第32話 思惑
《マスター、一概にそうとは言い切れないようです》
俺の心の叫びに対して、シスがいきなり念話で話しかけてくる。一体どうゆう事かと聞いてみると、先程ハッセルが書いていた紙を写し取った映像を、俺の頭に展開した。それには細かい字で何やら数式のようなものと、そこら中に矢印が引かれて有り、何が書かれているのかさっぱりわからない。
(……ナニコレ?)
《恐らくですが、先程マスターが話した次元魔導を、彼なりに分析し、空間魔術の術式を組み合わせて、理解しようとしていたようですね。憶測ですが、多分現在も神達はこの現状を把握しているでしょうから、今はまだ次元魔導を扱わせないために、セレス様と芝居を打ったかと思います》
(え? じゃぁ、セレスが加護を渡したのって……)
《多分……それにセレス様にとっても、闇精霊の件は本心でしょうから》
──何だよそれ。……確かに考えてみれば、スキルの管理はイリス様で、スキルの創造はエギルの管轄。ハッセルには魔神の加護も付いていた……。そういう事かよ、結局はそっちの都合で、進歩や変化を止めるのか。
落胆と幻滅……。そんな気持ちが生まれてくる。確かにセレスにとっては喜ばしい事には違いない。でもそれだけで一方の進歩を止めて良いのか? そんな思いが錯綜する中、ハッセルを見ると、精霊達が見えたのだろう。途端にそこらじゅうを見廻し、狂喜乱舞しながら何かを騒いで居る。これから彼はそのことに邁進して行くのだろう。次元魔導の次の手を考える間もないほどに……。
《マスター、その件は大丈夫です。今、エギル様からメールが届きました》
言われてメニューを確認すると、視界の端にあるメールのタグが光っていた。
ノートよ、今回の件について。
*ヒューム ハッセル・ヤングに対し、今回我らが行った加護、スキルは突発事項ではない。その適性者が発現しなかった為に渡していなかっただけ。
*セレス・フィリアからの要請はずっと受けていたが、彼女にこれが出来てしまうと、自己完結してしまう為に、大神より禁止されていた。
*次元魔導に関しては、現状人間界に於いて禁忌に抵触する部分が多々有るため、手段として封印することに決定している。あくまで使用できるのはノートのみだ。
以上の事柄により、セレス・フィリアの了承を得て今回の状況になった。
補足事項 蛇足では有るが、我らはこちらの都合で、地上の進歩や変化に手を加えたりはしない。例えそれが良い方向であれ、悪い方向に行くとしてもだ。その取捨選択は既に地上に存在する全ての生命に委ねている。ノート、お前がそこに居るのは我らの意思では無いことを、お前自身が理解しているだろう。悪魔や邪神は例外だ。それらは我らが創造していないのだ。
(……理解はしたと返信しておいてくれ)
《了解しました……完了しました》
相変わらずの社内メールだなと思いながら、無理やり自分の気持ちを落ち着かせる。書かれていた内容を見て理解は出来る。だけどそれで納得なんて出来るわけがない。その最大の理由は大神だ。セレスはずっと苦しんでいた、にも関わらず、何故自己完結したら駄目なんだ? 彼女は神の一員だろう? クソッタレが。何を考えてそうなっているのか分からないが、ぜってぇ大神はぶん殴ってやる。それだけ心に決めて、ワイワイ騒ぐ皆のもとに足を向けて歩いて行く。
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「ギャォォォオン!?」
飛び込んできたレオンのハルバートが、一歩進んだオルトロスの鼻先に叩きつけられる。流石に両方の鼻を潰されるのは嫌だったのか、即座に後ろに跳ねて衝撃を和らげていた。
「ヘイムス殿ぉ! 助太刀致し──! なんと! これをお使い下さい! 牽制はおまかせを!」
ハルバートを振り抜き、ヘイムスの側に来たレオンは、夥しく血が吹き出した左腕を見て、目を剥くが、すぐさま懐に持ったポーションを取り出し、彼に渡す。
「……すまん。少しだけ頼む」
右手に持った剣を地面に突き刺し、レオンから貰ったポーションを一本煽ると、残ったもう一本を食い千切られた肘に振りかける。すると見る間に、腕の出血は止まり、激しかった痛みは和らぐが、千切れた部位はそのままだ。その傷口を自身の服を切り裂いて、ぐるぐる巻に絞って締めると、刺した剣を持ち直し、すぐさまレオンの元へ駆けていく。
低い唸り声を上げながら、姿勢を低くしたオルトロスを睨みつけ、ハルバートを構えたレオン・ショートは、互いの間を探っていた。一対一では有るが、相手は双頭。一方の鼻先は抉られ、ダメージを負ってはいるが、それでも縦横に二方向からの攻撃は可能だろう。後ろに倒れたもう一頭は一方の頭を失い、夥しい流血で既に瀕死の状態であると判断出来る。出来ることなら止めを刺して万全を喫したいが、まずはこの眼の前をどうにかせなばと思った瞬間、事態は動く。
「ギャウン!」
それは先程チラと見た瀕死のオルトロスの断末魔。ポーションを飲んだヘイムスが、横たわった一方の残った頭部の眼球から脳に向け、ショートソードを持った腕諸共、突きこんだのだ。直後、オルトロスはビクリと痙攣し、その巨体を地に伏せた。
「ギャァァアオオオ!」
それは相棒を討たれた悲しみか、それとも唯の咆哮か。倒れたオルトロスの方を見たソイツは、それを行ったヘイムスに視線を固定し叫ぶ。
「──ハハ! いっちょ前に同胞をやられて怒ったか? 安心しろや、すぐにオメェも送ってやる!」
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「……おい、リゲル。すまんがオルトロスの居る林へ向かってもらえないか?」
研究施設から戻ったゲールが、リゲルに向かってそう言う。
「──ん? 構わないが、あそこにはもう、魔獣とモンスターしか居ないんじゃないのか?」
「あぁ、どうやらそこに賊狩りの連中が来たようでな。オルトロス二頭がやられた」
「「なに?!」」
それを聞いたリゲルは勿論、その場に居たベイルズも一緒になって声を上げた。
「彼奴等って、確か強化種じゃなかったか? なんか闇精霊を使ってどうのこうのって言ってた……」
「……精霊石だ。それを魔石と連動させて強化に使っている」
ベイルズの質問にゲールが簡潔に答えると、そのままリゲルに視線を戻し、改めて話をする。
「つまり、それを打ち破れるほどの手練が、あの場所に現れたようだ。調べた所、殆どの魔獣も殲滅されたらしい。そこで残った者達を使役して、それらを処理して連れ帰って欲しいそうだ。餌場の林から東進五キロほどに有る、ダミー村で現在も戦闘中らしい」
「──殺しても良いという事か?」
「あぁ。生死は問わん。欲しいのは、その手練の肉体と、精霊石だ。あれは数が無いからな、間違っても異界鞄には入れるなよ」
「了解した」
リゲルは簡潔に返事をすると、ソファから立ち上がり、そのまま部屋を出て行こうとする。すると二人のやり取りを聞いていたベイルズが、ゲールに俺はと問いかけるが、違う仕事があると言って、リゲルの座っていたソファに腰掛ける。
「──お前には、残した仕事の続きをやってもらいたい。帝国の件、途中で変更してしまったので、中途半端に止まっている」
「はぁ? 今更あのクソだりぃ仕事をまたやれってのか? 大体、ありゃ元々トリスの仕事だろうが! 俺様に女をどうこうしろなんて土台無理な話なんだぜ」
「分かっている。しかしこのままでは、あちらに在る監獄城まで露見しかねない。ヒストリア教皇国はかろうじて開いたが、エルデンは現状難しい。このままでは帝国の皇帝が気付いてしまうかも知れん。今リビエラにそれに適した人形を造らせている。ソレのバックアップが必要だ」
「……くそったれが。トリスがヘマしなきゃこんなメンドクセェ事にならなかったのによ……」
ゲールの言葉に、不承不承に引き受けると、人形はいつ出来上がるんだと聞いてから、ベイルズは自分の部屋へと、戻っていった。
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