第25話 模擬戦
「──確認しました! フォレスト・ウルフ四頭、三グループです!」
「おう! ウルフ系なら調査兵で行けるな! 三個小隊で対処しろ!」
「「了解!」」
「林の向こうに見えました! ……オークです! 見える範囲に五頭!」
その報告にヘイムスの眉が片方跳ねる、次いで見せるのは獰猛な笑み。
「……良し、そっちの対処は俺がする。ここの指揮はレオン殿、任せるぜ?!」
「は! 了解致しました! ご武運を」
ここは領都ダリアから西進二十キロ付近にある、中規模衛星都市となっている町や村が点在している場所の近く。街道沿いに頻発していた魔獣やモンスターをどうにかして欲しいとかなり前から嘆願されていたらしい。しかしそれはこの先にある街の前領主と前衛兵隊長の所で止められていた。実はその街道沿いに有る森の中に賊のアジトが存在し、前領主と賊の首魁が結託していた為である。賊はそのモンスター達を隠れ蓑にして、街道で盗賊は勿論、攫い屋の真似事も行っていた。前領主は当然奴隷復権派だったために両者の利害が一致し、この事が長く放置されていた原因だったのだ。
今回はそれを殲滅する掃討作戦でこの場所までヘイムスと、衛兵本部隊長であるレオン・ショートも遠征に来ていた。
「──ほ、本部隊長、へイムス様お一人で良いんでしょうか?」
急拵えで作られた作戦本部の天幕で、同行している他の街の衛兵隊長がレオンに尋ねると、彼は頬についた真新しい傷を見せながら答える。
「私の顔に、この様な勲章を授けてくれたお人が、あの程度のモンスターに屈すると思うか?」
そう言いながら、レオンは大剣を背負った彼の背を見ながら微笑んだ。
◇ ◇ ◇
──一当お願いしても宜しいかな?
「──ほう。勿論異存ありませんぞ」
ヘイムスはそう答えると、横に立つメスタ子爵に衛兵訓練場で、模擬戦を出来るよう手配を頼む。言われたメスタは慌てながらも衛兵隊長たちに問い合わせると、レオン本人から、すぐに手配すると返事が来た。
暫くして、領都ダリアの衛兵隊訓練場には主だった隊長連中が集まり、また国から派遣された調査兵たちの隊長クラスがこぞって押し寄せた事もあって、それを耳にした野次馬とも呼べる衛兵達が、訓練場を取り囲んでいた。
「おい、こりゃぁ一体なんの集まりなんだ?」
「見ろよ、あそこ。隊長連中が勢ぞろいしてるぞ」
「……なんか、模擬戦するらしいぜ」
「誰と誰が?」
「さぁ? でもあの面々を見てるとタダモンじゃねぇのは確かだろ」
集まった野次馬連中は、殆どがこの街の衛兵隊員や、偶々立ち寄っていた出入りの業者達。その為、今現在この街にオリハルコンランクの冒険者や、ダリア領の衛兵総本部長であり、幽閉状態であったレオンを知るものなど誰一人としていなかった。そんな連中が周りを取り囲む中、訓練場の中央付近に簡易防具を身に着け、模擬武具を持った二人が対峙する。一人は騎士然としたショートソードに盾姿。相対するはバスターソードのような大きな木剣を肩に乗せた偉丈夫。二人は中央付近で向き合うと、途端に場は静まり返る。それまでヒソヒソ話していた野次馬達も雰囲気が伝播したのか、固唾を飲んで二人を静かに見守っていた。
「──ではこれより、レオン・ショート殿の申出により模擬戦を執り行います。見届人は私、国家執政代官、メスタ・オルソン子爵が務める。尚、これはあくまで模擬試合、致命的攻撃は不可とし、降参もしくは武具破壊、それを持って戦闘不能とみなし、勝敗を決します。またいかなる攻撃魔術の使用も不可と致します。宜しいか?」
「「承知!」」
「……では、互いに遺恨なきよう、──はじめ!」
見届人であるネスタの声が響いた瞬間、レオンが弾かれたように地を蹴る。彼は閑職に追いやられたと言っても騎士である。故に当然戦闘行為を行う人種。もし彼が平民として冒険者となっているならば、ランクは間違いなくミスリルに近い高ランクになれるだろう。彼は騎士であってもその練度はこの国の上位から数えるほうが早いほどの傑物なのだ。そんな彼が、自身にありったけの強化を施し、渾身の瞬発力で地を蹴れば、彼我の差十メートル程度、一蹴りあれば十分だった。
”ドコン!”
「──ッ! 成る程、流石は剣聖。この程度では動じませんか」
そう言うレオンが放った渾身の突きは、ヘイムスの持つ大剣の腹で完全に止められている。しかもその突きを彼は片腕で担いだ剣をずらしただけで止めていた。
「いやいや。レオン殿も中々。今の突きも見事ですが、その強化術は素晴らしい」
その言葉を聞きながらも、レオンは全体重を剣先に込めているが、ヘイムスは涼しい顔のままでびくともしない。そこで彼は数瞬の間に逡巡する。
(このままでは膠着する。が力では全くの不利、立て直したいが、引けばおそらくこの大剣が襲いかかってくるだろう。……ならば!)
次いで繰り出すは盾による当て身。盾の端部を使い、ヘイムスの前に出された左足を狙って膝を割らんと押し込むが、ヘイムスは軸足を中心に体をひねる。するとレオンに背を向けた状態になった所で、すぐさまレオンは身を翻す。そう、盾攻撃はフェイクだった。しかし引いた彼の身に吸い寄せられたようにヘイムスの大剣の切先が迫る。
「なんとぉ!」
ヘイムスは気付いていたのだ。彼が盾を出してきた瞬間に、フェイクだと。故に彼に背を向け避けたのではなく、その回転に合わせて剣を薙いでいた。さすがのレオンも翻った瞬間の無理な態勢では避けきることが叶わず、それでも首を引いて直撃を避ける。
「──クッ!」
何とか避けた、しかし掠めた。頬の薄皮数ミリ程度、だがそれだけで頬は切れ、大袈裟に血がその場で舞う。切先は彼の頬を僅かに掠め、軌道を変えることなくまっすぐ横へ抜けていく。
ここまで当て身を使ってから、瞬きの間で行われた出来事だ。
「ほう、これを避けるか」
ヘイムスが狙ったのは側頭部。その一撃で昏倒は免れないと考えていた。にも関わらず、あの不利な状態から更に首を引いて直撃を避けるとは。ふと心の中にぞわりと身震いする様な、身体に火が灯された感覚がよぎる。──対人戦で久方ぶりに愉しいぞ!
「ム?! 雰囲気が変わった?」
レオンがそう思った瞬間、目の前に何かが一気に押し寄せた。ヘイムスはその場で一歩も動いていない。だがその感覚は確かな変化。瞬時に身体全部が粟立った。確信に似た感覚が彼の身体を捕まえる。
──死ぬ!!!
そう感じることが出来たのは僥倖だった。もしそれが普通の人間ならば、何も感じる事なく失神していただろう。彼が感じたのは殺気。それも圧を伴う強烈なもの。故にその場で彼は即断した。次手を受けることは出来ないと。
「──ま、参った!」
「そこまで!! 勝者ヘイムス・コーネリア!」
その宣言を聞いた時、ヘイムスは変わらず、静かに笑っていた。
◇ ◇ ◇
「──そなたはあの模擬戦を、見なかったのか?」
「え、いや、観戦いたしましたが。本部隊長が飛び込んで数瞬の後に、終わってしまったので」
「……そうか。彼はまさに高みにおられる御方。その数瞬の間で私は思い知らされたよ」
そう言って真っ直ぐ前を見据える彼を、天幕に居た各隊長は不思議な面持ちでみつめてしまう。彼の噂は全員が知っている。疑り深くて人を信じるなど有り得ない。いつも物事を斜に構えて俯瞰し、嫌味を言っては敵を作る。そんなだから、前任者たちに嫌われたと。それが今は微塵も感じない。騎士として使命に殉じ、正に正義の執行者。あの模擬戦はそこまでだったのかと思ってしまう。
「さあ! こちらも全ての拠点を見つけるぞ。この領から悪はさっさと根絶せねば」
レオンはそう言ってポカンとしていた連中を鼓舞し、作業を再開させていく。暫くの後、オークが発見された林の木々が吹き飛ばされた。
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