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オッサンの異世界妄想奮闘記  作者: トム
第6章 井の中の蛙大海を知らず
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第29話 急転




 ガシャンと大きな破砕音が、白亜の城に響き渡る。貴賓室は王城の三階部分に有るが、窓の外にバルコニーなどは存在しない。其処は城の端部に有り、直下には腰高程度の綺麗に揃えた植え込みの低木が並んでいた。常人であれば軽くて骨折、下手をすれば命にかかわるかもしれないその高さを、平気な顔でその女は飛び降りる。植え込みに落ちる寸前に、彼女は下から吹き上がった風の勢いに乗り、姿勢を制御しふわりとその身を地面に降ろした。


「悪いね。流石にあんたを相手にゃ()がわる──!!」


 振り向きざま、逃げ口上を呟く彼女に向かい、幾本もの氷の槍が殺到する。慌てて横に転がって何とかそれを免れると、直後に何かが光った。


 ”バシュン!”

「ぎゃぁぁぁぁ!」


 彼女が振り仰いだ方角の反対側から堕ちた一条の光は、左の二の腕を焼き貫き、鮮血が舞う前にその傷口は焦げて煙が立ち上る。


「──グゥッ! な、何で? 一体どこから……」


 半ばパニックになった女は、左腕を庇いながらも周りに気を張り巡らせる。使ったスキルは探査だが、それに引っかかるのは上階からこちらを睨むセリスだけ。


「……はぁ? 災厄ってのはバケモノかよ。連続無詠唱に、属性無視ってなんだい! そんな『魔法』あたしゃ聞いてねぇぞ!」


 そんな悪態を吐きながらも、破れたメイド服の裾から何やら筒状のものを取り出すと、地面めがけて投げつける。


 ”ボンッ!”

 叩きつけられたその筒は、地面と接触した瞬間に大きく弾け飛び、その内容物を拡散させて辺り一面が真っ白になる。直後大きな音とともにその白煙は魔術の効果を見せ、太陽光を乱反射させて、半径三百メートル程が見えにくくなった。それは小さな砕かれた魔石なのか、探査の術式にも引っかからなくなる。


(良し、これで少しは時間が稼げるだろ。さっさと逃げ──!)


 この世界の常識ならば、今の状態でこの女を見つけることは叶わなかっただろう。だが、其処には既にこの世界の常識にはない技術で造られた(シス)が居た。そいつは熱源感知と、赤外線センサーを使い、至極当然にその賊を発見する。


《セレスさん。拘束しました》

『……ご苦労、自決しないよう、処理してくれ』

《了解です》





***************************




「──は? い、今なんと仰っしゃられた?」


 エルデン・フリージア王国の総合ギルド会館に有る通信室で、リッター・カールソンは自身の耳を疑った。相手の言ってる意味がどうにも飲み込めなかったのである。いや本音を言えば、意味は分かるが、脳がそれを拒絶したのだ。


『だから、貴殿に借りた冒険者は死んだ。同じ様な魅了スキルの使える者は居るか?』


 相手は当たり前のようにその事をさらりと言い、言った上で同じ様な人間を、もう一人貸せと言ってくる。ちょっと待て、お前が死んだというその冒険者のランクはゴールドだ。しかもその上で面倒事専門の、裏仕事をさせていたベテランだ。彼女を作るのに十年は軽く掛かっている。そんな人間がホイホイと何人も居るはずがない。損失すらもう分からない程出るだろう。なのに次をよこせと通信相手は、言って来る。思わず頭に血が上り、罵詈雑言を浴びせたくなったが、目の前に有る巨大な設備を見て、溜息に変えて我慢した。


「ふ~。──申し訳ございませんが、先の者は育成だけで十年以上の時間がかかっております。おいそれと同じ様な者等と言われましても、居りません。それに彼女はゴールドランクでした。その彼女が太刀打ち出来ないなら、最低でもミスリルランク保持者でないと無理でしょう。その様な者、すぐには見つかりません」


 本音ではもう今すぐこの通信を切りたい。目の前に有るこのボタンを切って、自室に籠もってお茶を飲んで少しの間、何も考えたくない。だが今相手にしているのは腐っても上級貴族。その上自身が入信している宗教の直属の上司。その事を考えて今は歯を食いしばった。


『……なんだと。それでは困るのだ、今すぐ別の者を用意してくれ。なに次は荒事にはさせん。ただ、魅了が使えれば良い。強力でなくとも良いが、最低一人には確実にそれが出来る者が欲しいのだ。金はいくらかかっても構わん』


 ──何が金はいくらかかっても構わんだ! 今まで銅貨一枚払った事も無いくせに!


「……事情はお聞きしません。それが教義の為ならば、私はただ従うのみです。ですが魅了スキルを扱うものは、本当にすぐには見つからないのです。どう頑張っても十日程は掛かるかと……」


『……二日では無理か』

「とてもではありませんが」

『──分かった。出来る限り急いで頼む。いつもの場所に向かわせてくれ』

「委細承知」




***************************




 魔導通信を切ったセール伯の額には、珠のような汗が幾つも浮かんでいた。よもやあの場に、災厄が到着するなど思っても居なかった。その為に人員は全て把握して、アレを行かせたというのに。しかも部屋には誰も居なかった等と……。そんな事あろうはずがない。あの娘達は確かにあの部屋で、茶と茶菓子を食っていたのだ。配ったメイドが出てからすぐに向かわせているのだから(まご)(かた)ない。それなのに何故? どうして……。


 そんな事が頭に浮かび、どんどん視野が狭くなっていく。呼吸は何時しか浅くなり、瞬きを忘れてしまった頃、不意に部屋のドアがノックされた。


「──! だ、誰だ?!」

「……ご、ご報告です」


 それは、先般送った使者の声。ミダス財務卿へと向かわせた者だった。


「で、ミダス様はなんと?」

「……はい、今宵時間をとるので、誰にも悟られぬよう、いつもの場所へと」

「そうか。分かった、では今夜はそのままあちらへ出向く故──」

「あ、あの旦那様……」

「なんだ?」

「……い、いえ、まさか本当に誰にも告げずに行かれるのですか?」


 侍従の怯えきった目を見たセールは、そこで彼が何に怯えているのかを気付く。だがセールはそんな侍従に対して「案ずる事はない。お前が思っている様な事は起こらぬ」と言って肩を叩く。しかしと言い募る侍従にセールははっきりと言う。



 ──彼は私の魅了下に居るのだ。主人に牙むく獣はおらん。



 先程までの彼とは全く違う、底冷えするような声でそう言い切った。




***************************




 元ダリア領の街道を魔導車の列が走っていく。その中で一台、小型でありながら、少し装飾の施された魔導車が、抜きん出てスピードを上げ、土煙を撒き散らしていた。


「治癒師殿! ヘイムス殿の加減はどうなのだ?!」


 狭い魔導車の真ん中に、無理やり作った簡易ベッドに横たわって居るヘイムスを、治癒師が癒やしの光で治療していると、反対側の席に座ったレオン・ショートが大声を張り上げて聞いてくる。


「大きな声を出さずとも聞こえておりますよ! 大丈夫です、確かに出血の量は多いですが、頭部は大袈裟に血が出るものです。既に傷は塞いであります。今は安静にして、マナ循環を優先して見ていますから、落ち着いて下さい!」


「し、しかしだな、もしいま──」


「俺の事なら大丈夫だ。治癒師の言った通り大したことじゃねぇ、それよりも通信鳥は送ったのか?」


 それまで黙って横になっていたヘイムスが気怠そうに目を開け、レオンを窘めるように話しかける。


「お、おお! ヘイムス殿! も、勿論鳥は既に送っておりま──!」


 気付いたへイムスにレオンが返事をしようとした瞬間、後方から衝撃音と共に、地響きが起こり、魔導車が大袈裟に揺れる。


「なんだ?! 何が起きた! おい、停めろ!」

「待て! 停めるな! 走れ! もっとスピードを上げろ!」


 それまでマナ循環を優先する為に横たえていた体を起こし、窓から後方を見たヘイムスは叫んでいた。


「な、何が……どうしたんです? ヘイム──」



 ──残りの奴らが出てきやがった!



 ソイツらは後方の魔導車を蹴散らして、こちらに迫りくる、巨大な二頭のオルトロスだった。





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