第18話 魔神の加護
「──誠に申し訳ございません。責任ある立場であるにも拘らず、確認も取らずにノート様に行った無礼、平にご容赦を」
王妃はそう言うと、床に膝をついた状態で頭を下げる。彼女の後ろには同じ様に並んだ王族も同じ様に膝をついて頭を下げていた。
「──謝罪については受け入れましょう。私は彼女に請われて師弟関係を結んだだけです。ご家族で今一度ご相談くださいませ」
俺の言葉にミスリアは物凄い表情になっていたが、こればっかりは仕方ない。無理強いなんてしたくないし、俺が望んだ事では無いのだから。そんな風に考えてそろそろ退室しようかと考えた時、イオーリア王女にくっ付いていたゲインズ君が意を決した顔で俺に話しかけて来た。
「──あ、あの!」
「……はい、何でしょう」
「………ミスリア姉様の事をお嫌いなのでしょうか?」
「──え? いえ、そんな事はないですよ」
「じゃぁ、どうして姉様をそんな悪く言うのです──」
「ゲインズ、何を言っているのです?! ノート様は──」
「だって! このままじゃ、姉様が可愛そうです! 母上! 弟子になるのはダメなんですか?」
「……まぁ、待て。まずはノートの許しが出たんじゃ。いい加減立って椅子に座れ。仮にも国の頂点におる者達であろうが」
セリスの言葉に皆が俺の顔を見ながら立ち上がる。正直な気持ちとして半分以上はどうでもいいと感じていた。それは恐らく、敵対者に対する忌避感と嫌悪。……何も考えずただ一方の考えを鵜呑みにし、権力を使って高圧的に物事を進めようとする立ち振舞。俺はその行為を受け入れられない、どうしても思い出してしまうから。
──おい! 太田ぁ! ”パシィ!”
無意識に頭を触ってしまう。……彼の握っていたプラスティック製の定規。ゴミを見るようなあの嫌な鋭い目つき。……隠れて嘲笑する者。どうしてもあの感覚は忘れられないのだ。努力を足蹴にされ、積み上げた信頼を平気でぶち壊し……その責任を涼しい顔で俺に被せた非道。
たとえ世界が変わろうと、身体全部が変わっても、精神は俺のままだ。そこは変わっていないんだ。だから弱者を平気で蔑み、自分は高みから手も汚さずに。そんな人間を俺は忌避してしまう。情が薄れていってしまう。あぁ、もうこの人達と関わるのは辞めようと……。
──諦観。
そうしてスッと体が冷えていく。思考は切り替わり、俺から壁を作るように彼らに対して心の中で決定的な線を引く。──クソッタレが。
「どうしたのですかノートさん!」
「大丈夫?」
「気分が悪くなったのか?」
ふと、両手に温かい感覚が感じられ、気付くと間近に奥さんたちが俺を心配そうに覗き込んでいた。そうだ。確かにまだまだ慣れないけれど、俺には大切な人達が側に居てくれるんだ。諦める必要はもう無い。両手から腕、そして体全体にじんわりと暖かく。体の芯が絆されていく。閉じかけ、引きかけた心の線は消え、今一度彼らを冷静に見ることが出来た。
「……ありがとう。もう大丈夫、それよりも王子達の話を聞かないと」
◇ ◇ ◇
「──それで、どうするんじゃ? 弟子は続けるのか、辞めるのか。儂らはどちらでも構わんぞ」
セリスの言葉に王妃や王子達の肩が跳ねる。ゲインズが上目遣いで王妃を見つめ、カストルやイオーリアが彼女を見ていると、ふぅ~と長めのため息を吐いた後、彼女はミスリアに話し始める。
「……ミスリア。貴女はこの国の宮廷魔導師副団長であり、第二王女です、その事の自覚はきちんと有りますか?」
「……はい。勿論です」
ミスリアはエステラルを意識の籠もった瞳で見つめ返しながら、はっきりとした言葉で返事をした。
「そうですか。……イオーリア。カストル、そしてゲインズ……。今日これより、我が娘ミスリアは正式にノート様の弟子として内外に報告致す事とします。これにより我が国ではノート様へ対する──」
「あぁ、エステラルよ。ノート殿に対する我等の後ろ盾は不要との事だ。あくまで、ミスリアは唯のミスリアとして弟子になる。本人の身分はそのままに」
国王からその言葉を聞いた王妃は、意味がわからず数瞬戸惑った表情を見せるが、国王が頷いたのを見て得心する。
「………分かりました。ですが、我等にとっては大切な御方になるのは変わりません。詳しい話は王と直接したいと思いますが、まずはノート様。これより娘ミスリアの事、宜しくお願い申し上げます」
王妃の言葉の後、王族全員でこちらに向かって立礼をする。それを受けた俺は浅く会釈した後、返事を返す。
「ご家族の意向しかと承りました。これよりは私ノートが、ミスリア嬢の師となり、親代わりとなって彼女が我が教えを習得するまで、必ずや導きましょう」
俺がそう言った途端に、ミスリアが前に出て跪いて奏上する。
「此度は師弟の了承戴きまして、誠に望外の喜び。これよりはノート様の名を汚さぬ事、我が師、我が家族の御前にて、ここに誓い申し上げます。どうぞ私ミスリアをノート様のお力にてお導きの程、ここに伏してお願い奉ります」
そうして頭を垂れた彼女の頭に手をおいた時だった。
──”カッ!”
俺とミスリアを閃光が包み込み、周りに居た連中が驚愕する。勿論だが俺とミスリアだってビックリだ。何がと思って周りを見回していると、念話のような声が部屋に居た全員の頭に響く。
『──……ミスリアに魔神エギルが加護を与えん。師に従いて精進せよ』
──エギルぅぅぅぅぅ! そんな演出すなぁぁぁああ!
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王城の奥でノート達や王族ががそんなやり取りをしている頃、宮廷魔導師の席次達が王宮内に有る魔導師団の会議室に集まり、会議が行われていた。
「──では席次の順が変更されると言う事ですか?」
「そうだ。ミスリア王女殿下はこの度正式に我が宮廷魔導師団の任を辞し、野に下って冒険者のパーティである『スレイヤーズ』のリーダー、ノート殿に師事される事になった」
「「「ノート?!」」」
「あれか?! 今噂の迷い人!」
「え? 確かセリス様も入っているとか言ってたあの?」
「なんか、セリス様以外全員嫁さんだって……」
「何だそれ! 俺なんか嫁どころか彼女も──」
「静粛に!!」
最後に告げたオズモンドの言葉によって会議室が俄にざわつき、話が変な方向へとずれ始めた途端、議事進行が長机を叩いて一同を黙らせる。今回の議事進行役はミネルバ・ノーザンライト。宮廷魔導師第二団副団長を務め、団長であるハッセルの面倒も甲斐甲斐しく務める、容姿淡麗、頭脳明晰。傍目で見る分には全く非の打ち所がない。そんな彼女が議事進行を行えば、私語など起こるわけもなく、ただ淡々と会議は進んでいくのである。唯一の例外を除いて。
「──あぁ、ちょっと聞きたいんだが」
彼女が話を進めようとした瞬間に、その例外が口を挟んでくる。整った眉をピクリと跳ねさせながらも、黙って彼女はどうぞと促す。
「何かね、ハッセル」
「あぁ、いや。大したことじゃ無いんだが、つまり王女はお前さんの指導ではダメだったと?」
──部屋全体の空気が固まる。
長机は席次順に並んではいるが、団長達は長机の両端に各々座っている。つまり彼らの話は席次に選ばれた全員を挟む形で行われているのだ。そこでまさかの爆弾発言。オズモンドは現宮廷魔導師筆頭。つまりこの国での魔導師の頂点とされているのだ。その彼に師事していたミスリア王女と言う、これまた国の頂点から数えられる人間が、唯の一冒険者である男の方に乗り換える事になったのだ。確かに聞けば其の者は普通の者ではない。しかし、しかしだ。曲がりなりにも魔導師としてこの国の頂点と言って差し支えないオズモンドを差し置いて、身分のない一平民に一国の王女が弟子になるというのは、如何な物なのか。長机の途中に居並ぶ者達には言外にそう言っているのだろうと考え、オズモンドの返答をただ黙して待つが、その返事が一向に来ない事に困惑し、そろそろとゆっくり首を捻って見れば、有ろう事かオズモンドは俯いていた。
一同はその姿を見て慄いた。あのオズモンドである。宮廷魔導師筆頭として、どんな時でも凛とした姿で堂々と胸を張っていた彼が、ハッセル第二魔導師団長の言葉に窮する等とは微塵も考えていなかったのに。一体何が有ったというのか? しかしてその答えは彼の次の発言によって更に混迷を極める。
「──ミスリア王女に魔神の加護ぉぉぉぉお!?」
──何故かエギルの神託は、オズモンドにも届いていた。
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