊長が準男爵様の子息?)そんな話、聞いたことがない。大体オットー男爵と言う名自体、この辺境地域にいる貴族名で聞いた事がない。だから、その兵は思わず彼女の言葉を反芻した。


「エイデル・オットー準男爵様のご子息が、コンクラン・オットー様?」 



 ――はい、エルデン・フリージア王国王都に居を構えられる、オットー商会代表の三男がコンクラン・オットー様です。






*************************




 翌日の昼過ぎ、エクスの街にある工房街はいつもの賑わいを見せていた。中でも魔導車工房には幾つもの荷馬車が出入りしており、何人もの商人や人夫が行列を作っている場所もあるほどだ。


「……フロントパーツはどこの扱いだ?!」

「ギアブロックは?」

「内装部門は辻が違うぞ」


 工房の入り口には簡易的な地図が設置され、商人たちはそれを頼りに思い思いの場所に移動していた。



「……こうなったのもノートとガントのお陰だってのに」

「その二人共が、今は居ないんだからな」


 通りの喧騒を、離れた場所から二人の男が眺めながら話している。一方はエクスの魔導車協会の役員と、この街の治安を預かる衛兵の長、カークマン。


「まぁ、アイツラの所為で引っ掻き回されたってのも在るけどな。……大体、ノートのやつは出掛けてるだけで、セリス様んとこの家、買ってるし」

「アハハハ! 確かにな。ガントにしてもアイツん所の王様の付き合いで、ハマナスに行ったと聞いている」

「……暫くしたら、また戻ってきて面倒臭くなるだろうさ」

「そうだな」



「……まずはコンクランを見つけねぇとな」

「あぁ」


 二人はそう言って、魔導車工房から離れ、鍛冶工房街へと足を向ける。


 昨日の深夜、突如兵舎より失踪したコンクランを見かけたという鍛冶師の元へ……。

 






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