第35話 点と点
夜の帳が降り始め、綺麗に並んだ魔導街灯の明かりが石畳を照らす頃、貴族街を走る一台の馬車があった。馬車の窓は総てカーテンが閉じられており、中の様子を窺うことは勿論出来ない。扉には紋章が取り付けられており、その大きさから見ても間違いなく、上級貴族のものだと一目でわかる。暗い夜道のため造りまでは判然としないが、その進み行く音の静かさからしても上等なものであると、馬車を知るものならば誰でも気付く程に、馬の蹄鉄の音だけが石畳に響いていた。やがてその場車は目的地に着いたのか、ゆっくりとスピードを緩め、大きな門の前に横付けされる。
「──夜分に失礼いたします。この時間にお約束した、セール・フォン・ドレル伯爵をお連れ致しました」
門前に居る私兵に、御者の横に座った従者が話しかけると、話は通っていたのだろう。その大きな鉄製の門扉がゆっくり音もなく開かれて、馬車を促すように私兵が声を掛ける。
「主様がお待ちです。玄関前まで直接どうぞ」
「……ありがとうございます」
従者は御者席に座ったまま頭を下げると、馬車はその馬首を門の内に向け、ゆっくりとスピードを落としたまま進み始める。
「──お待ちしておりました」
玄関前に着き、馬車の扉を開くと同時に、出迎えに立っていた家令が慇懃に頭を下げる。従者が先に降りて馬車の扉を開くと、その奥から顔を出したのはセール伯爵。
「……うむ。セール・フォン・ドレル、ミダス様の召喚により参った」
ゆっくりとした足取りで、馬車を降りたセール伯爵は、家令の前まで歩み寄った後、自分の姓名を名乗り訪問の内容を話す。
「御名前しかと、主より仰せつかっております。ご案内致します」
家令は頭を下げたまま返答し、後ろに控えたメイド達が扉を開くと「こちらへ」と言って先導していく。
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「その話は本当か?」
「……はい。その事で現在、城は厳戒態勢を敷いております。城の出入りは勿論、城中の者達も鑑定、看破を下働きの者にまで掛けて虱潰しにしている状態です」
「──なんと言うことだ……。軍部に出向いている間に、その様な事が起こっていたとは」
「……ドレファス様は呼び出されなかったので?」
「あぁ、城内の全ての警備、警護は近衛が行う。故に我ら正規の騎士団であっても内部の詳細は知りえん……。しかし、セール伯爵はなぜ城中でその様な大それた事を?」
エドミントン伯爵は、自分の従者からセール伯の話を聞いた後、すぐさまドレファスの居る王国騎士団本部へと使いを送った。ドレファスは王国騎士団長で有るが、近衛騎士とは違う。エルデン・フリージア王国では王国の外に対しての矛は王国騎士団。城、又は王族には近衛騎士団が盾として存在している。それ故に国軍である騎士団であっても、城の内部にはおいそれと入ってはいけないのだ。その為、城と貴族街の中間地点に騎士団本部を置き、ドレファスや騎士団員は、普段そちらに常駐している。現在はその本部にある団長室の執務室。部屋の天井は高く作られ、広さも十二分に取られたそこは、黒壇で作られた大きな執務机と、五人は優に座れそうな大きなソファが二つ対面に置かれている。上座には二人用に思えるソファが置かれ、ドレファスはそこに大きく足を広げて座っていた。
「──この事はまだはっきりとはしていないのですが、どうやら魅了を使う冒険者を潜り込ませていたらしく──」
「なんだと! 魅了使い!?」
「はい。その冒険者がどうも件の『迷い人』が連れてきた子供達に近づいたそうで、『災厄』に討伐されたと……」
「……子供? ソイツらは子供を連れているのか?」
「そのようです」
(何故子供などを連れ回っているのだ? 子供など邪魔にしかならんだろう)
ドレファスはエドミントンの話を聞いて腑に落ちず、その場で黙考を始める。何日か前に旗艦エルデンが帰港したことは勿論知っている。その際、国王が『迷い人』の率いる冒険者一行を伴って城に入ったことも……。だがその中に子供が居たとはその時点では聞いていなかったし、また興味もそれほどなかった。ただ、我が神の信仰の妨げにならなければ、問題にもならんと考えたからだ。ミダス財務卿や、子飼いの伯爵連中がコソコソしていたのは知っていたが、細かい情報収集はソイツらに任せていた。それ故今回の件についても、寝耳に水だったのだ。しかし、子供に魅了使いを……。と、そこで彼はある可能性に気付く。
(もしや……その子供どもを使って迷い人を抱き込もうとしていたのか? それとも、人質……は! 贄?!)
──エルデン・フリージア王国騎士団長、ドレファス・フェルナンデス。彼は王国の盾たる騎士の長でありながら、その知略は些か冴えては居なかった。
「エドミントン伯、ミダス卿は次の祭事の話をしていたか?」
「……は? い、いえ。その事についてはまだ何も伺っておりませんが?」
「ぬかった……。ミダス卿はその子供どもを贄に捧げるつもりだったのかもしれん」
「──え?」
ここに来て初めて、エドミントンはドレファスが何やら大きな勘違いをしている事に気が付いた。もしやこの脳筋馬鹿は、その子供が癒やしを使えるのを、まだ聞いていないのかと。
「あ、あのドレファス様。その子供達についてはで──」
「あぁ、分かっておる! そうか。ならば何としてでも手に入れねばならんな、我らが神が思召しならば、その贄を必ずや神の御下へ送らねば!」
その後幾らエドミントンが説得しようとも、彼は一切聞く耳を持たず、使いを呼んで作戦を練ると息巻いていた。
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王都はその規模から、王城を起点として扇状に広がり、各街区が壁によって仕切られている。それは人口増加によって拡張された証でも有り、現在もその拡張は続いていた。
「──旦那、騎士団から「攫い」の仕事が入ったようですぜ。しかも「子供二人」だそうです」
王城からかなり外れた街区にある、安宿に併設された食堂で、一人の薄汚れた平服を来た男が、ボックス席に近づいてから小声で話す。周りには似たような日雇い人足のような者達でごった返しており、安酒を煽っているのか、喚くような大声で叫んでいる男も居た。そんな風景の中に紛れるように、ボックス席を囲んでいるのは、特徴があまりない顔ぶれの二人と、旅の神職の様な出で立ちをした男が一人。今しがた声を掛けてきた男も、どこにでも居るような顔を持った中肉中背の男だった。
「やはり教皇様の言った通りに事は運んだようだな。……紛れるのは可能か?」
そう言ったのは旅の神職の男、コルテボーナ枢機卿。
「あぁ、その点については問題ないですぜ。既に根回しと仕込みは済んでいます」
応えるのはハマナスギルドで雇った斥候の男。そう、彼等は既にここ、エルデン・フリージア王国に入国していたのだ。教皇から受けた『癒やしの奇跡を行う平民の娘と、元聖女を攫う』と言う密命を果たすために。
「それにしても、その予見? ってのはどうなってんですかねぇ。日時も、誰が言うかも分かるなんて。そんなのまるで御神託と同じですぜ」
枢機卿の対面に座った一人がそう言いながら、テーブルに置かれた温いエールを一口煽ると、小皿に乗った豆を一掴みして頬張る。彼は枢機卿に聞いたつもりだが、当の本人は応える気はサラサラない様子で、目線を一度合わせた後、木製マグに入った水を一口飲んで目を閉じる。
「──はいはい。俺達は言われた仕事を熟します。余計なことは聞きません」
彼自身もそんな反応が返ってくるのを分かっていたのか、気にする事もなく、温いエールの入ったジョッキを煽っていた。
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