第26話 未だ蛙は大海を知らず
「──王国騎士団長と財務大臣が異端者?!」
宰相から出てきた名前に、一瞬言葉を失った。国家運営に、王族派と貴族派、その他風見鶏と無派閥などの少数派が存在するのは理解できる。でも騎士団長は国の軍部のトップで財務大臣と言ったら国の金庫番だろう? よりにもよってそんな重要ポストの人間が、貴族派ってだけでも問題なのに、その二人が異端者だなんて。この国大丈夫なのか? もし今その二人が音頭を取って蜂起でもしたら、王族は何も出来ずに乗っ取られるんじゃないのか? 俺がそう考えると、セリス達もそう思ったのだろう、深い溜息と共に国王に向かって話し始める。
「……カーライルよ、今その二人が決起でも起こせばこの国はたちまち立ち行かなくなるのではないのか?」
「仰っしゃる事は御尤もです。ただ、これには少し訳が御座いまして。実は──」
「我が王、それは私がお話致します。──セリス様、王国騎士団長フィリップ・フェルナンデスを覚えていらっしゃいますでしょうか?」
セリスがカーライルに聞いていると、話し辛そうにしていた彼に代わって、ブルミア宰相がその先を教えてくれた。元々貴族派に属していた連中にこの二人は入っていなかった。それどころか、前王国騎士団長である、フィリップ・フェルナンデスに至っては王族派のトップでさえあった。故に御前会議や国の重要案件などはいつも王族派が多数である為スムーズに決まっていくが、貴族派にとっては不満が溜まる一方だった。そこでブルミア宰相は一計を案じ、会議のメンバーの中に貴族派の法衣貴族を幾人か入閣させた。しかしそれがまさか、当時第二軍の副団長だったドレファスを抱き込んでしまうとは思ってもいない誤算だった。フィリップ王国騎士団長はその件に薄々感づいていたらしく、ミダス財務大臣にそれとなく相談していたが、その相談の直後、彼は不慮の事故で命を落としてしまった。……騎士団長の後任を指名せぬままに。
「え? じゃぁ、ミダス財務大臣は本当は貴族派だったって事?」
「いえ。恐らくは抱き込んだドレファスを使って、ミダス財務卿に接触した法衣貴族の中に、強力な魅了のスキル持ちを連れた者が居たのでしょう、そこが恐らく分水嶺となり、今の国の政の分断に繋がっています」
「……では、その法衣貴族が、この今の状況を作り出した張本人だと?」
ブルミア宰相の言った言葉に思わずセーリスが口を開く。同じ貴族でありながら、領地を持たない彼らはこの王都に土地を貰って生活している。故に彼らは横の繋がりが広い。領地が無いため、その者たちでいざこざが起きることはないし、何より同じ問題で結託しやすい状況にある。貴族派の過半数はこれら法衣貴族で形成されており、奴隷復権派の下地もこれらが帝国と裏で繋がっているらしいとの噂も出ている。セーリスは辺境の最僻地であったエクスでギルドマスターをしていたが、そんな彼女の耳にまでその噂は届いていたのだから、確度は高いと思っていたが、まさか其処までの事になっていたとは知らなかった。
「フム。なにやらきな臭い話になりそうじゃのぉ」
「そのようですねお祖母様」
「え? セーリス、それってどうゆう事?」
セリスの言った言葉に反応したセーリス。それを見ていたキャロルが思わず意味がわからず聞いてしまう。
「つまり、この事は私達が来る以前、ノート君がこの世界に来る前から起きていたって事よ」
キャロルの問いかけにはシェリーが答え、その通りと言わんばかりに、その場に居た連中が頷く。
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「それで、チャック・モルデン伯爵様。どの様なお話でしょうか」
そこは宿の一階にある、応接室のようになっている個室の一つ。部屋に上がろうとしたマキアノ一行を呼び止めた従者はエルデン・フリージア王国の伯爵、チャック・モルデンの家令、ジェスと名乗った。一瞬断ろうかと考えたが、現在マキアノはここに唯の商会長の身分で来ている。それが自らの身分を明かした、上級貴族の話を聞かずに断ったなどとすればどうなるか。来て早々何という不運続きだと心の中で叫びながら、柔和な笑顔で応え、この部屋をすぐに用意させた。
部屋の下座に備えられたソファに座ったマキアノが上座に座った男を見ながら話しかける。その男はごく一般的な顔立ちでは有るが、その服装を見れば誰もが瞬時に高貴なものと分かった。それは、かなり派手であったからだ。スーツを着てはいるが、その色は臙脂色でビロードのようにテラテラ光り、中に着込んだシルク素材のドレスシャツは、ボタン周りのひだが二重になっている。袖口は全てを総レース仕上げになった飾り袖で隠し、手指はほとんどそれに隠れているが、シルクの手袋をはめているのか、たまに見えるそこは白く偶に煌めいていた。
「フム。単刀直入に聞きたい。そなたが乗っていたあの魔導車。アレは我が国の協会が発表した新型か?」
さて困った、ここはどう答えるのが最適か。マキアノはその明晰な頭で逡巡する。勿論我が帝国製だというのは容易い、そう喧伝する為に見せびらかして、街中をゆっくり走らせて来たのだ。だが目の前にいるのは、その技術発祥を知っている国のしかも上級貴族である。安易に答えて良いものかどうか、判断するには情報が足りない。そう考えてまずは情報収集しようと口を開きかけた時。
「いえ。あの魔導車はゼクス・ハイドン帝国の技術によって作られた最新型でありますよ」
「ほう! アレは帝国で作られたと申すか」
──絶句である。マキアノは開きかけた口を閉じ、その視線を横に座った、さも言い切ったと誇らしげな表情をした馬鹿に向ける。するとその馬鹿は笑顔でこちらに次を振って来る。
「ええ、いかにも。それはもう素晴らしい技術で作られたものですよねぇ、マキアノ殿。……ん? 如何なされました?」
「──あ、えぇ、……確かに。あの魔導車は我が帝国の技術の粋を結集させたと伺っております」
──ほう、其処までの物であるか……。
マキアノは、もう開き直って答えるしか手はなかった。
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「──お初にお目に掛かります。私は勇者ノート様一行の従者が一人。セスタ様の子孫、アリシエールと申します。以後お見知りおきのほど」
そう言って彼女は聖女オフィリアの前で跪く。
「初めましてアリシエール。私は今代の聖女、オフィリア・カイン。やはりそなたも彼のセスタ殿と同じ、パンサー種なのですね」
「はい。我がパンサー種は既にその数を減じ、集落は一つとなってしまいましたが、ご先祖様の残した書により、その戒律は厳しく守られています。故にこのスキル、ニンジャマスターは固有となっても代々我がパンサー種にのみ受け継がれております」
そう言って彼女は纏っていた外套を脱ぐ。現れたその相貌は、漆黒とも呼べる程に黒く艶を持ったきれいな長髪。それは後頭部の少し上辺りで纏められ、ポニーテールのようになっている。身長は百七十センチに届こうかという程。痩身というよりは少し肩幅が有るが、均整の取れたプロポーションは完全黄金比のような十頭身で、反らした胸は大き過ぎず、完全な形を見せつけてくれている。そしてビーシアンの最も特徴である尾は、その細くくびれた腰に巻きついており、太く漆黒で艶々と光っている。頭頂部に有る耳は猫科独特の薄く尖った形をしており、常に音を聞いているのか偶にピクリと動いていた。着込んだスーツは特殊なものでその魅惑的な肢体を余すことなく見せつける様にピッタリと身体に張り付き、至るところにベルトで様々なものが取り付けられていた。特に尾が巻き付いた腰には太いベルトが巻かれており、細い鞘がぶら下がっていた。持ち手部分には特殊な糸が巻かれており、まるで模様の様になっている。それを見つけたオフィリアが懐かしむように目を細め、しみじみと彼女に語りかけた。
──その特殊な剣も懐かしいです。確か『カタナ』と仰っていましたね。
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