第34話 風雲
「──ではオフィリア様、我々は一旦街の宿に戻ります。何かございますればこの『レシーバー』に」
そう言ってロブがオフィリアに手渡したのは、ノートが錬金ギルドに申請したあのトランシーバーだった。
「──これは?」
「これはノート様が新しく開発した『レシーバー』と言う、手に持って使うことが出来る近距離用の魔導通信具です。まだ市井に出回っては居ませんが、ギルドの知り合いから手に入れる事が出来まして。この本部と中心街辺りまでなら、同じ個体であればいつでも通信が可能です」
オフィリアは手渡されたレシーバーをしげしげと見詰め、「どう使うのですか?」とロブに聞く。後ろに居たケルビンとメアリは、その魔道具を見て驚愕していた。彼等も魔導通信自体は知っている。だがそれは総じて部屋を埋め尽くさんばかりの、大きな設備であると認識しているのだ。それがあのオフィリアの小さな手に収まっているなど、見た事も聞いたこともない。メアリはかろうじて、手を口に添える程度で済んだが、ケルビンは目を剥き口を大きく開いて足を止めてしまった。
「──大丈夫か?」
ケルビン達の前を歩いていたジェイクが、足を止めたケルビンに気づき声を掛けると、一行もそれに気づき振り返る。
「──あ、あの……。いえ、その様な魔道具を初めて見たもので。申し訳ございません」
「いえ、──そうですね。確かに驚いて当然です。魔導通信の魔道具は、大きな物というのが常識ですからね」
ケルビンの素直な意見に、オフィリアが擁護するように言うと、すかさずロブが話に入ってくる。
「そうですね、確かにこれは今迄の技術では、その存在さえ無かった物です。ですが、素材自体はありふれた物の組み合わせで作られた物。まさに『迷い人』の発想と工夫の産物と言えるでしょう。特に今回錬金ギルドに申請された『レシーバー』と『魔導車』この二つはその最たる物だと言えます! 特に協会経由で登録された魔導車の図面──」
「ロブさん、それ以上は良いでしょう。皆が驚いていますよ」
ジェイクが苦笑いしながらそう言うと、しまったという表情で「も、申し訳ない! 魔導車の事になりますとつい……」と恥入ったように、ロブは頭を掻きながら下げる。
「いえ、構いませんよ。昔からその話は伺っていますから。行きましょう」
微笑みながら、そう答えたオフィリアを中心に、歩き始めた一行の後ろで、ケルビンとメアリは二人並んで小声で話す。
「──国家機密を、あぁも容易く手に入れるとは」
「ロブ様は大店の鉱物商人でもありますが、オフィリア様の金庫番でも有り、間諜の纏め役でもあります。彼の耳目はあらゆる場所に張られているのでしょう。──それに、あの冒険者の皆様も、唯人など一人もおりません。アリシエール様はビーシアンに於ける最強ランクのオリハルコン。ジェイク様とロレンス様は共にミスリルではありますが、傭兵としても有名です。彼等を信用するのは構いませんが、信頼するのはご注意下さい」
目を伏せながら小声で言ったメアリの言葉に、ケルビンは心のなかで驚愕しながらも、何とか平静を装い、皆について歩き始める。前方でロレンスが薄く笑っているのを、気付いていたのはジェイクだけだった。
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『──フム。では貴様のスキル『精霊治癒』を使えば、闇精霊を戻せるのか?』
「……いえ、まだそれは何とも言えません。まずはどの様な効果が有るのかも解りませんから、試行錯誤していかないと」
貴賓室では、ハッセルとセレスがソファに座り、新しく出来たスキルの確認をして話し合っていた。遠巻きに俺達はその状況を見ていたが、宰相が咳払いをして自分に注目を集めると、話を戻して進めましょうと言い出した。
「う、うむ。そうだな、セレス様、申し訳ないが今は先ず、こちらの件を進めさせて頂いても宜しいか?」
『……そうだな。どのみちリビエラには、我が同胞を穢した罪を償わせねばならん。邪神の件には必ず悪魔が絡んでいるはずだからな』
「セレス様……そのアクマとは一体何のことなんでしょう?」
ハッセルの言葉に、初めて俺達や国王は気付いた。ここに居る皆は邪神のことは国王から聞いている。だがそれに纏わる細かい話は知らないのだ。当然悪魔の事も知らないし、リビエラが何処に絡んでいるかも言っていない。王妃や王子達は唯の派閥争いと邪神の宗教がらみだと考えていた。第一王子だけは宰相や国王から、それとなくは聞いていたようだが、全てを説明されてはいない。そこで相談の結果、摺合せと知らせる人間を厳選するため、一度人選をし直して、きちんと話し合うことになった。
「そうですな……。では、人選を含め、話は改めて行いましょう。ノート様御一行には、部屋をすぐに用意いたしますので、喫緊の打ち合わせ後は、そちらでゆるりとご逗留下さい」
『フム……我はその間、此奴と話をしてもいいか? セーリスとチビ達と一緒で構わん』
宰相の説明に、セレスはそう言って精霊の件を進めたいのだろう、精霊術の件も含めて、サラやマリーと一緒にハッセルと話がしたいと言い出した。
「──分かった。チビ達の事、お願いするけど良い? エクスに戻る用意も進めるから、その時はお願いするね」
「そこは私がきちんと面倒を見る。……すまないな、始祖様は勿論だが、今回の件は我ら精霊に纏わる者にとっては……悲願でも有るのだ」
セーリスが真剣な眼差しでこちらを見つめ、真摯に話してくる。流石にそんな目で見られると、俺も無理を言う事は出来ない。サラ達の方を見るとハカセ達も浮遊しながら、こちらをまっすぐ見ていた。
「お兄ちゃん……」
「ノートしゃん」
「──ハッセルさん、精霊術の中でも、貴方の授かった其れは間違いなくレアで貴重なものです。……必ず、モノにしてください。そして苦しんでいる精霊たちを助けてやって下さい。お願いします」
「──! ……必ずや、熟してみせます。ノート殿、その為にもこの国の腐敗、どうぞ宜しくお願い申します」
「ハカセ、デイジー。皆の事宜しくな。何かあれば念話を頼む」
《……分かった》
《任せろ!》
サラの側にいるシロとクロも同じ様にウンと頷き、俺の事を見返してくる。いつの間にか、そばに来ていたキャロルとシェリーが、「信じましょう」と言ってくれ、その手をギュッと握ってくれる。……そうだな、何もかもを俺が背負う必要はない、俺達は仲間であり、家族になったんだ……。なら、セーリスやマリーを信じてあげないといけない。俺も彼等を見て一つ頷き、国王達に目線を戻す。
「彼等の部屋は、できる限り独立した部屋でお願いします。セレス様とセーリスが居るので、結界などは問題ないでしょうが、逆に周りに影響が出ると不味い。それに、その方が監視もしやすいでしょうから」
俺はそう言い、異界庫から結界魔道具を取り出して、セレス様に手渡す。
「……これを持って行って下さい。扉に使えば侵入を確実に防げます。窓が有る方には使えないけど、そこは大丈夫でしょ?」
『──助かる。そうだな、念には念をだ。カーライルよ、部屋は出来る限り高い場所が良い、その様な場所はあるか?』
「……高い場所で、独立となりますと──」
「父上、尖塔がございます。後宮に有るあの尖塔ならば、条件に合致するかと」
国王がセレス様の注文に考えていると、第一王女であるイオーリア・フォン・エルデンがそう言って、窓の外に聳える尖塔を指差していた。
──翌日、魔導車が完成したと報告が上がると同時に、元ダリア領から、緊急魔導通信が上がったとの報せが届いた。
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