第23話 人攫い
露天商の並ぶ通りに入ってところで、ユマを見つけた。何やら、果物を売っているおじさんと言いあっている。
「おじさん、コレ高いよ。1個5セムが良い所だよ」
「なぁに言ってやがんだ。こいつはぁ今朝、採れたばっかの新鮮な果実だ! それを朝1番の荷で持ってきた奴だぜ。1個8セムでも安い!」
「でもほらここ、黒ずんでる。大方適当に詰め込んで運んで痛んじゃったんじゃないの? これもこれも…あ! こっちも!」
「このガキ! 言うに事欠いて痛んでるだと!」
商品にケチをつけられた店主が店を飛び出しユマに掴み掛ろうとする。
「はは! そんな体型じゃ無理だよ! お~いみんな! ここは腐った商品売ってるぜ!」
──…あ~ぁ、難癖付けてやがる。
「てめぇ! このクソガキぃ! 待ちやがれ!」
店から飛び出してきた店主はユマを何とか捕まえようとするが、その大きな腹が邪魔をして小さなユマに届かなかった。
「やなこった! じゃぁねぇ!」
ユマは周りに居る人の間をするりと潜り抜け、人垣の向こうへ消える。その手にはしっかりと2つの果実を握っていた。
《なかなかうまいことやるもんだ》
いや、ハカセ。感心しちゃだめだよ。
「へへ、今日の収穫!」
露店の通りから外れた路地に素早く駆け込み、ユマは戦利品に噛り付く。
「あんまり褒められたことじゃないけどな」
「──…誰だ!?」
急に声を掛けられた彼女は、慌ててこちらに振り向く。
「よ。こんちわ」
「ケッ、なんだよお兄さんか。なに? サラなら今日は会ってないぜ」
「いや、今日はサラじゃなくーー」
「ン? 何…だよ……?」
話を途中でやめたノートを不審に感じてユマが顔を向けると、ノートは路地を凝視していた。
「よう、兄さん…悪いな。俺のツレの妹に何か用かい?」
ソイツは路地の奥から突然現れた。…なんだ? マーカー真っ赤じゃん。それに妹? 何言ってんだコイツ?
《ノート、気をつけろ。コイツ存在が希薄だ》
「はぁ……妹? この娘が? 誰の?」
男はその言葉にピクリと眉根を動かし、苛立ちながらも作り笑顔で話しを続けて来る。
「だから、ツレだよ。俺の仲間のな。おい、兄貴が呼んでるぜユマ。俺が連れてってやるからこっち来な」
そう言いながら、少しずつ距離を詰めてきた時。ハカセが何かに気付く。
《おいノート、だめだ! 行かせるな。コイツ、血臭がする!》
「えぇと、ユマに兄はいませんし、俺、ユマの友人ですよ」
そう言った刹那、男の拳が俺の眼前にあった。
”ガッ!!”
「…テメェ」
男の拳が俺の顔にヒットする直前に俺はその男の手首を既に捕まえていた。
「おや? 手に血の跡が。誰か殴ってきました?」
そのまま掴んだ腕を握り込むようにして手に力を籠める。
”ミシッ!”
「ぐっ…クッ。あ! あぁ。すまない! 俺の勘違いだったみたいだ。悪ぃな兄さん」
「何を? ユマの事? それとも俺を殴ろうとしたこと?」
さっきの握り込んだ感覚から考えると恐らく、コイツの腕はもう折れている。だが離さない。コイツは手掛かり──。
「ユマ! ソイツは人攫いだ!」
男の陰から叫ぶように声が聞こえ、一瞬そちらに気を向けてしまった。その瞬間に俺から腕を払いのけ、男は脱兎のごとく逃げ出した。
「──ひと…さ…らい」
ユマはあまりの展開に腰が抜けたのかその場にへたり込んだ。
◇ ◇ ◇
その少年は顔と言わずそこら中に怪我を負っていた。顔は腫れあがり、頭からは血が流れている。身体に纏う服は擦り切れて体をなしていない。足を引き摺り此処まで来たのだろう、路地の壁には血の筋が付いていた。
俺はへたり込んだユマを何とか立たせ、彼の傍まで向かって、少年を見ながら彼女に問う。
「この子は?」
「スラムのガキ連中の一人さ、そのリーダー格。あんた、他の奴らは?」
少年は何とか壁にもたれながら、男の走り去った方を睨みながら、すすり泣く様に話し出す。
「ニックと、ロレンはあっちで倒れてる。ハック……ハックはもう、息してねぇ」
其処まで言うのが限界だったのか、彼は壁をずり下がっていく。
「ヒール」
少年に向け手を翳しながら発呪する。
隣でユマが息をのんでいるが、気にしない。彼の身体を光が包み込む。少しずつ体中の傷が消えて行く。
「…う、…はっ…こ、これって」
光の中、傷の治った顔で少年は驚き目を剥いていた。
──…ニック? 達の所へ連れてってくれない?
俺は少年にそう話していた。
《…ノート。男の気配が消えた》
気配を追っていたハカセが悔しげな顔で俺に告げてきた。
(ん? あぁ、大丈夫視えてるよ。アイツなら、路地をグルグル回った後、中心街の方へ向かっていた)
《マーカー? だったか。便利な物だな》
貴族街を取り囲むようにある高級商店街。その中には高級宿も存在する。貴族御用達の商人や、大店の取引などにも使われる為、ここらの宿や、レストランには存在しない部屋が存在する。そんな宿の一室に男は戻っていた。
「くそったれ! …旦那ぁ。話が違いやしませんかい? あの野郎、俺のスキルが通じねぇ! 俺ぁ、【拳闘士】だぜ? 銅級のマジック・キャスターなんかに見切れる動きじゃねぇのによ! クソ! おい! 治癒師はまだかよ!」
折れた腕を庇いながら、雇い主に悪態をつく男。
「それで? ユマという娘は?」
マキャベリはそんな事には目もくれず、聞きたいことを聞く。
「は? そんなの無理に決まってんでしょう! 腕を折ったってのにアイツ無表情で、放す素振りも無かったんだ。あん時、ガキが気を逸らせてくれたから何とか逃げ切ったんだ。連れて来るなんて無理に──」
男が言い切る前に、その首が床に落ちる。遅れて身体が頽れ、痙攣する度に血が溢れ出す。
──…はぁ。…言い訳なんて見苦しいですねぇ。
いつの間にか倒れ伏した男のすぐ後ろに立っていた男が、その首を刎ねた剣を眺めながら言う。
「ふぅ、ジード…床が汚れるではないですか。おい、綺麗に片づけておけ」
「これは失礼。ただ、自身の失敗を省みず、あまつさえ雇い主に反論などと、聞くに堪えられなかったのでつい…」
部屋のメイド達や下男連中が片付けを始める中、二人は窓際へと歩いていく。
「ノート。ギルマスの切り札なのか、それとも…」
ジードが意味ありげに含みを持たせながら話す。
「さぁ? 次は子爵が動いて下さる。それを待ちましょう」
「御意」
マキャベリの声に恭しくジードは頭を垂れる。
***************************
少年の名はタイラーと言った。エクスの街のスラムの少年達のリーダー格。彼の案内で、路地裏を進む。
やがて路地裏通りの突き当り、掘っ立て小屋のある広場のような場所に辿り着く。小屋の前には二人、その少し離れた場所に襤褸雑巾の様になった服の塊があった。
その塊からは動く事の無い、血塗れの腕が覗いていた。
──…ハイ・ヒール──。
俺は即座に2人に駆け寄り発呪する。先ほどタイラーに掛けたものより光量の上がった、しかし優しい光と風が2人を包み込む。
その様子をタイラーとユマはただ黙って立ち尽くしたまま眺めていた。
「う…ぅあ、あれ?」
「ぅ、ゲホゲホっ……へ?」
やがて2人は何事も無かった様に、起き上がり自身の身体を見まわす。それを横目に俺は最後の1人に近づく。
「ごめんな。…さすがに蘇生は無理だ」
そう彼に告げてから、聖浄化を掛ける。
「せめて安らかに……」
《ノート。お前…その炎は》
ハックという少年は蒼い炎に包まれ、やがて綺麗な体と穏やかな顔になって、炎の中に没していった。
「ハック! クソ!」
俺の行為を、黙って見ていたタイラーが叫ぶ。ユマはそんなタイラーの服を掴み、顔がくっつきそうなほどに近づけて聞く。
「何で、あんた達が人攫いにこんな事されたんだ?! それに、アイツはアタシを探してた! おい! 一体どうゆう事なんだ?」
激高したユマの言葉に、三人は黙り込み、彼女と目を合わせないように俯く。
「話、ちゃんと聞かせてくれるよな」
ユマの後ろから俺がゆっくりと声を掛けると、三人は息をのみ、観念したようにタイラーがぽつぽつと話し始めた。
「一昨日、お前の様子をハックに見に行かせたんだ。結構痛めつけたからな。流石に死なれたら寝覚めが悪いしよ。そうしたら、ハックが慌てて戻ってきて俺らに話したんだよ。サラがヒールを使ったってな。」
──…あちゃぁ。
「俺達も吃驚したさ。あの宿屋のドジサラが? ってなったけどよ。その後、お前を見て本当だって分かったんだ。で、ヒールを使えるなら治療院で高給取りになれるだろ? だから、サラの事を誰かに言って、お零れを回してもらおうって考えたんだよ。」
「ただ、誰に話すかって時に、俺が言っちまったんだよ。最近、新しい奴隷商の人攫いがこの街に入ったって。でもそいつらは闇奴隷の攫い屋だろうから、危ないって言ったんだ!」
そうか。この子達が切っ掛けか。
「でもハックの野郎、どうせなら高く売った方がいいじゃんて言い出して。飛び出してったっきりで」
──…さっき、戻ってきたんだ。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!
ランキングタグを設定しています。
良かったらポチって下さい。