第23話 厄介事は纏まって
ハマナス商業連邦評議共和国の首都ハマナス──。
中心部にはイリス聖教会本部が所在し、最も栄えている場所。そこにはギルドの総本部も所在し、中心を貫く大通りには高級店が軒を並べていた。その通り沿いには高級宿も有り、着飾った貴族や金持ち達が談笑しながら従者を連れて練り歩き、広い幅の歩道は人で溢れて混雑していた。
役所や公の場所は中心部より外れた場所に纏められ、オフィス街のような雰囲気を醸している。
そんな雑踏の中を魔導車から降りたマキアノが、錬金ギルドのグランドマスター、ジュードに案内されながら、大きな高級宿に入って行く。
「おい、あの魔導車はなんだ?」
「うん? ほう、あれは魔導車なのか」
「外装が鉄で出来ているのか?」
「何で前にあの様な出っ張りが?」
「……アレが魔導車?」
「おい、あの商人に──」
通り沿いに止められた魔導車を見た者達が口々にそう言い、瞬く間に人だかりが出来ようとした所で、宿から執事が現れ、魔導車を誘導して車庫の方へ向かう。それを見た貴族の一人が従者に何かを告げて、宿に入って行く。直後、大型の魔導車も誘導されて車庫に向かうがその車からは誰一人降車してくる者は居なかった。
「──お待ちしておりました、マキアノ様。お部屋の準備は既に出来ております」
「……あぁ、ありがとう。連れの者達の部屋割りはどの様に?」
「はい。最上階のワンフロア全てを取っておりますので、如何様にでも」
「そうですか。ではジュード殿、参りましょう」
「はい」
「お待ちを」
早速用意された部屋へ向かおうと歩き始めた一行に、後ろから落ち着いた声で呼び止める男。その男にすぐさま執事が近づき誰何する。
「失礼ですが、ご予約でしたらこちらで承ります」
「いえ、予約ではなく、そちらの御仁に我が主が話したいと申しておりまして」
そう言って慇懃に礼をしてくる男に困惑した宿の執事がマキアノを見やる。
「……申し訳ございませんが、どちらの御方でしょう?」
「申し遅れました、私エルデンフリージア王国にて伯爵位を戴いておりま──」
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「──どうも初めまして。ようこそ【ハマナスギルド】へ。私がここの管理をしております、ジップ・ニールセンと申します」
酒場の地下には通路が続いていた。階段を降りてそこを進むと幾つかのドアを潜り、どこかの建物の地下室へと辿り着く。そう感じたのは通路に下水の匂いが混じっていたからだ。当然水路は見えないが、恐らくはそれに沿うようにこの通路は巡っているとすぐに感づく。つまり、あの酒場はこの通路のカモフラージュになっていて、選別をしていると言う事なのだろうと、フードの男は思い至る。そうして地下室の入り口を入り、階段を上った先の部屋に、ジップ・ニールセンは居た。
「要件は変わらない。返答は如何に?」
「……まずはお座り下さい。枢機卿様にお茶の一つも出さぬとは、こちらとしても外聞が良くはありませんので」
ジップ・ニールセンはそう言いながら、部屋に設えたソファに促し、目線でお茶の準備をさせる。対してフードの男、コルテボーナ枢機卿は驚愕し、フードの中の顔は青ざめていた。ここに至るまで自分は一切素性を明かしていない。にも関わらず、この男はさも当たり前のように自分を枢機卿だと見抜いて話をしてきた。一体何故だ?
「如何なされました? あぁ、もしや私が素性を知っていた事ですか? ご安心下さい。これでもこう言った場所のマスターです。それなりのスキルは持っていますので」
事も無げにそう言った後、ジップはコルテボーナの対面に有るソファにゆっくり腰を落として彼を見上げる。言われたコルテボーナは自分の背に冷たいものを感じながらジップ・ニールセンを被ったフードの奥から見つめていた。
「さぁ、お掛け下さい。コルテボーナ枢機卿、話はそれから始めましょう」
「──まず人員についてですが、その日数で揃えることは可能です。ですが用途を教えてくだされば更に早く、確実な人員がご用意出来ますが」
結局コルテボーナはジップの言葉に従い、ソファに腰を落ち着けた。フードを上げるまではしなかったが、素性がバレている以上、どうせなら実利を取ろうと考えた。
「……欲しいのはまず斥候と情報収集の手練が欲しい。二箇所以上有るので最低二人は必要だ。後は戦闘に長けた者が二名以上。私は全く戦えないので攻守に欲しい。癒やしは私が使えるので不要だ」
「……成る程、荒事の手練ですね。分かりました、明後日には用意します。予備もお考えで?」
「出来れば、有り難い」
「畏まりました。では明後日の昼過ぎに迎えを出します。そこで顔合わせをして選ぶという形に致しましょう」
「それは有り難い。しかし、迎えに関して──」
「あぁ、大丈夫です。きちんと馬車でお迎えに上がりますし、迎えに行く者は雇われ御者です。ご心配はいりません」
そこまで言われてはコルテボーナ枢機卿も、頷かざるを得なかった。
「分かった、では明後日」
そう言って立ち上がった枢機卿にジップは木札を手渡す。そこには術式が半分になって描かれていた。
「次回はそれをお持ち下さい。この建物の入り口でそれを出して頂ければすぐにわかりますので」
貰った木札をフードのポケットに押し込み、サムに案内をされてコルテボーナ枢機卿は部屋を後にする。入ったドアとは反対に有る扉から出てみると、左右に通路が続き、サムの先導である程度進んだ時に初めてここが何処だか気が付いた。
「ここは……役場だったのか」
「えぇ。ですので次回は堂々と入ってきてください。あの受付に木札を渡して頂ければすぐに迎えに来ますので」
サムは役場の受付嬢を指しながらそう言うと、一礼の後、踵を返し扉を閉めた。
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「──これが迷い人の技術なのか」
エルデン・フリージア王国魔導船ドックに有る工房で、ゲインを含めた魔導車協会の面々は目の前に並んだ魔導車を見て戦慄していた。彼ら協会の者達にとって、魔導車と言えばこの世界の陸上移動における最先端と言う自負が有った。しかし、目の前に有るこの魔導車は違う。何が違うか……全てだ。根底から違うものだ。動力部は前方に移動されて振動が来ない。回転部はその車輪に直接取り付けられ、耐震装置はこれでもかと言うほどに充実している。そのために車高は全体的に下がり、車体全てを薄く加工した鉄板で覆っている。だからといって車体重量が増えるわけではなく、寧ろ軽量化されている部分すら有る。だというのに剛性はとても高く、その恩恵もあって直進スピードの安定性は数倍に跳ね上がった。そして一番の驚きは部品のブロック化だ。これが成されたことで製造の分業化が行え、製品の均一化が行える。──これはもう技術革新そのものだ。
「ゲイン殿、ノート殿の知識はこれだけなのか? もしや、もっと何か──」
「儂自信は聞いておらん。ただ、ガントは笑いが止まらんと言っておったがな」
「な! あのドワーフ国家認定技師のガント殿がか!?」
「どうやら、セーリスとの婚儀でなにやら技術提供を受ける約束をしたそうじゃ」
その言葉を聞いた協会の連中はその場でゲインに詰め寄り、ことの真意を聞き出そうとしたが、それ以上は聞いていないと彼は頑として口を開かなかった。
「とにかくじゃ! これでハマナスには面目が立つ。早速あちらへ向かう準備を始めろ! 一台は王城へ持っていかねばならん故、使者を出せ。魔導通信と──」
その翌日には、協会が新型魔導車を携えて、登城した。
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