** 願うは……。
「誰!?」
《――っ!》
突然現れたその人に誰何するが、シスは判っているようで、如何にも分が悪いと顔を顰める。当のその人はひとしきり声を出して笑った後、テーブル前にもう一脚ソファを準備させ、ドカリと座って、お茶を要求する。
「まぁ、まずは座れ。――ほれシスよ、我には紅茶を頼む」
《……畏まりました》
「……いや、だから誰だよ、この人! ってか性別すらも分かんねぇ」
俺の言葉がツボったのか、「何だそれ!」と言ってソファに座ってまた笑い、シスが《……マスター、落ち着いてください。先ずは座りましょう》と告げてくる。仕方ないと思って座ると相手も落ち着いたのか、そっとカップを持ち上げて、音を立てずに紅茶を飲む。
「……んむ、相変わらず美味いな。さて、まずは……ノート? 太田君? どちらで呼べばいい?」
「いや、まずはどなたです? そこを先に教えていただきたい」
「あはははは! 確かに! そうだな。んんっ、では名乗ろう」
――我は時を司る真の神、アイオーンである――。
「……はい?」
意味が分からずぽけぇとしていると、シスから補足が入ってくる。
《……クロノス様は言わば管理者としての時の神です。人から成った神の……。ですがこの方は先程言った理の外の存在である神です》
「……え? あ、じゃぁ、健二くんが話してた、あの「古き神」ってこの人?」
「呑み込みが早い様で助かる。その理解で正しいぞ。……ほれ、ジジイにもなれるでな」
言うが早いか、その姿は瞬時に口髭を蓄え、真っ白に変わった髪を見せフォッフォッフォとしわくちゃになった顔で笑って見せる。次旬には元に戻り、真っ黒な髪に変わったと思うと、妖艶な美女に変わり、上目遣いでこちらを見上げる。
「……ふぅん、君はこう言うのが好みな訳なのねぇ」
「はへ!? いやいやいや! すんごいナイスバディでダイナマイッ! だけど、そこじゃねぇ! ってか人の思考を読まないで!」
何で神様ってやつはすぐに人の思考をすぐ読むんだと思いながら、ツッコミを入れる。その様子を見てまた、あははと気持ちよさそうに笑った後、アイオーンは元の中性的で欧風の顔に戻ると、置かれたカップをまた一口啜った後、真顔で俺に告げてきた。
「……先ずは君に謝罪と感謝を。相馬健二の魂を受け入れ、その過酷な人生をも許容してくれた事、誠に感謝する。そしてこれから待つであろう、辛い選択の連続に心からの謝罪を」
そう言ってアイオーンは目礼でこちらに謝意を見せてくれる。……何故彼がとは思わない。恐らくはそれこそがアイオーンが相馬健二君を、神へと神化たらしめた理由の一つであったのだろうから。あの時、健二くんが選択した時点で、時を見られる彼には結果も分かっていただろう。……それを伝えることはしなかった。理由は知らない、知りたくもない。それは感情を持つ人間の考える事だから……。
目の前に居るこの神にそれを言った所で通用しないだろう。性別もなく表情すらもない、能面のような真顔。謝意だのなんだのと言ってはいるが、それすら言葉の上のものだ。神は悠久の時を生き、その意識は既に記憶とは無縁……だったか。とどの詰まり、何を考えてるかなんて、人の身である俺の理解の外ってことなのだから。
「……君は、達観しているのだな。確かに我々外なる者にとって、この世界の者達に対する思いは、君達のそれとは少なからず違うと言えよう。時の概念すら違う我等にとって、君達は……いや、その様な事を議論することにすら意味は無かろう。だが、勘違いだけは正しておきたい。我等にも感情は有る……想う心も持っておるのだ。そこは知っておいてくれ」
「……そうですか、理解はしましょう。なら、願わくば神となったクロノス様には心の安寧を。どうか、そこは伏して願います」
「――我、アイオーンの名に於いてその願い、しかと聞き入れよう」
その瞬間、俺と同化している心の中の何かが、ふっと暖かいものに包まれる感覚があった。何故か右の目だけから涙がこぼれ、気持ちがすぅっと落ち着いていく。あぁ、健二君はこれで大丈夫、大丈夫なんだと確信できた。
《……あぁぁぁぁぁぁぁ!》
途端、横に控えていたシスがいきなり大きな声を上げて泣き崩れる。どうしたんだと近付くと、俺にしがみついて大粒の涙を流しながら叫ぶように声を上げた。
《マスター! ありがとうございます! クロノ、いえ、健二様を、我が造物主様の心をお救い頂き、ありがとうございまずぅぅ! わだしのできながった、唯一の心残りをぉぉぉぉ》
「あぁ、わかったよ、わかったから。……ちょい、服を引っ張るんじゃない! あぁ、鼻水拭くなぁ」
◇ ◇ ◇
《……お見苦しい所をお見せいたしました》
「切り替え早いから! 伸びちゃったじゃん、ここカピカピだ――」
言い終わらないうちにその服は瞬時に変わり、元のキレイな服に戻される。
「……」
《なにか?》
「いえ、なんでもございません」
「ふはははは! なんとも面白い主従関係だな」
俺達のやり取りを見ながら、アイオーンはまるでテレビの漫才でも見ているかのように大口を開けて笑っている。そこでふと、何の用事できたのか聞いてないことを思い出し、ソファで今だケラケラ笑うアイオーンに質問した。
「ははは……。ふぅ、そうそう、肝心なことをまだ話していなかったな。シス、済まんがおかわりを頼む。次は珈琲を」
変な所に俗っぽい部分を見せながら、アイオーンはソファに座り直すと、俺にもソファへ座れと目で合図する。倣って座るとシスが俺の前にも珈琲を置き、俺の背後に回って気配を消した。
「……ズズッ。これが珈琲か、なんとも深い味だ。さて、単刀直入に聞こう。……かつて太田零士であったノートよ。君は先程、世界イリステリアでこの先も自分の人生を全うすると言ったが、その気持ちに偽りはないか?」
「はい、ありません」
当然だ。さっきの言葉は、俺の本心から出た言葉で間違いない。地球に未練はない、親兄妹のことすら覚えていないのだ。辛い現実のみで自分の魂すらすり減らした場所に、今更戻ってどうするんだ。そんな場所より、大切な人が何人も出来た、そして守る力を持てたこの世界で生きていく方が、幸せを目指せるはずだ。……全てとは言わない。だけど自分の広げた手の中に収まるくらいは全力で。
「そうか、なれば選択は成ったと認めよう。君はこれより「ノート」としてその魂の輝きを以って生きよ! 我、時の神アイオーンの名の下に、イリステリアの住人と認め、魂の輪廻に還るその日まで、想うがまま、生き抜いてみせよ」
彼がそう宣言した瞬間、俺の頭上に幾何学模様の魔法陣が現れる。幾重にも重なったそれが展開すると、球体状に広がって、ゆっくり俺に向って降りてくる。
「……な! なにこれ?」
「そのまま受け入れよ」
それは頭頂部に触れた途端、様々な色に輝き始め、身体のあちこちに付着して浸透していく。その度に陣が一つ消え、二つ消え……遂に足元に降りて全てが俺の身体に浸透して消えた。
「――ノートよ、現時点をもって選択は成された。魂は完成され、一つの「ノート」と固定された。……記憶は常に揺らぐもの、時に思い出し、忘れ、変化するのだ。人はそうして人生を歩んでいくのだぞ。良いな、忘れた想い出も、辛い記憶も、総ては君の生きた証だ。相馬健二という者と一つになった今、全てが君の思い出になったのだ。どうか、綾華ちゃんの安寧を、頼んだぞ」
そう言ったアイオーンは立ち上がり、透けるようにして消えていく。去り際「たまに茶を飲みに来るでな」と、とんでもない爆弾を落として。
「……茶飲み仲間になった覚えはないのだが」
《昔からあの調子ですから》
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