第16話 交錯して行く意図と糸
「──え? 猊下から秘匿通信文が?」
ここはハマナス商業連邦評議共和国内に有る中央評議会館の一室。そこに用意されている賓客用の執務室内で、使いの者が持ってきた魔導通信の電文を受け取ったコルテボーナ枢機卿は困惑していた。ここに居る事が知られていることは問題ない、いや当然だと思う。何しろ此処にいるのは教皇様の命だからだ。だがその最中に態々私の所在が露見するような魔導通信など、今まで唯の一度もない。その理由は唯一つ。
……審問機関の中でも枢機卿は異端審問に属する影の部分なのだから。
訝しながらもその文を受け取り、使いを下がらせるとドアの鍵を締め、机に座って封緘を切る。中には白紙の紙が一枚同封されているが、秘匿文の当然だ。その紙の端にあるマークに魔力をそっと流す。一瞬陣が浮き上がった後に出てきた文を読み進めると、彼の顔は知らず、険しいものへと変わっていった。
読み終えた文をじっと見つめ、苦い顔のまま彼はきつく目を閉じる。暫し黙考の後、その文に更に魔力を流すと、手紙は一瞬にして燃え尽きた。
「──そうですか。とうとう、お始めになられると言うことですか……」
誰もいない部屋でそう呟いた彼は、机に置いた呼び出しの魔導具を鳴らした。
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ハマナスの中央都市に有る街区の、最も外れに当たる外周部には所謂庶民街が所在し、暴利な酒場や娼館等と言った場所も存在している。昼から酒を飲み管を巻く者や、スラムにいるような者達が出入りする。そんな街区の端に、一風変わった酒場が在った。店の入口には看板はなく、一見すると何の店かはわからない様になっている。
そんな入り口に夕暮れ時にも関わらず、フードを目深にかぶった風体不明の何者かが躊躇することもなく入っていく。
入り口ドアを開けるとすぐに階段となっていて、少し降りるとそこにはまたドアが有り、そのドアを潜って初めて店内になっていた。店自体はそこまでの広さはなく、入り口から見て右側にはカウンターが有り、その対面には申し訳程度のボックス席が幾つか並んでいた。フードの人物は入ってすぐにカウンター越しにこちらを見つめる、大柄で無表情な男に近づいて行く。
「──……マスター、済まんが食事を頼みたいのだが二人用の席はあるかね」
フードを目深にかぶった男はそう言いながら、カウンター越しにいる無表情な大柄のマスターの前に千ゼム札を置いて話しかける。
「──ここは酒場で飯屋じゃねぇ。飯が食いてぇなら三件隣の店だ」
ちらりと置かれた金を見ながら、顔色を変えずにそう言ったマスターの前に更に一枚千ゼムが増える。
「……この店の腕がいいと聞いてね。サムさんの料理がどうしても欲しいんだよ」
その名を聞いたマスターは片眉を上げて置かれた札を受け取ると、顎をシャクって奥のボックス席を示す。
──仲介屋。
表に出せない仕事や、いわゆる汚れ仕事を請け負ってくれる人間を紹介するのがこの店だ。それだけの店ならばどこの街にも幾つか存在するだろう。だがこのハマナスには、此処にしかその店は無い。理由は一つ。
裏稼業でありながら、ハマナス商業連邦評議共和国が暗黙的に認可している組織【ハマナスギルド】ここはその正規の受付の店なのだ。しかしながら大手を振って表沙汰に出来る店でもないために、こういった面倒極まりない符丁のやり取りを行わなくてはならないのだが。
「少し待ってな」
マスターの指示した席に座り、周りを見ることもなくじっと動かないフードの前に、いつの間にか現れたエプロン姿の特徴がない男。手に持った盆には水の入ったマグとちょっとしたツマミのようなものが乗っている。それをフードの前に並べると、何も言わずに対面の席に腰掛ける。
「サムさんでいいのか?」
「──お好きなように。それで、内容は?」
「手練を五人か六人、特徴はなしで。七日で準備できるか?」
向かいに座った男に目線を合わせることもなく、フードの影から低い声で要点だけを言ってくる男。向かい合ったサムはその風体と所作から相手の事情を見取っていく。いわば彼は交渉人。
「……フム、こりゃまた難しいね。──まず、何の手練が必要なんだい? 壊し? 潰し? 失せ物探し? 消し? それだけで人選は千差万別だ。それと最初に言ったが俺が聞いたのは内容だ。人数じゃねぇ。内容で人数はこちらが決める」
喋り始めは諭すような声音で、後半部は問い詰める口調で低い声音。それに対してフードは動じることなく一枚の紙を彼に手渡す。
「……なんだ、口頭じゃなく紙にでも書いて──! ……少々お待ち下さい。オーナーへ取り次ぎますのでこちらへ」
受け取った紙に書かれていたのは、言葉ではなく唯の印。──聖教会の御璽。つまりは教皇スイベール・ヘラルドの勅命を示す物。流石に一介の受付係である彼に担える物ではない。すぐさま態度を改めると彼はフードを伴って、店の奥から更に地下へと繋がる階段を下っていった。
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──……はぁ~。まさか休憩もなしで図面を書かされる事になるなんて。
この魔導船がドックに入港するまでは国王や色んな偉い人達に囲まれて誰も俺達には近づかなかったのに、ドックで全員が降りた途端に俺とセリスとミスリアの三人は衛兵とゲインによって、この巨大なドックの横に併設された工房のような場所へ連行された。訳が分からず話を聞こうとゲインさんに声をかけると、ミスリア王女が俺を捕まえ、セリスが颯爽と俺達の前で宣言しやがった。
「聞け! 我等はスレイヤーズ! あの『迷い人』ノートが率いる冒険者じゃ! 当然知っておると思うがこれからこの場所で新型魔導車の制作を行う! 先だって素材の注文はしておいた。用意はできておるか?!」
その宣言の後はあれよあれよと言う間に素材や物が集まり、それに連れて当然のように職人が集まってきた。部品や素材の説明、ブロックごとに部品を作るメリットや機能面の説明から機構の概念や設計思想、構造説明まで。もう無理だと思うほどに説明した頃、ゲインが何人かのドワーフを引き連れて再登場し、工房奥の製図部屋に監禁されて現在に至る。
「──ねぇ、確かに教えると言ったよ。でもさ、こんな急にはキツイです! ちょっとくらいは休憩させてよ!」
「……いや、儂もそう言ったんじゃがな。王女様とセリス様が……。流石にあのお二人に言われると、どうにもならん。それに中央の件もあるしの」
《マスター、図面作成ならお手伝いできますよ》
「おお! そうだった! こんな時のためのマニピュレーター! さっそく量産型の方を頼む!」
そう言って俺の右肩あたりから現れたシスにゲイン以外のドワーフがどよめきと驚きの声が聞こえたが、説明はゲインにぶん投げて、俺はシスと一緒に図面を起こしていった。
結局、シスとあれやこれやと調子に乗ってしまい、翌日には新たな図面が何枚も出来上がってしまっていた。
「──コヤツも大概おかしいやつじゃ」
製図室でぶっ倒れて寝コケている俺を見ながら、ゲインは一人呟いた。
◇ ◇ ◇
「ノートさん大丈夫でしょうか?」
「──身体的には問題ないはず」
「おいシェリー! お前が大丈夫と言ったから、信じたんだぞ」
王城の貴賓室に案内された『奥さんズ』はそんな事を言って責任を擦り付け合っていると、サラとマリーがキャイキャイ騒ぎ始める。ジゼルがどうしたのかと訝しがると、高位精霊のハカセがサラに説明してやれと、諭して聞かせる。
「あ、あのですね。外に沢山の精霊さんが集まってきているですぅ」
それを聞いたセーリスがふと窓を見やると、窓枠に沢山の精霊達がこちらに来たそうに集まっていた。
「……あぁ、花園に集まっていた者達だろう。ハカセたちの気配に集まってきたんだろう」
そう言いながら彼女が窓を開けた途端、一斉に精霊達が入り込み、部屋中に花の香りが広がった。
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