第20話 事の始まり
──元ダリア伯爵領。
王都から大陸内の最も東側に存在し、辺境領とは北部で隣接している。と言うのもエリクス辺境伯領はこの大陸で唯一半島になっており、王国と直接繋がる部分は領都のある一部地域のみである。またセデクスやカデクス、エクスと言った各街の規模は広大で、街一つ分の領地が他の伯爵領と同程度ある。ただ、半島にはなっているが大陸から突出しているわけではなく、大陸と沿うような形で存在し、その間に大きな溝が形成されたようになっている。大陸に向かって半島側は断崖になっているが、大陸側には浜になった場所も幾つか見られる。要するに高低差が激しいのだ。大陸と半島の間は大きくても数キロ程度、小さな場所では数百メートルしか離れていない為に浅瀬が続いており、大型の水性魔獣などが侵入し難く、海産物が安全に採れる大変貴重な地域でも在った。そういった事からこの領はその湾側に大きな街が集中し、領都もそこに存在している。現在その領都は領主はおらず、国が直接管理していた。
「──こちらが本日の周辺警らの報告書です。間諜の定期報告書による報告はこちらです」
ギルド会館と併設されている役場の政務室には、国から急遽執政官に任ぜられた、法衣貴族であるメスタ・オルソン子爵が派遣されていた。
レストリアで騒ぎを起こしたあのメスタ子爵である。彼は騒ぎの後、速やかに手続きを終わらせる為、王都に有る貴族院に自ら出頭し、諸々の手続きを行っていたのだが、当時の貴族院はそれどころではなかった。エクスに始まった奴隷復権派の捜査に始まり、元から水面下で動いていた貴族の調査。それらが一度に解決しかけている時に、嫡男の廃嫡や庶子の受け入れと承認。果ては蟄居の手続きなど、煩雑な作業は当然ながら後回しにされた。そうして出来た暇を王都で過ごしていた時、ひょんな事から彼にダリア領の代理執政官の話が持ち上がったのだ。国としては色々曰く付きの人間を送るより、貴族院に出向いてすべてを調べた人間のほうが使い易かったのも有る。それに彼自身もその任を熟すことで、セリス様に言われた言葉を実行できると言う両者の思惑が合致し、この街へそのまま向かった次第だ。
「ありがとう。……それで、こちらの御方は?」
書類を受け取った子爵はその視線を報告に来た侍従の横に立つ、大剣を背負った大柄な男に向かっていた。どう見ても尋常ではないその出で立ちに、子爵は内心狼狽えながらも、表面上は笑顔で対応していた。
「は、はぁ。それがです──」
「あぁ。細かい話はこの書状に書いてある。俺の名はヘイムス。オリハルコンの冒険者だ」
「お、オリハルコン! え? 国家認定の冒険者様が何故?! 魔導通信はありましたか?」
子爵は慌てて侍従に聞こうとするが、侍従もただ首を振るばかり。それを見て子爵は頭をフル回転させる。当然である、オリハルコンランクと言えば国家が抱える戦略級の戦力だ。そんな大物が動くのであれば、当然こちらに連絡が来るはずなのに、侍従はそれが来ていないと言う。なぜ?! どうして!
「あぁ、そんなに慌てずとも良い。この書状を読んで貰えば分かるから」
そう言って彼が差し出してきた筒状に巻かれた書状を開くと、そこには国璽が押された国王直々の書状がお目見えした。しかし書かれた内容は極めてシンプル其の物だった。
『この者の身分は保証するので、ダリア領にての行動を許可されたし』
その一文だけが国璽と共に書かれていた。
「──あ、あのぉ。書状は読みましたが、この領で一体何を?」
問われたヘイムスは白い歯を剥き出すように見せながら言い放つ。
──『悪夢』を狩りに来た。
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「怪文書ですか?」
俺の疑問に対して宰相は国王不在の間に起きたことを話し始めた──。
国王が旗艦エルデンにより出港して間もなく、留守の間はカストル第一王子が政務代行を行っていた。その日も朝から政務室において彼が宰相と共に書類に目を通していると、侍従が訪問者を告げてくる。
「──本日の訪問者は昼からのはずだが?」
「は、はい。事前予約はございません。ですが、こちらを持ってこられまして」
そう言って侍従が見せてきたのは短剣。文様は王国の印が入った物。
「な! その短剣はヘイムス殿か?!」
その短剣は王国が認め、国王が直にいつでも会うと証明する信頼の証として渡す物。故にそれが誰に手渡した物かは剣の柄の装飾で分かる。そしてそれは国家認定オリハルコンランクの『剣聖』ヘイムス・コーネリアに渡したものであった。
「ですので、現在応接の間にお連れしていますが如何致しましょう?」
ブルミア宰相は思わず振り返って王子を見た。彼も当然ヘイムス・コーネリアがどの様な人物かは見知っている。しかし彼が訪ねて来たと言う事は何かしらの相談であることは間違いない、果たして代行役でしか無い彼に判断出来るものかどうか、即断するのは難しい。
「──すまんがキース殿を呼んでくれんか? 早急に」
「……畏まりました」
侍従が出て行ったのを見計らい、宰相は王子の方に向き直ると、一人思案顔をしている彼に話しかけようとする。
「……カストル殿下、剣聖の訪問につい──」
「宰相、分かっています。彼の事だ、何かきな臭い事でも見つけたか、『悪夢』を見たという事でしょう」
それを聞いた宰相は刹那の間で額に汗ばむ。カストル殿下は確かに聡い。故に現実をきちんと受け止め結果を模索なされるだろう。だがしかし、今この国の本来の王は不在である。故に国家の機密に触れる様な事ならば、いかに国王の名代とて全てを知りうる訳ではないのだ。魔獣の氾濫や大氾濫ならばまだ良い。良いとは言えんが、国家の存亡とまでは考えにくい。しかし……。もし、あの王が出掛けに言っていた『世界の一大事』に関わることならば、さしもの殿下とて、手に負えるものではない。どうすれば、どうすれば良いというのだ?
「……宰相、落ち着いてください。いくら王の名代とは言え、自身の分は弁えていますよ。いざとなれば魔導通信が有るでしょう。ですから気負わず、話だけでも聞きに行きましょう」
宰相の暗い顔とは正反対に、笑わずともはにかんだ様子でカストルは政務室の椅子から立ち上がる。その仕草に宰相は一瞬呆けて見惚れてしまうが、気を取り直して重くなっていた腰を上げる。
「そ、そうですな。お供します」
王城内で最も入り口に近い場所にある、訪問者用の応接間に向かって歩いていると、近衛騎士団長のキースが侍従を伴って歩いてくるのが見える。彼らはこちらに気付くと歩く速度を俄に上げて、会釈とともに声を掛けてきた。
「殿下、剣聖が登城したと聞いたのですが」
「はい。何やら相談事が有るとの事で、応接の間に」
それを聞いたキースは宰相に目線を動かし、理由を聞こうとするが、ブルミアはそれに首を横に振って分からないと応える。
「内容はまだ何も聞いておらん。ただ、短剣を持っての訪問。軽い話では無いであろう」
そんな話を交わしながら、一行はやがて目的の部屋へ到着する。侍従が声を掛け中に入ると、そこには件の人物がソファに落ち着いて座り、出された紅茶を飲んでいた。背は百九十センチ程度、均整の取れた肢体をしており、見るからに筋骨隆々というわけではない。そして端正な顔には皺が刻まれているが、年齢は読み取りにくい。ただ、右の頬から顎下にかけて、大きな一筋の傷が刻まれている。その男は入ってきた連中に気付くと、白い歯を見せながら笑顔で話しかけて来た。
「……よう、待ってたぜ。久しぶりだな、ブルミア宰相にキース。と、カストル殿下」
茶器をテーブルに置き、片手を上げてソファに腰掛けたまま、彼はそう言った。
「おい、殿下の前で幾ら何でもその態度は無礼である──」
「キース殿、良いんですよ。彼は国王である我が父と昵懇の間柄。私もよく知っていますから」
「それはそうですが、けじめという物が……」
「まぁ、殿下がそう言っているのだ。してヘイムス殿、本日は如何な用向きでこちらへ? 態々短剣を持ち出してまでの用件なのですか?」
キースが咎めようとするのをカストルが止め、言い募るところを諌めた宰相が、本題を話せとヘイムスに語りかける。
「……まずは座って話そうぜ。あぁ、皆の分の茶を淹れたらすまんが俺等だけにしてくれ。結界を張るからな」
その発言に、瞬時に場が緊張する。言われた侍従達は手早くお茶の準備を済ませると、礼をした後すぐに部屋を出ていった。キースを始め、殿下や宰相達もソファに腰掛けて平静を装っては居るが、内心は穏やかではない。ここには当然魔導具が設置されている。それを起動すれば事足りるのに、態々結界を張るなどと宣言してから侍従を追い出すとはどういう事なのか? 身内にすら話せないという事なのか。そんな思いを持ちながら、ヘイムスの次の言葉を待った。
当のヘイムスは侍従達の退出を確認して部屋の魔導具を起動させ、テーブル上に自身の持つ魔導具を置き、起動させる。筒状のようなソレの上部にあるスイッチを起動させると、側面に空いた幾つかの穴から光が見え、筒の置かれたテーブル上に術式が展開、一瞬で半径五メートル程を結界が囲んでしまう。
「これでよし、と」
魔導具を起動したヘイムスは一言そう言ってから、こちらを見回しやはりと言うか、当然のように当事者以外では知り得ない事を語りはじめる。
「──なぁ宰相、この間『悪夢』を見たんだが、この城とダリア領の二箇所で起きるんだよ。ここには迷い人が来るんだろ? だったら俺はダリアに行こうと思うんだ」
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