15 帰路
「――なぁシス、この辺の土地均すのに良いスキルってどれだと思う?」
《そうですねぇ……。一旦アースクエイクなどで全体を掘り返して均すのが一番早いかと》
「なるほど。じゃぁ、範囲指定で穴周辺部と、あの焦げた地面を――」
シスと相談しながら滅茶苦茶になった地面の修復作業を始めようと、ミニマップを拡大すると、ワームが出てきた開口部の底に小さな異物が有ると判明した。マーカーの色は灰、危険ではないし、友好でもない。一体何だと思ってシスに調べてもらった処、地中からソレを持ち帰ってきた。
「――それは?」
《……精霊核ですね。……闇精霊の》
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「おい! いい加減に、しゃんとせんか! ハカセ!」
《ブハハハハ! 相当魔力を注ぎ込まれたんだろうねぇ、すんごい声出して悶絶してたよ!》
マリアーベルがオフィリアの膝で泣き疲れて、寝息を立て始めた時、セリスがそんな事を言って、転移陣を展開させたハカセに声を掛けている。自分たちがここに跳んだ事は分かったが、肝心のノートの状況が知りたかった。皆もそれは思っていたようで、セーリスの手のひらでひっくり返って昇天しているハカセを取り囲んで、見守っていた。
「……そんな事でここまでになるものか? 大体お前達は魔素自体を吸収して――」
《あれ、忘れたの? ノートの魔力は私らにとって、媚薬のようにウマくて堪らないってのを。そんな物を大量に一気に送られたんだよ》
セーリスの疑問に、ハカセの隣でフヨフヨ浮かんだデイジーが、そう言いながらハカセの頭を、思い切り叩く。目の焦点が合わず、口を半開きにしてニヤニヤしていたハカセは、その衝撃で気を取り戻したのか、はたと吃驚したような表情でデイジーを見て、自分が前後不覚になっていた事に気が付いた。
《……はっ! こ、ここはどこだ?!》
《やっと戻ったか! それよりもノートと連絡取れる?》
《へ? デイジー? ノート? 何故? 転移してきたんじゃぁ無いのか?》
《あぁ、アンタ思いっきりラリってたから、分かんなかったんだ。ここに転移してきたのはノート以外だよ、だか――》
未だ状況把握が追いついていないハカセにデイジーが説明すると、ハカセはすぐに念話を飛ばした。
《ノート、聞こえるか?! そっちはどうだ? 応援が必要なら――》
『……ん? おぉ! ハカセか。いや、大丈夫だぞ。今はちょっと復旧作業中だから、終わったらまた連絡する』
《……だそうだ》
ハカセの説明に、集まった皆は「復旧作業ってどこの?」「まさか、後宮を潰したのか?!」「ふっきゅうってなに~?」それぞれ好き勝手に話し始めていると、「ウオッホン!」と大きな咳払いが礼拝堂に響き渡る。
「――失礼、ご歓談中の所、誠に申し訳ございません」
礼拝堂の入り口に、何人かの近衛騎士が立っていて、中央の者が声を掛けてきた。彼はすぐに王宮へ戻ってほしいと言ってくる。まだ肝心のノートがいないと伝えると、彼らは慌てた様子で「確認します」と言って、一人を伝令にして走らせた。
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「……カハッ……ハァ、ハァ……」
研究室の奥のベッドに横たわっていた長躯の男が、突然開眼したと同時に噎せるように息を吐く。上体を起こして頭を軽く振ると、手足の感覚を確かめるかのように自分のそれを見つめて動かしていた。
「……ん? 戻ったのかリビエラ」
「ハァ、ハァ……えぇ、完膚なきまでに消滅させられました、マシタ……。クックックッ、相変わらずの化け物っぷりでしたが、拍車がかかっていますね、マスネ……ム?」
リゲルの言葉に自虐的にそう答え、セリス達の戦力に呆れていると、二号の精霊核が戻っていないことに気がついた。
「……核を覆っていた術式まで破壊されてますか、マスカ。やはり根本的なところから見直さないとマズいですね、デスネ」
横に置かれた大型機械を睨むようにしながら、リビエラは小さく呟く。リゲルが「アレはあそこに置いたがあれでいいのか」との質問に「良いです、デス」と短く答え、寝台から降りて歩き出す。
「……そう言えば、ゲールさんはまだ戻っていないのですか?」
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荒れてめちゃくちゃになった起伏は収め、焦げた地面は掘り返し、少し農地のような装いに変わってしまった平原。その端にへたり込み、俺は空に瞬く星を見上げていた。
「……良く「見た事ない星座だ」とか言ってるの聞いた覚えがあるけど……大体、地球の星座すら覚えてないし、日本以外知らないんだ。「星、一杯だ」しか感想ないよ」
ブツクサ意味のない事を呟いていると、横に浮かんだシスが《説明しましょうか?》と言い出したので即座に断る。別に星座のうんちくが必要なわけでもないし、今ここで聞いて何の意味がと言い返すと《教養です》等と抜かしやがる。空に見える星は一杯だし、月のように輝いてるのは一つ有る。それが分かれば問題ないと言い切って、ごちゃごちゃ言い募るシスを黙らせた。
《……戻りづらいですか?》
「――っ!」
いきなり核心をついてきたシスに、俺が「別に」と答えるが、《……わからないとでも?》と言われ、敢え無く白旗を上げた。コイツは俺の一部みたいな物、当然わかり切っている。
「……助けに行くって大見え切ったのにさ、逆に助けられるってどうなのよ」
《良いじゃないですか、面倒事が減ったんですから》
「ヌグッ……そうだけど、確かにそれはそうなんだけどさ。何というかこう……「俺参上!」みたいに――」
《……格好が付けたかったのですか?》
「……っさい! そうだよ! 「お兄ちゃんが助けに来たぞ!」ってやりたかったんだよ!」
本音をぶちまけ、その場に大の字になってひっくり返る。そうして大きな空をもう一度見上げていると、空の星がまるで落ちてくるかのように体全体で感じられる。
「……スゲェ」
……思わず。本当に思わず声が漏れた。地球の山などの高い場所に行けば、空気が澄んでいるために空の星がよく見えると聞いたことが有る。テレビや雑誌などで見かけたこともあった。でも、ここは平原のど真ん中……。田舎のあぜ道と少し似ているシチェーションではあるが、見えている星の量が違うし、そもそも大きさが違う。月のように見えているものは白くなく、青い海やアレは大陸だろうか……え?!
「な、なぁシス。あの、月みたいな天体って海や陸が存在しているのか?」
《……月? あぁリィスの事ですか。渡ったことは有りませんが、あの天体にもここと同じ様な陸や海はありますよ。生命体までは観測できませんが》
「ウッソん!?」
《……なんですかその返事は。あぁ、マスターの記憶にありますね……成る程、地球の衛星ですか。マスター、このイリスと言う天体の大きさを忘れたのですか》
「……あ、そうだった。ここって地球の十倍以上の大きさだ」
《そうです。そしてあの衛星は地球の月と同じ様な距離。天体の大きさとしては地球とほぼ同等でしょう。ですから――》
そこからシスの説明という垂れ流し講座が始まったが、殆ど耳を素通りしていく。
――そうだよな。この星はそれだけでかい。そんな世界でたった一人の妹に会えるなんて、奇跡みたいなもんなんだ。それでなくとも地球みたいに安全でもない、一度街を出れば今生の別れだってある世界。何を細かい事で俺はウジウジしてるんだよ。
《――ですので、一般的な》
「良し! 帰ろう!」
《……》
「シス! 皆の所へ戻ろうぜ!」
《……はぁ~~~~。ハイハイ戻りましょう》
「何不貞腐れてるんだよ」
《いいえ、私は所詮、マスターのスキルでこの個体に収まっている付帯物でしか有りません。故に私がマスターの質問に対し、懇切丁寧、且つコンパクトにイリス星を取り巻く周辺環境とその惑星群を――》
「あぁ、ああーもうわかったから! ちゃんと今度聞くから! な! 今は帰ろうぜ!」
それでもブツブツ小声で文句を垂れ流す小さな玉っころをむんずと掴み。
《な! 何をご無体な!》
「か・え・る・の! ミニマップ展開! 座標固定! 転移!」