第37話 庭園にて
その日に敷かれた厳戒体制は、結局次の日になっても解かれる事はなかった。その為、俺達の部屋は勿論、城に出入りするのも皆一苦労だった。城の出入り口は近衛騎士が固め、出入りする人間を逐一チェックしているし、初めて訪れる者に至っては、全て鑑定、看破の確認をする。充てがわれた部屋の窓から覗いていると、城門こそ見ることは出来なかったが、その先の跳ね橋の向こうには列ができているのが窺えた。俺達一行も、身内以外の場所に移動するには兵士が付き、早々に嫌気が差したセリスは、チビ達と一緒になって部屋に閉じこもってしまった。
「──何だか大事になってしまったわね」
「仕方無いと言えばそれまででしょうが、流石にこれは……」
傍に居たシェリーとキャロルがそう言って、朝食に行きましょうと声を掛けてくる。「……そうだね」と答えながら、三人で貴賓室の食堂に向かうと、他の皆も集まって来ていた。
「ノートしゃん! キャロお姉さん、シェリーさんおはようございますぅ」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、おはよう」
「来たか」
「おはようノート、二人も」
チビ達は元気に挨拶をしてくれ、セリスは席について首だけ動かし挨拶してくる。セーリスは俺達のすぐ前に来たのか、席にはまだ着いていなかった。ジゼルさんは会釈だけをして二人のそばで立っていた。
やがてメイド達が近衛騎士に付き添われて食堂に入ってくると、皆無言でテキパキと余計な動きを見せることなく、食事を並べていってくれる。
「──そこの兵士達、ここには貴様ら程度なぞより余程の強者しかおらん。飯くらい気分良く食いたいんじゃ、悪いが部屋の外で待ってくれんかの」
いい加減、辟易した表情でセリスが言うと、癇に障ったのか、一人の兵士がムッとした表情で何かを言い募ろうと一歩前に出たが、おそらくはその上司が彼を押し留めるよう肩を掴む。
「……分かりました、我らは外で控えております。何かあれば何時でもお声がけ下さい」
それだけ言うと、その兵士は何かをブツブツ言っている者を引っ張るようにして、ドアの向こうに消える。
たしかに両者の気持ちはわかる。この原因を作ったのは俺達の可能性は高い。だけど、朝っぱらから彼等の仏頂面を見ながら食事ってのも勘弁して欲しい。
結果、セリスの言葉に何も言えず、事の成り行きを黙って見るという行為に甘えてしまった。
そうして、少し雰囲気の悪くなった部屋で朝食を摂り、セリスやマリー達は精霊術の修行がしたいと言って、俺達とは別の部屋へと戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、少し寂しい気分になっていると、シェリーとキャロルが下の庭園へ行かないかと誘ってくれた。
ドアの傍に居たメイドに声を掛け、庭園に行きたいことを伝えると、暫くの後、二人の兵士が現れて、俺達に付き添って案内してくれる。そこは城の中庭の一つ、周りを塀に囲まれた、王族達にのみ開放された特別な庭園だった。庭園の入口で兵士たちは立ち止まり、「我らはここで待機しております」と、扉の横に立ちそのまま外を向く。
──扉の向こうには見たこともない光景が広がっていた。
広さにしてそこは三百メートル四方だろうか。背の低い低木が綺麗に形作られ、通路の形をなしている。ぐるりと回りを囲むのは様々な、果樹だろうか。中央には東屋が建っており、その白い建物がまるで浮いているように見える。その理由は一面に広がる、様々な色をした花達だった。遠くに囲む塀は見えるが、少し目線を上げると抜けるような青空が広がり、小鳥の囀る声が聞こえてくる。風に吹かれたのかきれいな花びらが、そよぐ風に乗って顔の前を通り過ぎていく。ふと思い出してよくよく見ると、そこら中に可愛らしい精霊たちが、皆嬉しそうな顔で飛び交っていた。彼等は俺に気付くと飛びかかっては来ずに、周りをくるくると飛んでいた。
「フワァ……綺麗ですねぇ」
「本当に。言葉もないわ」
一緒に入ってきたシェリーとキャロルは、そう感嘆の声を漏らすと、精霊たちに招かれるようにして花の方へと近づいていく。
「……いい香りです」
「この花は何と言う名だったかしら?」
二人はそう言って花の前にかがみ込んで、笑い合いながら香りを楽しんでいた。そんな二人の表情を見ていると、何故か心の奥の方で何かが引っかかる。……なんだ? この風景。ん? 山? ……山の中で若い男女二人が花を見ているような映像が浮かぶ。男はリュックを背負い女性を気遣いながら、斜面を気にして話しかけている。何時か何処かで見たような、まるで登山道の脇に咲いた花を見ているような──。
「──さん? ノートさん。どうかしました?」
突然その風景は消え、目の前に来たキャロルの顔で我に返る。
「……え?! あ、あぁ。なんでもないよ、少しぼーっとしてただけ」
「本当に? 少し顔色が悪いみたいだけど」
俺の返事に納得出来ないのか、そう言いながらシェリーも傍によってくる。顔色が悪い? 何故だ? さっきの風景で何か気分が悪くなったのか? そう自問してみるが、心あたりがある訳もない。あの服装……どう考えても地球時代のものだった、なら間違いなく俺の昔の記憶だろう。だが当然、今の俺には分からない。思い出したというよりも、意識的に見せられた感覚だ。なんだ? ケンジか? 分からない。今すぐ答えは出そうもない。そう考えて、再度二人には「大丈夫だよ、問題ない」と応え、東屋に座ろうと言って歩き出した。
《───。》
二人を伴って東屋に向かっていると、先客がいた事に気がついた。向こうは既に気づいていたのか、俺達が到着すると、立ち上がって綺麗なカーテシーで迎えてくれる。
「おはようございます。ノート様、シェリーさん、キャロルさんも」
「あぁ、おはようございます、イオーリアさん。お邪魔してしまったようで」
「いえ、構いません。さぁ、こちらへ」
東屋には、この国の第一王女イオーリア・フォン・エルデンが、紅茶を飲んでいた。聞くと彼女は朝餉を家族と摂った後、天気の良い日は必ずこの庭に来て、散歩と紅茶を楽しむのが日課らしい。
「はぇ~。流石はお嬢様って感じだねぇ」
「……ノート君、この国の王女様に向かってその言い方は……」
「失礼ですよ、ノートさん」
「フフフ……。いえいえ構いません、ありがとうございます」
俺の言葉にシェリーとキャロルは窘めるように言ってくるが、イオーリアは気にする事もなく笑ってそれを流してくれる。どころか俺の言葉に謝意まで見せて、一緒にお茶をと勧めてくれた。
「美味しいお茶ですね」
「本当に、美味しい」
イオーリアの侍従が淹れたお茶を、二人が美味しいと言いながら飲んでいると、彼女は微笑みながら紅茶の産地は何処だとか、この時期には温度がどうと色々話をしてくれる。
「──帝国に有るリットン産がこの時期一番良いとされています。帝国の北西部に在って山間部が多いため、茶葉の生育に適した場所なんです。元リットン公国と言う小国時代から直轄事業とされ、帝国領の一部になった現在も、その事業だけはずっと引き継がれて伝統の味を守っているのです」
そう言って最終的には産地の話にまでなってくる。……あぁ、これが社交界の常識なのかぁと思いながら、右から左に聞き流していると、シェリーがその話に反応した。
「……リットンと言えば、皇帝の奥様って確か」
「えぇ、レイシア様がリットンのご出身です。それがなにか?」
「……いえ、ご存知かと思いますが、マリアーベルは帝国の……」
「──そうでしたね。聞き及んでいます。彼女自身はその事を?」
「いえ、マリーは生まれてすぐ聖教会に引き取られていますので」
「そう……」
彼女はそう言って長い睫毛を伏せ、寂しそうな表情を作る。それを見たキャロルが、雰囲気を変えようと、明るい声で話をする。
「でも今は私達と家族になりましたから。デイジーちゃんとも契約しているし、精霊術なんかも──」
捲し立てるようにキャロルが話している途中に、庭園の入口が騒がしくなる。
「……どうかしましたか?」
それに気付いた王女が侍従に聞くと、足早に戻ってきたメイドの一人が答えた。
「え? ダリアで緊急魔導通信があがった?」
──それは、この国のオリハルコンランクが消息を絶ったと言う、魔導通信だった。
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