第27話 蠢動
ドンと言う激しい音の直後、彼が向かった先の林の一部であろう木々が、切れ切れになって空高く舞い上がる。そんな状態が二度、三度起きたと思うと、林の奥から雄叫びのような断末魔の声が、響いてきた。
「……あれは?」
「ヘイムス殿が向かった場所だ」
「何と凄まじい……」
林近くに布陣していた兵の一団が、ウルフの解体作業をしながらそんな事を話していると、木々が一瞬揺れた様に見える。
「何だ?」
「……ん? どうした」
「いや、今そこの木が揺れ──」
”バキバキバキィ!”
何本もの木をへし折りながら、なにかの物体がこちらめがけて吹き飛んでくる。それに気付いた隊員達は慌てて、その場を離れる。
「グオォォォォォォォオオ!」
何かを吹き飛ばした主なのか、林の奥から響いてきたその咆哮は、散り散りになった隊員たちの鼓膜を破りそうな勢いで、林自体が震えていた。
思わず耳を抑えた隊員の一人が、よく見ると、吹き飛ばされて来ていたものの正体が、折れたバスターソードの柄だと気が付いた。
「おい! あれ、へイムス殿の剣じゃないのか?!」
しかし、その言葉には誰も返答しない。気付いた隊員がその柄に駆け寄り、掴んで振り返ると、誰も返事をしない答えが、そこに立っていた。
「──一時撤退だ。取り敢えずコイツはどうにか出来たが、俺の見立てでは他にも居やがる。すぐに王都に連絡せねば不味い。行け!」
顔の左側から盛大に流れる血をものともせず、半ば千切れかけとも言える防具を身に付けたヘイムスが、彼の倍以上はある、巨大なキマイラの頭を引き摺りながら、林から出てきていた。
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「な、なぁ。俺の話も進めてほしいんだが」
俺達が異端者の話で盛り上がっている中、ハッセルが間に入って聞いてくる。……そうだった、あまりに衝撃的すぎて、彼のことを忘れていた。
「シス……ステルス解除」
俺の言葉に反応して、右肩辺りにダマスカスの鈍色をした、球体タイプのゴーレムが、空間に滲み出す様に現れる。それを見た、俺達のパーティや、国王、ミスリア、オズモンドは平然としているが、それ以外の連中は劇的に反応する。
「な! それは何ですか?!」
「と、突然現れた!」
「母上! 何かが!」
ワイワイぎゃあぎゃあと一斉に喚き出した連中を、皆でゆっくり諌めた後、改めてシスの事を説明する。
「はぁ~。遺失伝説魔導具ですか。それにスキルを常駐させていると。へぇー」
「「「………。」」」
説明はした。唯一返事を返してきたハッセルですら、棒読みなセリフだったが。まぁ、こればっかりは仕方ないと思って諦めた。そうこうしていると、それで次元魔導はと聞いてくる。
「あ、あぁ、今シスが全くの不可視状態から現れましたよね。この魔術に次元魔導を使っています」
俺はそう言って簡単に内容を、ハッセルと名乗った魔導師に話して聞かせる。彼はその話を必死に聞いていたが、途中で質問を挟んできた。
「ん? じゃあ、次元と言う魔術自体は俺達が使っている、異界鞄なんかに使っている、異空間魔術と同じ事なのか?」
「俺が扱っている次元魔術は空間魔術に分類されるので、恐らくは同じだと思いますが、厳密にソレを認識した事はないので判りかねます」
「う~ん……だよなぁ。確か、次元魔導は攻撃にも使えるらしいと聞いているしな」
ハッセルさんはそう言うと、何かを考え込むように一人、部屋の隅に在った小さなテーブルの上に紙を広げ、ブツブツ何かを言いながら、何かを必死に書き始めていた。
「──。あぁ、もう彼の事は放って置いて良いでしょう。ああなってしまうと、何を言っても聞きませんので」
彼の様子を呆れたように見やりながら、オズモンドさんがそう言うと、セリスが王妃に話しかける。
「では聞きたいのだが、お主はここ最近、その貴族派連中の誰かと会った覚えはあるか?」
「……どうでしょう。日々私の所へはお茶会の誘いや、城にいる女官連中と会っていますので、誰が貴族派などとまでは」
「ですな。現在城中には、様々な者達が陳情や嘆願などで、王妃様にはその中の女性たちが挨拶にと参られております故」
王妃の言葉を補うように宰相が補足を入れてくる。
「ん? では素通りさせているのか?」
「いえ、それはありません。必ずや名は分かっておりますし、王妃様単独でお会いすることも有りませんので」
そう言って王妃と宰相がセリスの言葉に答えていると、何かに気付いたシェリーが言葉を挟んで来る。
「そう、じゃあ逆に言えばその時、王妃様の部屋は空いているという事が知られているという事ね」
そんな風に話をしていると、別室で待機させている、サラに付いていたハカセから、念話が飛んできた。
《おい、何者かがサラたちの部屋を窺っているのだが、どうする?》
──はい?
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「──おやおやおや。何かが網に掛かったようですね、デスネ」
地下に有る研究施設で作業をしていたリビエラが、突然顔を上げてそう言った。周りには何人かいるが、その言葉に応える者は一人もいない。そこに居たのは彼の指示に唯、従うだけの人型達。彼が造った魂の入っていない肉人形。話すことを知らず、ただ指示された主人の命令だけを黙々と熟していく。リビエラもそんな事は承知している、なのでその事を別段気に留めることはなく、ただ独り言のつもりで呟くように話しただけ。だが作業台に寝かされた人物はそうでもなかった。
「ムググ! ムガ! ……ムゥゥゥ!」
その人物は四肢と胴を固定され、頭部に至っては両側から万力の様な物を取り付けられて、身動き一つ取る事が出来ない。精々が手や足先をばたつかせる程度。大きく開いた目が何かを訴えようと涙をボロボロ零しながら、轡を嵌められた話すことの出来ない口で、何かを必死に伝えようとしていた。
そんな事には興味が無いと言わんばかりに、横に置かれた大きな装置にリビエラは目を向けている。鉄の塊のような大きなそれには、上部にいくつもの円筒形のガラスが嵌められた装置が並び、なにかの溶液で満たされているのか、下部からの明かりでボンヤリとオレンジ色に発光している。そんな筒の一つをリビエラが注目していると、それに突然、あぶくが生まれ、次いで何か石のようなものが生成されていく。
「ん~、これは餌場に居たキマイラですねぇ、デスネ。確か哨戒用に使っていた、オルトロスのキマイラですか、デスカ。三頭の内の一頭……。二号さん、ゲールさんを呼んできてください、クダサイ」
すると、それまでリビエラの側に居た一人の人型が、持っていたトレーを横にあるワゴンに戻し、無言でその場を離れていく。それを見送ったリビエラは木乃伊の顔を歪ませて、作業台へと向き直る。
「さて。お待たせしました、シマシタ。これより貴方を綺麗に分けましょうね、ショウネ。まずは脳と魂の同時分離からです、カラデス!」
直後、作業台からはくぐもった絶叫が上がってきた。
◇ ◇ ◇
この廃村は元々、ダミーの目的で地上に村が作られた。その為、村自体の規模は大きくない。集落は恐らく半径にして数百メートル程度の中に収まっている。廃墟や朽ちた家屋もまばらにしかなく、恐らくは盗賊たちの根城か、集会所にでもされていたのだろう。生活の痕跡が殆どなく、田畑を耕していた場所もごくごく小さなものだった。しかし、この村の本来の姿は地下に存在している。駐屯所の入り口から地下に降る階段は数十メートル続き、降りた先には二重扉で厳重になっている。そこを潜ると現れるのは、石積みとコンクリートや鉄骨を組み合わされて造られた、直径一キロはある広大な地下空間が広がっていた。天井までは十メートル以上、地下だというのに二階建ての建物まで存在している。通路はきちんと石で舗装され、至るところに明るい光を放つ魔導具が設置されていた。
そんな建物の幾つかを、ゲールや他の悪魔たちは占有し、リビエラの研究施設の近くで纏まって日々を過ごしている。雑用などはリビエラが造った人型に任せ、彼等はもっぱら、次の襲撃や、幾つかの戦略を練っていた。
「──なぁ、リゲル。俺達ゃ、何時までこの穴蔵で縮こまってなきゃいけないんだ? マジクソだりぃんだけど」
「……さぁな。いまリビエラが行っている作業とやらが上手く行けば、合成獣の散歩以外にも、なにか出来るんじゃないか。そうなんだろうゲール」
先程まで一緒にテーブルを囲んで話をしていたゲールは、何かの気配に気付いたのか、一人席を立って、ドアの前に向かっていた。彼がドアにつくと同時、ノックをする者が現れる。それは先程、二号と呼ばれた人型だった。
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