第22話 事の始まり3
「──は? あ、悪夢を狩る?」
メスタ子爵はその言葉を聞いたところでピンとは来ない。普通はそうだろう。余程彼との仲が良くなければ、『悪夢』の意味など分かるはずもないのだから。それでもメスタは相手のことを考えて、これは暗喩なのだろうと予測を付ける。
「ソイツがこの領に居るのですか?」
「……ん? あぁ、そうだな。人数までは分からんが、厄介なのが潜んでいやがる。だから警らには俺も加わらせてくれ」
メスタは横に居た侍従に向かい、至急警邏隊の隊長や衛兵隊の隊長を呼びに行かせ、会議室を用意させた。
◇ ◇ ◇
「えぇ、急な要請にも関わらず、集まって頂き申し訳ない。知っている方もおられるかも知れないが、こちらは国家認定冒険者、ヘイムス・コーネリア殿だ」
その日の夕刻にはこの街にいる衛兵隊長や、国から派遣された調査兵の隊長達が役場に在る会議室に全員集められていた。街の衛兵隊長は全部で六名、それを纏める本部総隊長が一人。調査兵の方は各部隊毎に居る隊長が総勢十二名だった。彼ら調査兵の総指揮官は現在メスタ子爵の為、本部隊長は居ない。それら十九名と、補佐や諸々の人員を合わせると三十余名が役場の会議室に所狭しと並べられた椅子に座って、子爵の話を聞いていた。
「──アレがオリハルコンランクの……」
「剣聖ヘイムス……」
「初めて見たぜ」
「……大剣は背負ってねぇんだな」
「こんな所で背負う訳ねぇだろう」
部屋に集まった全員がほぼ初見だったのか、俄に室内は騒然となるが、衛兵隊の本部隊長であるレオン・ショート本部総隊長が、大きく咳払いとともに立ち上がると、途端にピタリと音が止む。
「あぁ、これはこれはどうも、初めまして。私は元ダリア領、領都にて周辺一帯の衛兵を総括しているレオン・ショートと申します。以降お見知りおきを」
そう言って彼は騎士礼をとってヘイムスに挨拶をして、椅子に腰掛ける。
──しまった、彼のことを忘れていたと、メスタは心の中で渋面を作る。
──レオン・ショート騎士爵。
元ダリア領衛兵隊総括本部総隊長。このダリア領に於いて役職を残したまま生きて在籍している貴族の一人。ほとんどの貴族は領外に逃げ果せたか、嫌疑のかかった者は生きていないこの領で、なぜ彼はその役職のままなのか。その理由は性格のせいだ。彼はその爵位に恥じぬ正義感の塊のような人間だったから。では何故この領では攫い屋や盗賊が跋扈出来たのか。そこは簡単で、彼以外の隊長連中がほぼ買収されていたに過ぎない。結果、彼はその大層な役職名に対して行っていた仕事は、本部会館でただ書類に判をつくだけの日々だった。何故そんな閑職に追いやられたのかと言えば、領主の買収には一切応じず、果てはその領主に盾付き、奴隷制度の復権に否を唱えたからに他ならない。そんな人間なら領主としては外せば簡単だったが、いかんせん騎士爵と言う爵位持ち。一代であれ、彼も貴族なのだ。簡単には潰せない。ならばと大きな名を与えて大袈裟な建物に放り込んだのだ。そうして彼はこの領が腐っていくのを何年も見てきた。そのせいで性格は疑い深くなり、斜に構えるようになってしまった。正義感は有り、真っ当では有るが、扱い難い人物になってしまったのだ。
「ンンッ。ではこれよりへイムス殿より話がある。皆、心して聞くように」
内心穏やかならぬまま、まずは彼の話を聞いてもらおうとメスタはそう言うが、いきなり挙手され躓いた。挙手しているのは勿論レオン・ショートだ。
「……何かねレオン殿」
「いえ、私は申し訳ないがその方がヘイムス・コーネリア殿であると確認出来ていない物でして。証明をお見せ頂きたく」
「……私の紹介では不服ということかね? 私はこれ──」
「まあまあ、子爵様。不敬では有るが、彼の意見は一理有ろう。ではどうやって証明すれば良いのだ?」
そこまで聞いたレオンはニヤと口を曲げて言い放つ。
──一当お願いしても宜しいかな?
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ダリアの領都から内陸に向かって西に馬車で二日程走った場所には、未開の森が広がっている。そこは領の境にもなっており、そのまま西進すれば隣領へと繋がっている。かと言って簡単に立ち入れる場所ではない。森はこちら側の領だけでも広大で、左右を見渡せば約数キロに渡って広がっている。奥行きにしても言わずもがな。故にそこには幾つもの開拓村が作られていた。そんな開拓村も、今は昔。ただの廃村が点在するだけだった。唯一残っているのは、衛兵の駐屯所になっていたコンクリート造の建物だけが、廃棄されてからの年月を物語っている。
そこには何時もの様に朽ちかけた魔導器が立っており、廻りには草が伸び放題で地道すらほとんど見えなくなっている。そんなコンクリートの廃墟から、突然現れる影が二つ。
「──くっそダリィなぁ。出迎えもアイツらにやらせればいいじゃねぇか」
相変わらずいちいち文句を言いながらも、きちんと仕事を熟すベイルズと、そんな愚痴を聞きながら一切表情を変える事なく、無言で村の入口を見ているのはリゲル。
「なぁ、リゲルよぅ。一体いつまでこんな辛気クセェ事ばっかしていなきゃいけねぇんだ」
「……さぁな。そこはゲールに聞いてくれ」
「チッ、ゲールはいつから俺達の大将になったってんだ? 大体アイ──」
「来たぞ」
ベイルズのボヤキに被せるようにリゲルは入り口の先を見つめる。話の腰を折られたベイルズは刹那の間リゲルを睨むが、「チィ……」と口を曲げた後、リゲルの視線を追う。
先頭を走るのは大型の魔導車だった。運転席には二人の大男が座り、一人は揺れる車体を物ともせずに平然とした顔で、ただ黙々と進行方向を見ながら的確にハンドルを操作している。もう一人は常に周りの状況を見ているのか、体を動かすことはなく、しきりに首を左右に振っては偶に一箇所を見つめるような仕草を繰り返していた。それはまるで鳥が警戒している時の様な、そんな仕草に何処か似ていた。後ろに続いて走っているのは魔導車では有るが、形はまるで幌馬車のような姿をしている。荷運び専用なのか、後部がやけに長く、よく見ると後ろに荷車も連結されて走っていた。その為かスピードは遅く、馬車とほとんど変わらないが、大量に荷を運ぶために作られたものだと言うのが窺えた。それが先頭の魔導車を追う様に二台きれいに並んで並走している。その運転手達もやはり大男が二人ずつ乗っていた。
魔導車が大きな音を立てながら、廃村の門があった辺りを潜る頃、ベイルズ達の後ろも騒がしくなる。
「──今回は何人来たんだ?」
「さぁ、まだ見ていないからな」
「いやぁ、久しぶりの外の空気ですね、デスネ。はぁ、陽の光が眩しいですよ、デスヨ」
コンクリートの廃墟から長身痩躯の木乃伊の様な顔をしたリビエラと、大柄で屈強な肢体のゲールが、その後ろに何人もの従者を連れて現れる。
「なぁゲールよぅ、態々俺達が見張らなくても、ソイツらに見張らせればいいじゃねぇか。何で毎回毎回クソだりぃ事しなきゃいけねぇんだ?」
「そう言うな。コイツらは見張ることは出来ても伝える事はまだ出来ん。研究が進めばそこも解消されるだろう」
ぶつぶつと文句を言うベイルズに言葉だけを返しながら、こちらに近づく魔導車を眺めているゲール。そんなゲールが気に入らないのか、続けて文句を言おうとしたベイルズの前に木乃伊の顔がヌゥっと近寄る。
「安心して下さい! 今回の分には生きた者も居ます。実験は進んでいますので今回で見張りは最後になりますよ、マスヨ」
「ウォ! リビエラ……いきなりチケぇよ。ってかそりゃホントか? 生きてる奴らも居るのか?」
「……はい。どうやらビーシアンとヒュームの闇奴隷が手に入ったそうですから、デスカラ」
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