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「「キャァァ!」」
「……クッ!」
「大丈夫ですよ、次元結界もありますか――!」
ドンドンと大きな音を立てながら、きれいに整えられた庭園の草木が千切れ、土が爆散していく。それらは辺り構わず行われ、遂には彼女らのいる場所だけがきれいに残る形となってしまう。
「……フム、見えぬなら、見える様にすればいいだけだな。あとはその厄介な結界だけか」
そう言いながらゲールは庭の端に出来た半円状の奇妙な空間を見つめる。それこそが次元結界で守られた場所。セーリスやキャロルは息を呑み、ハカセは遂にノートへ念話を飛ばす。
『――ノート! ゲールが城に現れた! サラ達を狙っている! 俺の位置は掴めるか?! 掴めるならば転移でなんとか――何だ!?』
ハカセが慌てて念話を送っている時、精霊がまた大きく騒ぐ。その気配をゲール達も感じたのか、一同が急に後宮の門を注視した。
「……ん? 何だこの気配は――!?」
ゲールが肩越しに振り返り、門の方を見た瞬間、爆発するような衝撃波がその大きな門を吹き飛ばす。次いでその衝撃波の中からは、斬撃のような波紋が幾重にも折り重なってゲールと、三人組に殺到する。
「おい! こりゃ……ぎゃぁああ!」
「クソったれ!」
「波紋! 剣技スキルか!? 聖盾!!」
庭の爆発から逃れるため、建物の方へ避難していたコルテボーナ一行にも、その波紋は殺到する。枢機卿を囲むように立っていた二人のうち、彼のスキル「聖盾」範囲から逸れてしまった一人はその斬撃で真っ二つになると、盛大に鮮血を撒き散らし、纏った襤褸ごと崩折れる。
――この連撃は相当な手練……。一体誰が? この城に居た騎士団長は先の魔道具の爆発に巻込まれて、腕に傷を負ったはず。ならば誰が……。
崩れて吹き飛ばされた門の横から、人影が見える。しかしその姿は靄でも掛かっているのかシルエットのみで判然とせず、目を凝らして睨んでいると、その人影から声が聞こえた。
「――義によって助太刀致します! スレイヤーズの方々はこちらにおいでか?!」
そう言いながら靄の中から一人の女性がすっと現れる。服装は一見キャロルのそれに似ているが、腰には見たこともない細い剣のようなものを佩いている。漆黒の髪は綺麗に纏め上げ、頭頂部よりポニーテールのように流されていた。その頭頂部には薄く尖った耳がピクピク動き、視線は庭に佇む偉丈夫を見据えている。
「……ぬ? 貴様は、確か……」
飛んできた斬撃の波紋を受けながら、ゲールの身体にはおろか、その衣服にさえ一筋の痕はなく。ただ悠然と振り返り、現れた闖入者を見つめて考えていた。
「――我こそは初代勇者様の従者、セスタ様を祖にする子孫、アリシエール。……貴様が「悪魔」で相違ないな」
「おぉ! そうだったな。……如何にも。我は大罪の悪魔が一人、ゲールだ」
その光景を、結界の中でぽかんとした表情で全員が見つめていた。キャロルは「服が被ってます!」とずれたことを言い、セーリスは「……まさか、オリハルコンの闇剣鬼……」と物騒な渾名を呟いている。中でうずくまった三人は、静かになった状況でおずおずと目を開けて外の景色を窺おうと顔を上げた時、直ぐ側で突然小さな声が聴こえてきた。
「……今のうちにこちらへ」
「――っ!?」
「俺の名前はジェイク、あそこで啖呵を切ってるお嬢の仲間だ。オフィリア様の要請でアンタ達を助けに来た、「ノート」さんの代わりにな」
「「ノート!?」」
「とにかく、話は後でオフィリア様から聞いてくれ。借りてる魔道具にも時間制限が有るんだ、だから早くこっちへ!」
セーリスとキャロルは目の前に来た背の高い男が話した「ノート」と言う言葉に思わず反応してしまう。聖女様を救うために動き始めた所なのに、何故私達がここで窮地に陥っている事がわかる? そう思いながら彼の言葉を聞いていると、ハカセが念話で話しかけてきた。
『……セーリス。ソイツの言っている言葉は事実みたいだ。今、ノートとオフィリアが、俺を仲介して話している』
『――はぁ?!』
『……とにかく、ソイツの言う通りにしよう。今は不味い――っ!』
ハカセがそう言って行動を始めようとした時、思わぬ方向から声が聞こえる。
「ジェイク! 避けろ!!」
「――うおっとぉ!」
アリシエールの声に、彼は即座に反応してセーリス達から距離を取る。彼が居た場所は飛び退いたと同時に爆散し、セーリスたちは思わず声を上げてしまう。
「「きゃぁ!」」
「……羽虫がコソコソと何をしておるかと思ってみれば、次元魔導具とはな。――ノートの仲間か、それとも……裏切りの聖女の手の者か」
アリシエールと相対しながらも、手のひらをこちらに向けたゲールがそんな事を言いながら、ニヤリと口を歪める。その刹那、アリシエールは身を屈めるや、瞬時に居合斬りの要領で鞘に収めた自慢のカタナを一閃する。
「……フンッ!」
間近でそれをまともに受けたゲールは、一歩、二歩と後退り、「ウグ!」と小さく声を漏らしたが、逆袈裟に斬られた上半身は分かたれる事はなく、ただ衣服と皮膚の表面に傷が走るだけ。それに対して彼の後ろは凄まじいことになる。地面には数メートルにわたって亀裂が入り、斬撃の波紋が庭木へ直撃。木々は衝撃で破裂するように割れ、後宮の外壁にはビシリと音を立てて切れ込みが入る。
「……お主の身体、ヒュームのそれではないな」
「フフフ、なかなかどうして。不意打ちとは言え、この身体に切り傷を負わせるとは。その剣、いや、剣技スキルも侮れんな。……だが今は構ってやれんのでな、機会があれば――」
「いいや。まずはお相手願おうか」
途端、彼と彼女の足元に、巨大な陣が浮かび上がる。「クソ! いつの間に……」ゲールは慌てて陣から抜け出そうと試みるが、既に術式は発動しているのか、見えない壁に阻まれる。
「さぁ! 皆さん今のうちに!ジェイクと――」
「させるかぁ!」
アリシエールの声が終わる前に、壁際に避難していたコルテボーナ一行が、植え込みの裏から飛び出してくる。彼は聖盾を前に構えたまま、セーリスたちが居ると思しき場所めがけ、魔力を込めて突っ込んできた。
「聖盾よ! その力で以て彼の壁を崩し給えぇぇぇ!」
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「……ハカセっ!? え? 何て言ったんだ?」
いざ、リビエラに飛び込もうとした瞬間、ハカセがいきなり念話で叫んできた。余りに大きな声だったのと、集中していたために何を言ったのか聞きそびれる。セレスも何かを言ったようだが、思わず足を止め、声に出してその場で聞き返していると、リビエラが大きく笑って話し始めた。
「んん~? もしかして城からの救援要請ですかぁ、デスカぁ? クハハハハハハハハ! さぁ大変だ、タイヘンダ! どうします、シマ――」
その言葉がでた瞬間、穴の傍に居たリビエラの足元から地面がチリチリと焦げる音が上がる。直後、彼を中心として周囲二メートル程が光の柱に包まれ、轟音が遅れて周囲に響き渡る。セレスが放った極大雷撃魔法「天雷槌」それは地に堕ちた瞬間、中心部に居たリビエラを瞬時に蒸発させ、地面をすり鉢状に陥没させながら、直径二重メートルほどの大穴を開けた。放電しきれなかった電流が周りにバリバリと大きな音を立てながら散っていき、かろうじてその範囲外にいたノートに、パチリと静電気のようなものを残り香にして消える。
「……んぎゃ! 痛ぇ! ビリっと来たぁ。……って、セレスぅ! 俺が立ち止まってなかったら、どうするつもりだったんだァ! ゴラァ!」
ハカセに念話をし直そうとした瞬間、目の前が真っ白になるほど光った。瞬時に目を閉じて隔離結界を張ったが、その時思ったのは「死ぬかも」だった。少しして目を開けると、目の前にはでかい穴ぼこだけがあった。心底安堵して気が抜けたとき、静電気が来て死ぬほどびっくりした。それを誤魔化そうとセレスに怒鳴っていると、彼女は謝るどころか、逆に聞き返してくる。
「無事だったんじゃから問題なかろうが。始祖は疲れたというて戻ったぞ、それにしても何故止まったんじゃ?」
「……ぐぬぬ、あのつるぺたぁ……。そうだ、ハカセ! おい! さっきはなんて――」
――ノート様! 兄様! 聞こえますか!? オフィリアです。




