第30話 精霊王の悲哀
──オルトロス。魔獣であるウルフ種の上位存在であり、瘴気の多さからモンスターに分類される。それは見た目でも分かるように、体高は低いものでも三メートル近くあり、大きさは大型魔導車に匹敵する。そして最も特徴的なのはその頭部だった。本来生き物の頭部は、一つであるとされている。突然変異や奇形などは別として、身体が一つであるのに対して、頭部もそれに合わせて一つであるのが当然だった。そんな生き物の原則に反して、オルトロスには頭部が二つ存在している。それで一体どう生きているのか、思考はどの様に疎通しているのか。全く想像の埒外にいる異形、しかもこのオルトロスには更に上位存在として、ケルベロスという三つの頭を持つ存在も居るらしい。
そんな化物が現在、二頭連れ添って魔導車を追い立てていた。ヘイムス達の率いる掃討部隊が、林の在った現場から既に数キロは離れているにも関わらずだ。
「──クソ! 彼奴等の鼻はどうなってやがる?! おい! このまま戻るんじゃねぇ、街道から外れろ! これ以上街の方に向かうのは不味い!」
「へ、へイムス殿! しかしあのスピードではこちらに追いつかれるのも時間の問題、一体どうすれば?」
運転手に行き先を街ではなく、別方向へと怒鳴るヘイムスに、レオンも後方に迫る、出鱈目な大きさのオルトロスを見ながら質問する。
「……つ、通信弾を撃ちましょう! この指揮魔導車にはもしもの為に、緊急魔導通信の魔導具が搭載されています! それを撃てば、街にここの所在と緊急事態が起きたことが知らせられます!」
運転手が慌てながらも、操縦席の横にある五十センチ角程度の箱を示しながら言ってきた。
「いや、今はまだ駄目だ。部隊があまりにもバラけ過ぎている、このままでは犠牲者が出てしまう」
後方に居た魔導車は全部で五台。いずれも大型の魔導車で、部隊事に乗り込み、後方を三方に広がってこちらに付いてきていた。蹴散らされた魔導車は一台で、現在それを救出に、更に広範囲に広がっていた一台が向かっていた。
「……しかし何故あ奴はこの魔導車を追ってくるのでしょう?」
不意に治癒師がそんな質問を、誰にとも無く呟いた。それを聞いたヘイムスが、後方を睨みながら応える。
「──恐らくだが、やつの狙いはこれだろう」
そう言いながら、彼は懐から布に包まれた、直径五センチ程度の妖しく紫に光る石を取り出した。
「「……魔石?」」
それを見せられた二人は声を揃えてそう言ったが、彼は首を横に振り、それを労る様に見つめながら呟いた。
「──闇精霊の精霊石だ」
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「「精霊石?」」
セレスがシスと子供達を連れ、俺達の部屋に戻ってきてから話を聞いている中。暫くすると、部屋に来た近衛がセレスに荷物を持ってきた。それは布に包まれた形で手渡され、中を確認すると大きな魔石が中心に嵌ったネックレスだった。
『これがここに来たということは、賊は?』
そう聞くと近衛は首を横に振り、「移送中に発狂して死にました」とだけ告げた。
「何と言う事だ……。その間者はどうした?」
宰相が更に近衛に聴くと、現在遺体はそのまま地下の安置所に置かれ、警備を厳にして監視中とのことだった。セレスはそのネックレスを受け取り、ゆっくりとソファに腰を落とすと、深い紫色に輝く石の嵌ったそれを、テーブルに置いた。
『──これは瘴気に侵され、自我を失ってしまった我が眷属の成れの果てだ……。本来精霊は世界の力そのものだ。これらはその意識を失い、本来の力を使うことは出来ん。……だが言ったように、これはどの様な形となっても、精霊であることには違わないのだ。故にその能力だけは失わない。──魔素の吸収とマナへの変換能力だけは』
彼女はそう言いながら、潤んだ瞳を憚ろうともせず、ただ哀しそうにネックレスに嵌った精霊石を見つめ、言葉を出さずに語りかけているようだった。
「……始祖様。何とか戻すことは叶わないのですか」
セーリスはセレス・フィリアの表情に耐えられずに、思わずそんな事を口走ってしまうが、当然彼女もそれが出来ないことは分かっている。ハカセやデイジーがセレスにそっと寄り添って、シロやクロも悲しいのか、サラにしがみついているが、気持ちとしては同じなんだろう。周りに居た王族やその他の者達は、気配を極力消すように黙って成り行きを見ていた。
『……そうだな。何時しかこんな哀しい事は無くなってほしいものだ』
チラとセーリスを見た彼女は慈愛の籠もった笑顔をみせ、徐にそのネックレスを持ち上げる。
──おやすみ。”パキン”
言った途端、精霊石は乾いた音と共に真っ二つに割れる。するとその瞬間に割れた部分からその石は細かい粒子になり、サラサラとテーブル上に零れ落ちていく。
「「「───!!」」」
『こうする事でしか、お前達を解き放つことが出来ん我を許しておくれ……』
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「「闇精霊の精霊石?」」
「あぁ、精霊が瘴気に触れると自我を失って闇精霊になる事は知っているか」
その言葉を聞き、レオンと治癒師は首肯する。
「それを、闇奴隷商人が特殊な魔導具を使って魔素の切れた魔石に封じ込めたものがこの『闇精霊の精霊石』と呼ばれるものだ。コイツはその生まれから『精霊王の悲哀』とも言われ、これを持つものは当然、これを作ったものは精霊王に必ず殺されるらしいという曰く付きの物さ」
「そ、その様な物が何故ここに」
「──あの、化物の腹に在ったんだよ。魔石の代わりにな」
「そんな! で、ではアレには魔石が無いのですか?」
「……さぁ、其処ははっきりとは判らん。だが、アレを捌いた時、心臓の傍にはコイツと変な空間だけが在った。それ以上は今は判らん」
「……あのぉ! お話中申し訳ないんですがぁ! そろそろご指示を頂きたいですぅ」
座席で三人が雰囲気を醸し出している所を、運転手が現実に引き戻す。何しろ彼の運転次第ではもう限界なほど、化物共が迫っていた。
「ム! そうだな……。良し! その先にある廃村の中へ突っ込め。そうしたらすぐに魔導具を撃て。場所の特定が容易くなる!」
「了解でぇぇぇぇぇええ!? あそこに突っ込むんですかぁぁ?」
ヘイムスが指示したことに、了承し、言われた場所を見た運転手は、本気かと思って疑問の声を上げた。……たしかに既に廃棄された村だった。時期は先月だが。その為、入り口にはきちんとした木製の門が設置され、周りは低いながらも石で出来た塀がぐるりと囲んでいる。其処は先月まで奴隷商が攫って来た人々を集めていたダミー村の一つだった。
「つべこべ言うな! 大丈夫だ、あの門には閂も何もされていない。そのまま突っ込めばいい! じゃなきゃ、彼奴等の腹ん中に収まることになっちまうぞ!」
「わ、わっかりましたぁぁぁぁあ! 食われるよりもまだましだぁぁぁあ!」
半ば自棄になった運転手は、そのアクセルを思い切り踏み、街道から外れたタイヤは土と砂利を一気に巻き上げて加速を始める。安定性を失った車体はガタガタと五月蝿く揺れ始め、硬いショックのせいで中はエライ事になってしまうが、そこに突っ込めばもうそんな事は関係ないと、運転手の目は血走っていた。
「いいか! あそこに突っ込んだら、なんとしてでも魔導具を起動させて撃て! 俺は一足先に彼奴等の鼻先に出る!」
「へイムス殿! そんな事をしては!」
「大丈夫だ治癒師! お前のおかげでほぼ体調は戻った。いいな、レオン殿! 後は任せるぞ、なんとしても生きて戻らねばならん!」
その言葉を聞いた瞬間、レオン・ショートは一筋の涙をこぼす。暴れる車の中、一本のショートソードを引っ張り出して、ヘイムスの前に差し出すと、はっきりとした口調で言い切った。
「委細承知! ──我が宝剣、へイムス殿に託します! 共に生きて戻りましょう!」
「フム……承知! では──!」
”ドコオォォォォォン!”
猛スピードのまま、その門に辿り着いた魔導車は、その質量と慣性に従って、村の入口の門を叩き割り、そのまま村内へと突っ込んでいく。
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