14 圧倒
「――聖女様!」
ノート以外のスレイヤーズ一行と共に、転移してきたアリシエールとジェイクが、祭壇の前に立つ彼女を見てすぐに傅く。その光景を見た皆も同じ様に頭を下げようとするが、彼女はそれを手で制し、スレイヤーズに囲まれた、サラとマリアーベルを見つけ、その隣で畏まっているジゼルに目線を移す。
「……ジゼル、お久しぶりです。マリーちゃんと逢えて良かったです」
「――っ! とんでもございません! 全て、全てオフィリア様の思召しで――」
――オフィリア様?
ジゼルの言った言葉にマリアーベルが反応し、不意に顔を上げてオフィリアを凝視する。次いでその顔はクシャリと歪むと、潤んだ目から滔々と涙が溢れ落ちていく。
「オフィリア様ァァァァァァァ!」
皆をかき分け飛び出すと、一目散にオフィリアに抱きついて、彼女はわんわん大きな声で泣き始めた。
「辛い思いをさせましたね。私のせいで本当に辛い思いを……」
「ううん、そんな事無い! オフィリア様は何時も私を大事にしてくれたもん!」
その声は礼拝堂中に大きく響いて、そこに集まった者達全てに聞こえた。
――聖女オフィリアにとっては既に数十年前の事。周りにいる者達にとっては事情すらよく判断できない事……。
だが、内情を知るスレイヤーズの面々と、ジゼルや本人であるマリアーベルには、ごくごく最近の出来事だったのだ。特にマリアーベルにはあの地震が起き、姉妹が暮らす教護院が目の前で潰れた事、血塗れになったオフィリアと、精神的に融合した事などが一気に思い出され、感情のコントロールなど出来るはずもない。彼女はその場で声の限りで泣きわめき、オフィリアにしがみついて、いつまでも離さなかった。
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転移した先で俺の手を振りほどいたゲールが、周りの状況を見て怪訝な顔を見せる。再生スキルで既に顔はもとに戻っており、大したダメージも負っていないだろう。そのまま俺から数メートル程跳躍してから、こちらを窺うように質問してくる。
「――ここはどこだ? それに……記憶が戻っているのならば、貴殿は相馬健二ではないのか?」
そこは傍に大きな穴が空いており、少し離れた場所には未だ鎮火していないのか、ブスブスと煙を上げる焦げた地面が剥き出しになっている。そう、リビエラを消し飛ばした場所に戻ってきただけだ。
「ここはリビエラが居た場所だよ。……あと、健二君はもう居ない。俺と完全同化したからな」
「……なに?」
俺の言葉の意味がわからないのだろう、ゲールは未だ警戒したまま、俺の言葉を待つかのように、その場に立ち止まって俺の目を覗き込むようにして、動きを止める。
「はぁ~。何でいちいち敵方に俺の内情を話す必要があるんだよ、馬鹿か? 不本意ながら、アイオーン様と茶飲み友達になったんでな」
「――っ!? なんだとっ?! では貴様は一体だ――」
奴の言葉を最後まで聞く必要性を感じなかった俺は、そのまま一足飛びに懐へ入ると、その腹目掛けてガントレットに魔力を纏わせ叩き込む。貫通するかと思われた拳は、頑丈な肉体のせいで叶わず、しかし、その圧倒的な膂力で以ってくの字に曲がり、地面と水平に後方へと弾き飛ばされる。
「――かはっ!」
瞬時の出来事に防御が追いつかないゲールは、意識を半ば飛ばしかけながらも、態勢を立て直そうと足元に気を向けた瞬間、頭上の気配に気が付いた。
「……!?」
既に高高度で待機していたシスは、弾き飛ばされていくゲールに照準をロック、直径十センチ程度の鉱石弾を重加速魔術と追尾術式を付与して発射する。「キュイン!」と高い音を鳴らして落とされたソレは、落下速度に比例して重力力場を生成し、その投下距離に対して重量を付加し始める。更に加速度を増したソレは光速に近い速度となり、光の弾丸となってゲールに飛来した。
「何だアレ――」
彼が気づいたのと着弾は同時。凄まじい地響きと共に周囲百メートルほどが陥没し、中心点に行くほどすり鉢状に地面は地中に落ち窪んで行く。その中心には勿論ゲール。四肢は千切れ飛び、辛うじて繋がっている首も今にも取れそうな首の皮一枚と言う感じだ。腹には大きな穴が空き、まるで体内から爆散したかのような状態になっている。
「……アァ、ガァ……」
(……何だ?! 一体どうなっている? この身体はほぼあの勇者と同じ身体にしたはずなのに……こんなに脆いものなのか。……いや、違う。恐らく攻撃がそれを上回っただけだ。一体何をされたのだ? 腹に喰らったのはわかる、だが直後に上から落ちたアレは何だ? 光の玉にしか見えなかったが……あぁ、クソ、意識が持たん。まぁ良い、身体の予備はまだ充分に――)
「次元結界、時空拘束陣展開」
ゲールがその命を散らそうとした瞬間、彼の横たわった地面に魔法陣が展開される。それが発光し始めると同時、別の魔法陣が立体的に現れて、ゲールの身体を丸ごと包み込む。
(……な!? なんだ? 意識が戻った?)
「お前がここで死んだって、肉体が無くなるだけだろうが。だから、その結界内で時間ごと拘束したんだよ。お前はもうそこで死ねないし、再生することも叶わない。最終処分が決まるまで、そこでずっと苦しんでおけ」
(……は?)
目の前にいるノートの言った言葉の意味が分からなかった。死ねないとはどういう事だ? 再生できないとは何故なんだ? 絶命寸前の今、意識が朦朧としたままで、苦しみだけが残っている。この状態が続くとは? ゲールはそう考えた途端、初めて恐怖と言う感覚が襲ってくる。何故死ねない? 何故なぜナゼ……頭の中でそんな言葉が渦を巻き、息が苦しく喘いでみても、再生スキルは一向に働かず、かと言って意識が途絶えて事切れることもなく。ただただ、苦しい瞬間だけが続いている。
(……まさか!? この結界陣の中では時間も止まっているのか!)
ゲールの思い至った答えは、彼の使った魔術に親しいものだが厳密にはそうではない。時間が停止するならゲールの思考も止まってしまう。彼の使った魔術は「時空間魔術」の一つ。それは先代ノートが神へと至った、時を扱う術式で、空間内に於いてその時間が永遠にゼロへと向って伸び続けるというもの。終わりが無くなり、その場で動くことも知覚することも、視覚することも……全てが終わらなくなり、ただその場に固定してしまう術式。……恐らくは何某かの漫画のネタかと思われるが、そこへ彼は特殊相対性理論を当てはめ、陣の中を光速で常に移動させることにした結果、次元隔離され、空間に距離がないその場所で、入れたものを光速で移動させ続けることによって、時間をほぼ永遠に近い状態まで遅らせることに成功したのだ。
「シス、この結界ごと、異界庫に入れておいて」
《了解しました》
ふぅと一息吐いて、今更ながら周りを見渡す。直径にして百メートルの大きな地面陥没、その向こうには同じ様に大きな深い大開口部……。その隣では今だにブスブスと煙を上げている焦げた地面。ここが王都でなくてホント良かった……。こんなの街の真ん中でやったらどんな大惨事だよと思ってしまう。シスがゲールを異界庫に放り込む際、なにやらギャアギャア、ゲールは騒いでいたが、これで悪魔を一人拘束できた。
「健二」君の意識にあった、スキルを見てゾッとした……。何だよあの数、あのスキル達……。流石は現役高校生、漫画の技やら物理法則超絶無視のとんでも技まで、ワケワカランほどのクソチート技のオンパレード……。タグ付けされてページ分けって、見た瞬間にこっちが頭抱えそうになったわ。
そんな得体もないことを頭の中で愚痴っていると、シスが《マスターも大概ですが》と言って思考を読む。
「……おい! プライバシー保護してくれ!」
《……私はマスターのスキル、言わばマスターの一部です。……今更そんな》
「あぁ! もう! そうだよそうだよ、そうでした! 忘れてましたよごめんなさい!」
《……フフ。ところで、この場所、どうします? ある程度均して――》
「コイツ……今クスッとしたような……。え? あぁ、そうだな。ちょっとは均して帰ろう」
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