第28話 闇精霊
そこは城内にある貴賓室の一つ。俺達が王たちと面会している間、流石に子供達を連れて行くわけにもいかず、マリー、サラ、ジゼルの三人はその部屋で待機させていた。
「お兄ちゃんたちばっかり、ずるいです」
「で、でもでも、お、王様の家族とご挨拶は無理ですぅ」
「サラちゃんなら大丈夫だよぉ、可愛いんだから。ねぇジーゼ」
「──そうですね。ただ、サラさんは状況がありますので、慎重にしない──」
《ちょっと待て》
部屋の中心に置かれたソファで、出されたお茶とお菓子をパクつきながら、ブツブツ文句を垂れて居る二人とそれを宥めるジゼルに、姿を見せたハカセがシーと指を立てた。
(なんです? ハカセちゃん)
《ドアの前に誰か居る》
ハカセが念話でサラに応えると、全員に伝わったのだろう。視線が一斉にそちらを向く。すると、そのドアから滲み出す様に、小さな人型をした背に透明な羽を持つ妖精が真面目な顔で浮かび上がってきた。
「「───!」」
それを見たジゼルとサラは、慌てて口を両手で塞ぎ、叫びそうになるのを我慢する。だがマリアーベルはその顔をよく見知っていた為、吃驚はしたが其処まではなかったようだ。
(もう! デイジーちゃん! そんな事したら吃驚するじゃない)
《あぁ、済まない。俺が頼んだんだ。……それで?》
《──ノートに念話して。そこから私が話すから》
その表情に真剣さを読み取れたハカセは、デイジーが言った通りにノートに連絡を取った。
《……今そこにセリスやセーリスもいる?》
『え、あぁ全員居るけど?』
《──そう、じゃぁセリスちゃんにセレス様と替わってもらって》
『は? おい、何かあるのか?! あるならそっちに向かうぞ』
《ダメ! 今こっちに来てはダメ。良いからセレス様に替わって直接念話して!》
◇ ◇ ◇
「……と、デイジーが言ってるぞ」
『フム。もう替わった、暫し待て』
俺との念話を聞いていたのか、伝える前に彼女は、精霊王のセレス・フィリアと入れ替わっていた。その直後、彼女は俺達とのリンクを切り、デイジーと二人だけで念話をしていた。
「一体どうしたと言うのだ? 何故向かってはならんとデイジーは言っている?」
セーリスがさっきの言葉に、納得がいかない雰囲気で俺に聞いてくるが、俺も何がなんだか分からない。その事を仲間に話していると、突然セレスが大声を上げた。
『なんだと! ──ノート! セリスのゴーレムはステルス化出来るのか?』
「え? あ、あぁ。その術式は組んでるけど……って、おい!」
俺の言葉を聞いた瞬間、二体のゴーレムを取り出しながら、扉から飛び出していく。慌てて追いかけようとすると、ハカセからまた念話が届く。
《ノート! セレス様はこちらに向かったか?》
「あぁ! どうなってんだよ? 何で俺達がそっちに向かっちゃダメなんだ?」
俺の質問に一瞬の間の後、ハカセは言い辛そうに答えてきた。
──闇精霊を使役している間者のようだ、デイジーが看破した。
そんな事を言われても余計に意味がわからず、ハカセに更に問いかけると、彼は答えてくれた。
《闇精霊の事は知っているだろう。……彼等は自我を持たぬ精霊達だ。だからそれを悪用し、無理やり隷属させて使役されている。この間者が何のスキルを使っているかは知らないが、その能力の増幅装置として使われるのが闇精霊達だ。自我がないので際限もない。つまり周りの魔素を取り込むことで、その能力は上がっていく。そんな所にお前のような魔力コントロールが上手くできない者が来たらどうなる? それこそ相手に力を与えるようなものだ。幸いお前に貰ったアクセサリーで、次元隔離出来るから子供達は大丈夫だ。それに、セレス様がもう来られる。心配はいらん》
そう言われて俺は黙るしか無かった。魔素のコントロール……。前々から言われていた事だ。この世界では皆、魔素を吸収して体内でマナに変換し、それを生命力の一部として利用している。マナを循環させ、体内をマナが巡ることによって、俗に言うウイルスなどに抵抗している。怪我の自然治癒や、術師が使う治癒もそのマナが関係すると、言われている。
だが俺の場合、身体は確かにこの世界に合わせて創られているので、皆と同じだ、だけど魂は違う。魔力や魔素なんてない世界から来たのだ。その上無駄に廃スペックなこの体は、常に膨大な魔素やマナを持っている。余剰分は体外に垂れ流している状態。セリスにはそこを指摘され、「勿体ないから、魔石にでも詰められれば、ストックできるのにな」と言われていた。それからはよく皆に教わって、コントロールの練習はしていたが……。結果はハカセに言われたとおりだった。
「……そうか、分かった。バックアップにシスだけはステルスで向かわせる。城外の窓から行かせるので頼む」
《分かった、誘導はこちらで行う。──後、少しの破壊行為は容赦して欲しいと、王には伝えておいてくれ》
ハカセはそう言って念話を切った。
「スレイヤーズとミスリアは聞こえていたな。現状はセレス様に委ねるしか無い、シスは今言った通り、その窓から出てハカセと連絡を」
《了解しました》
シスはそう言って、俺が開いた窓からステルス化して出ていく。それを見送っていると、背に声を掛けられる。
「……の、ノート殿、我々はどうすれば」
俺が言った話に、国王が不安げに聞いて来たので、簡単に状況を説明し、貴賓室の周りから人払いを頼む。宰相はすぐに侍従を呼び、ドアの前に居た近衛兵に城の警護を回せと話す。そうしてバタバタ皆が動き出す中、ハッセルだけは未だに何かを書いていた。
◇ ◇ ◇
貴賓室の前にはメイド姿の女が一人、ワゴンにお茶のおかわりを載せて、立っていた。確かに女性では有るのだが、城中のメイドにしては幾分体格が良すぎるが。本来城に入るメイドは、その配属先によっては容姿は勿論、その身元すらも指定される。当然だ、王城とは国の中心である。まして王族の住まいでも有るのだ。故にその管理は徹底され、中心部や要所に居る彼女たちは、全てが王家に忠誠を誓った貴族の子女が、行儀見習いとして来ている者達なのだ。だから、部屋の前に居た警護の兵は見た事もないこのメイドに、違和感を覚えて声を掛けた。
「──失礼、ここには今、賓客がおられます。どの様な御用で?」
「……お茶の追加をお持ちしました」
俯き気味に顔を伏せたメイドに、益々疑念が湧く。
「……失礼ですが、宮中でお見掛けしたことが御座いませんが、どちらのご息女であらせられましょう?」
「──……面倒ですね」
「なに!?」
兵が腰に佩いた剣に手をかけた瞬間、メイドが真っ直ぐ彼の目を射抜く。彼女の瞳は虹色に輝き、頭には直接声が聞こえた『言うことを聞け』
「──っ! ……仰せのままに」
その目を見た瞬間、兵の動きは緩慢となり、メイドの言いなりになってしまう。その目は一瞬虚ろになるがすぐに戻り、何事も無かったかの様に、振る舞い始めた。
「中に入っても?」
「は! どうぞ」
兵はそう言って自分の背にしたドアをノックすると、ひと声掛けてそのまま開く。
「ありがとうございます。──失礼します、お茶とお茶菓子を──!?」
──どういう事だ?! 誰もいないじゃない。……は! まさか、嵌められた!?
ワゴンを押しながら会釈して、入った部屋には誰も居なかった。彼女は瞬時にその状況を判断すると、振り向いた先に居た人物を見て不利を悟る。
「……チッ、災厄か」
其処には既に気絶した兵の横で、こちらを威圧せんと睨めつける、鬼気迫る表情のセレス・フィリアが立っていた。
『──貴様の胸に居る者を、返してもらうぞ』
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