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オッサンの異世界妄想奮闘記  作者: トム
第7章 世界
234/266

07



 そう言いながら煙の晴れた先から現れたシェリーは、左腕を押さえている。足元には小さくない血溜まりが出来ており、だらりと下ろした腕はどう見ても大丈夫そうには見えなかった。オルトロスの方を見てみると、首を一つ潰されたことで、うめき声を上げてはいるが、シェリーの頭上に浮いたゴーレムを警戒しているようで、頭を下げて目線をシェリーから外していなかった。


「クソッタレがぁ! シェリー! 結界を張れ!」

《マスター! もう一体、来ます!》


 彼女の怪我を見た瞬間、頭に血が上った俺が、その勢いのままにオルトロスに向かおうとした時、シスからもう一体がそばに来たことを告げる。既にソイツは俺の頭上におり、今まさにその大きな爪で、切り裂かんと前足を振りかぶっていた。


「グガァァァァァァ!」

「やかましいぃぃ!」


 俺が振るった腕には何も着けてはいない。革の防具を軽装鎧として纏っているだけだ。腕にはガントレットはおろか、武器になる装具の一つも準備すらしていなかった。


「ブギャァァァ!」


 だが、その腕の一振りを受けたオルトロスにとっては、たまったものではない。怒りに任せて腕を振った為、瞬時に魔力が集約され、まるで鉄槌のようになったそれ。彼奴の爪はおろか前腕部の殆どを粉々に粉砕し、その余力は上半身を二分して上空に向かって突き抜けた。そうしてオルトロスは着地というより、そのまま躯となって地面に激突する。地に盛大に血と肉片をばら撒いて堕ちた先で、残った後ろ足だけが痙攣していた。


「――ヒィッ!」


 その所業を離れた場所で見ていたミネルバは、結界に掛かる血飛沫の中でへたり込んで、小さくない悲鳴をあげる。――あのノートと言う迷い人はヒュームなのか? 信じられない。オルトロスと言えばそれ単体で街一つ簡単に蹂躙できるほどのモンスターだ。そんな化け物を、生身でしかもただの腕の一振りで……。迷い人とはそこまでのモノという事なの……。アレはもう、人の形をしたドラゴ……はっ! そう言えば単独でドラゴンすら屠っていた……。


「……ノート君」


 同時に見ていたシェリーも思わずジト目になって名前を呼んでいる。しかし当の本人であるノートは、全く聴こえていない様子で、大量に浴びた返り血をそのままに、シェリーに向かって走り寄ると、異界庫からポーションを出して彼女の腕に振りかける。


「……大丈夫か? 出血がかなり酷いけど、他に怪我は?」


 そう言いながら、シェリーの身体を上から下まで触り、異常はないかと調べ始める。


「……大丈夫よ……あ、もう! どこ触ってるのよ」


 流石にシェリーも、敏感な尻尾を捏ね始めたノートの頭をぽかんと叩くと、「まだ戦闘中でしょ」と言ってノートの顔を両手で挟み、ぐりんと残ったオルトロスに向ける。


「――あ、そうだった。……テメェ、良くもシェリーを傷つけやがったな」



 首が一つになったオルトロスは混乱し、また恐怖も感じていた。モンスターであるオルトロスがだ。魔獣ならば、獣としての本能が残っているかもしれない。だがモンスターは違う、彼らは瘴気から産まれた純粋な異形。本来、感情などと言うものなどは存在しない。有るのは破壊衝動と殺戮本能だけだ。知能はあっても、恐怖という感情など持ち合わせてなど無いはずだった。だが、今の現状を見て、自分が目の前に居る人間に勝てるという自信は、これっぽっちも無かった。死が怖いのではない。目の前の存在が唯怖かったのだ。その為、彼は一瞬躊躇し、思考が逸れた。ハッとして目線を目の前に戻した時には既に手遅れだったが。


 自身の胸に深々と、ソイツの腕が刺さり、心臓の隣りにある魔石が握りつぶされる。同時に魔力が逆流し、傍にあった鼓動を刻む心臓が破裂、目の前が真っ赤に染まり、大量の血が口から溢れ落ちる。そこまで自覚したところで、オルトロスの意識は途切れた。




「……ほほう。彼の肉体強度は素晴らしいですね、デスネ。あのオルトロスには、トロルの再生スキルが組み込んであったのですが、デスガ、魔石を握りつぶすとは、トハ。いやはややはり、興味深いですよ、デスヨ。ぜひ、その身体、調べさせ――おっとぉ!」


 セレスのビーム攻撃の雨を躱し、弾きながら、ノートたちの攻防を見ていたリビエラが、そんな事を笑いながら話す。


『……コイツ! 何でそんなに余裕なんだぁ! クソ! ノート、終わったなら手伝えぇぇ!』


 セレスの声に思わずそちらを見ると、三機のゴーレムが一斉射を仕掛けているにも関わらず、その軌道を読むかのような仕草で、ヒョイヒョイと大きな身体をくねらせるようにして射線を上手く躱しているリビエラ。セレスの方はゴーレム操作に必死なのか、魔法に手が回らない様子だった。


「シス! セレスのゴーレムをバックアップしてやってくれ! セレスはそのまま魔法の準備! シェリーはミネルバさんのところへ!」


《了解! セレス様、ゴーレム操作はこちらが引き取ります。そのまま後退を》

『頼む!』

「わかったわ……ミネルバさん、大丈夫?」

「………はっ!? はいぃぃ」


 俺の言葉に皆が一斉に動き始める。ミネルバさんの様子が少し気にはなったが、今は考えないことにした。戦闘している場所までは目測で約二百程、異界庫に手を突っ込んでガントレットを嵌めながら、一足飛びで二人の間へ滑り込む。


「おやおや。これは流石に不利ですかね、カネ」


 そう言ったリビエラは、それでも尚、笑顔を崩すことはなく、ただ這い出てきた穴蔵へと少し後退する。





*****************************






「――ん!?」

「……どしたのハカセ」


 ノート達が城を出発してから丸二日、そろそろ日も落ちるかという頃、後宮の庭に居た上位精霊のハカセが、妙な雰囲気を感じ取る。彼は精霊の中にあって、セレスと共に永い時を経た精霊である。故に城内を浮遊している他の精霊たちと、いつでも意識を共有できる。


「……いや、城の裏門に居る風の精霊がやけに騒がしい……っ! 闇精霊の気配!?」

「えぇ?! ちょっと、セーリス! 子供達を――!」


 ハカセの言葉を聞いたデイジーが、庭で精霊魔法の修練中だったセーリスに念話で声をかけた瞬間に、大きな爆発音とともに城の裏門が一部、爆発した。


「「きゃぁ! なになに?」」

「ちぃ、キャロ!」

「はい!」


 その大きな音に、庭に居たサラやマリアーベル、ジゼルは耳を塞いでその場にしゃがむ。キャロルとセーリスは慌てて三人を護るように取り囲むと、その視線を音の方向と同時に後宮の門に向ける。


「……皆! アクセサリーを握れ!」


 周りを警戒していたセーリスが言うと、その場に居た全員の姿が掻き消える。直後念話に切り替えて庭の隅に集まった時、後宮の門がゆっくり開く。


『何だ!? 一体何が起きている? まさか賊がこんな大っぴらに侵入してきたのか?』

《判らん! が、闇精霊の気が一気に膨張したのがわかった。さっきの爆発はそれが原因だろう。ならばここにも誰かが来るの――! あれは!》


 セーリスの疑問にハカセが応えていると、開いた門からは襤褸のような外套を羽織った、三人の不審者が入り込んできた。フードを目深に被っているため、その顔は判別できないが、囁く様な話し声から、全員が男だとは認識できる。


「……ちっ、まさか入り口で魔道具を使わされるハメになるとは。どうします?」

「しょうがねぇよ。まさか今日に限って騎士団長様が居るなんて、聞いてなかったしよ」

「もう良い。……撹乱の為の人員は散ったのだな。では、儂は今から探査を行う……。速やかに行動……誰だ?!」


 一人の男がすかさず振り返って誰何すると、三人とは別に一人の偉丈夫がゆっくりと門を潜って入ってくる。


「……ん? 貴様らは……あぁ、スイベールの手の者か」

「な!? 貴様、猊下の名をそのように――」



 ――我が名はゲール。スイベールとは故郷を同じとする者よ。

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