** 真相
「――ファ?!」
「……ははは! 良いねぇそのリアクション」
「いやいやいやいや! ちょいちょい待って! マジか? ホントにマジか!?」
「ぷははは! 何なら本気と書くか!」
「……古いわ! って違う! ……全部って」
「……あぁ、正真正銘、残った相馬健二だった魂の欠片を全部アンタに託した。……勇者時代の能力も「シス」丸ごとな。今ここに居る俺は純粋な管理者としての神である「クロノス」だ。自我に相馬健二が残っているからアンタとこうして話ができている」
彼はなんでもない雰囲気で、そう言いながらテーブルのカップを手に取ると、淹れたての珈琲をズズと音を立てて一口啜った。……クロノスって、ギリシア神話じゃん……。過去から未来へと続く時の流れを支配してるっていう。マジモンの神様ってやつに――。
「……あ、ギリシア神話の「彼」とは関係無いからな」
「おい!」
「あはははは!」
そう言って快活に笑っている彼の後ろに立ったシスの顔を見た途端、なんだかもう全てを悟ってしまった。静かに口角だけを上げ、薄っすらと瞳を閉じるように微笑みながら、眉尻だけはへの字になって……。
――数千回以上……。悲惨な歴史の繰り返し。ずっと違う道を探して、本当に魂を削って、もう一緒に居る事の出来ない彼女のために……ただその為だけに永遠とも思える苦行のような事を君は続けたのか。何世紀も……。いや何十世紀も延々と。
「……健二君」
「あぁ、ツマラン感傷は要らないぞ。そんなのは最初の二、三回目までだ。……数千年も生きてみろ、感情なんてものはどんどん薄れていく。あの世界は昔やったゲームのような世界、だから余計にそう思えたのかもな……。だから――」
「でも、今もずっと泣いてるじゃんか」
顔は笑顔だ……流れる涙を除いては。一体どう言う感情になればそうなるのか、俺には見当もつかないけれど、その涙はあまりに切なくて、見てるこちらが辛くなる。
「は? 涙? ん? ホントだな、はは、何で流れるんだ?」
《……マスター、少し休みましょう。後の話は私が致します》
「……え? あ、あぁわかった。じゃぁ俺は部屋に行くから、後は頼む」
突然、何かが切り替わったように、シスの言葉に従い、リビングから出ていくクロノス。扉の向こうには廊下が見え、突き当りの階段をそのまま昇っていった。
「……シス、彼はだいじょう――」
《問題ありません。先ずは場所を変えましょう》
◆ ◆ ◆
リビングの扉が閉まった途端、部屋の雰囲気は一変する。部屋の中央にシングルソファ、ローテーブルと大きな画面のモニター。
「……アカシックルーム」
《はい。ここは太田零士様、現ノート様の領域に有るアカシックルームです》
メイドシスはそう言ってローテーブルの上に茶器と一緒にマウスとキーボードを並べる。モニターにはパソコンの画面のようなものが映し出され、ファイルフォルダーが幾つか左に並んでいた。
「俺の領域……って事はクロノスは?!」
《ここには存在しません。クロノス様はあの小部屋から出ることは叶いませんので》
――帰結点。相馬健二だった彼、クロノスが自ら決めて最後に選んだ最終到達点……。過去と未来の時間の流れすら操れる存在でありながら、自身は時の狭間の小部屋にしか存在できないなんて、彼の人としての生は一体何だったんだと思いたくなる。
《……そうお決めになられたのも、クロノス様自身ですので》
……そして、もう隠す気もなくなったのか、まだ言語化すらせず、念話すらしていない、俺の心の思考に対して即座に返答してくる……。
「……ねぇシス」
《……はい》
「いや、良いんだよ、レスポンスが早いから。……でもさ、幾ら何でもいきなり過ぎない? 一応、俺のまだ思考段階の言葉なんだよ。……しかもこう言う時だけは黙って言葉を待つなんて、あざといよね、計算? 計算してるの!?」
解ったし、理解も出来た。クロノスが言った通りなら、シスは俺の魂と密接に繋がっている。健二くんの魂の欠片との仲介をしていたのだから。二つの異なる魂を繋ぎ、記憶すら曖昧に混ぜ込んで、最終的には同化させてしまっているんだから。そりゃぁ、俺の考えていることなんて俺と同時に理解してるだろう。……でもさ、でもこのぅ、何ていうの、心の機微っていうか、伝えたくない感情の深い部分までが……あぁ! もう! これも筒抜けなんだよねぇ!
《……》
「ぐぬぬ……。はぁ、もう良いや。一蓮托生って正にこの事だよな」
《どこまでもお供いたします。我が主様》
「……そういうところ! あざとスギィ!」
きれいなカーテシーで上目遣いにこちらを見つめる彼女。その上での口上、大好物です、ありがとう! などと言えるはずもなく、どかっとソファに腰を落とす。彼女は流れるような所作でカップに珈琲を注ぐと、一歩下がってモニター横に立ち、いつの間にか手にタブレットを持っていた。
《……まずは最も懸念されている事をお話いたします。クロノス様の小部屋に入った時より、外界との接点がないため、刹那の時も動いては居ません。つまり、マスターが転移を完了した時点で時は動き始めます。次点は、クロノス様のお話にあった通り、時を動かした瞬間、マスターはここや小部屋での事を記憶できません》
「……それ! なんで!? なんで、俺は忘れてしまうの?」
《パラドックスというものをご存知でしょうか?》
「……え、あぁ何となくは」
《……マスターの理解できる範疇で言うなれば……「テセウスの船」で理解できるでしょうか》
――テセウスの船……またはテセウスのパラドックスと呼ばれる「ある物体において、それを構成する物質が全て置き換えられた時、過去のそれと現在のそれは「同じそれ」と言えるのかという問題」のことだ。
「いや、分かるけど、それが一体――」
《マスター、マスターがお会いしていたのはどなたですか?》
「え、何いってんだよ、そりゃ健二君に決まって――! タイムパラドックスの事を言ってるのか?」
タイムパラドックスはよく聞く現象だ。同一時間に同一人物が一人以上同時に存在してはいけない問題。だけど、俺と彼は違うはず。
《それもあります……厳密に測ればお二方は別の者だと言えるでしょう。ですが、本来魂はそれ一つで完成し、替えなどあろうはずがございません。……ましてや分けるなどと、摂理がそれを許容しません。ですが、クロノス様はそれを行い、アナタと同化している。一つの魂となっているのです。それを摂理がどう判断するでしょう? 故にクロノス様は自身の小部屋で時間を固定し、限られた方法でマスターにお伝えしたのです。これをご覧ください》
そう言ってモニターに有るフォルダの一つを指し示す。そこには文字化けした読めないフォルダが一つあった。
「……これは?」
《これが今回のマスターとクロノス様の回顧録です。既に摂理が働き、文字は読めなくなってしまいました。時が動けばフォルダごと抹消されるでしょう、ですが私は違います。私は独立した思考形態。そして現実世界に存在する機体とリンクしています……。つまり》
「今回のことは記録している……のか?」
俺の問いに黙って頷く彼女。おそらくはクロノスも分かっていて同席させたのだろう。わざわざ全てを話してまで……。
「……一体、俺に何をさせたいんだ? 選択って何を選ぶんだ?」
《その為に、今から私の中にある情報をお伝えします。現在イリステリアで何が起こっているのか、何故地球の悪魔たちの概念が存在しているのかを》
メイドシスはそう言うと、タブレットを操作し、モニタ画面に次々に資料を映し出していく。そこには今まで数千に及ぶ彼の試行錯誤と、夥しい数の推論と結果が対で並んでいく。地球で十億年前に起きたとされる次元を歪めるほどの爆発事故があって何柱かの神が「イリステリア」へ異動した直後に起きるアナディエルの邪神騒動。そして見つけた「永久の長久」と呼ばれる神だった者達の北の魔国への追放……。地球から貰い受けた魂がアナディエル教団に偏っている事等々……。そこで産まれる疑念と推論。
《この永久の長久という者達が人に堕とされた際、悪魔という概念が産まれています。恐らくは彼らが記憶を残したままだったのだと測れます》
「……でも、アナディエル教団はその前から存在して――」
《……それこそ彼らが下準備として送ったとしていたら》
「へ……? ちょ、ちょっと待ってよシス。それっておかしくない? だってそれじゃ、初めからイリステリアに降りることが決まってたみたいじゃな――」
《神側にそれを指示したものが居たら……》
――初めから、あのイリステリアという世界を乗っ取るつもりだったとしたら……。