第15話 巡る意図
ハマナス商業連邦評議共和国の入門口はその全ての出入り口が毎日長蛇の列で賑わう。人の出入りは勿論の事、特に商材やそれを積んだ大型のキャラバンが夜を徹して長蛇の列を成し、その街道には屋台や簡易な湯浴み場が出来るほど。
そんな行列を横目に見ながらマキアノ商会は衛兵隊が付き添い特別な門から街へと入っていく。
「おい、あの魔導車はなんだ?」
「え? アレが魔導車? 荷車じゃねえのか」
「バカ、馬が引いてもない荷車があるかよ」
「薄っぺらい魔導車だなぁ」
「あれか?! エルデン・フリージアで発表された新型の魔導車ってのは」
「え? じゃあなんで帝国から来るんだ?」
長蛇の列に居並ぶ者は、その奇妙な形の魔導車に釘付けとなり、見たものは端から噂を流していく。ハマナスの衛兵が先導する魔導車に続き大型の魔導車と並んで進むその車は異常なまでに天井部が低く、乗車部の前方に箱が飛び出し、その車全体を薄い金属が覆っていた。前方から後方にかけて流麗な形をしており、いかにも速そうな見た目をしていた。
「──……商会長、やはり注目の的になってしまいますね」
「ふん。まぁ、仕方あるまい。これは宣伝にも十分効果が見込めるしな。堂々と入場すれば良い」
別名を『貴族門』と呼ばれる特別なその門前には商業ギルドのグランドマスターと、錬金ギルドのグランドマスターが並んで帝国からの魔導車を待っていた。
「──フム。アレが帝国ご謹製の新型魔導車ですか。確かに見た事もない姿形をしていますね」
商業ギルド、グランドマスターのユングがそう言いながら魔導車を眺めていると、錬金ギルドのグランドマスター、ジュードが自慢気に語り始める。
「でしょう。流石は軍事大国としても名高い帝国ですな。車体その物を鉄の板で覆い、風の抵抗を低減? でしたかな。その為にあの背の低さと流麗な形をとっておるそうです」
……ふぅ、此奴は一体どれだけ小銭を掴まされたのだろうな。さすがの儂でもここまで露骨に言われれば分かってしまうと言うのに。……ジュードの出身は帝国の隣国だったリットンと聞いたが。最後まで抵抗激しく戦った対帝国の急先鋒と言われていた国の者が、そこまで称賛するとはな。時代なのか、それとも意図ある事か。まぁどちらにしても此奴はまだ聞いていないようだな。
「──そう言えば今朝の魔導通信の件聞きましたか?」
「は? 魔導通信ですか……? いえ、朝一番でここに直接向かいましたので」
「……そうですか。ソレは残念です。実は今朝一番に緊急でエルデン・フリージア王国の冒険者ギルドから連絡が有ったんですよ。エルデン・フリージア王国にノート殿が国王と共に到着し、魔導車をその場で指導しながら製造に入ったとの事です」
「──は?」
「よって、貴方の出された嫌疑については保留となりました。魔導車の現物確認についても、十日程で完成、試走を兼ねてこちらに持ち込まれるということです。『新型レシーバー』と一緒に」
「──……し、新型? あ、あのレシーバーの新型ですか?! ソレは一体?!」
「詳しくは聞いていませんが、魔導車は小型タイプの量産型と聞いています。レシーバーの方は、複数台での通話が可能だとか……」
その言葉を聞いたジュード・キンベイは思考が一瞬停止する。──いつの間にそんな物が造られたのだ? 一切話は入っていない。一体間諜は何をしていたと言うのだ?
「い、一体いつ造られたものなのですか?」
「さぁ、詳細はまだ聞いていませんが。……とにかく、私は確認しましたのでこれで失礼いたします」
ユングはそれだけジュードに伝えると興味を失ったように目線を門に向けてさっさと戻っていく。その背中を呆然と見つめていると、横に居た兵士の一人がジュードに向かって、到着されましたよと声を掛けてくる。慌てて表情を戻しながら振り返ると大型魔導車の後ろに追走してきた新型魔導車の窓が開き、マキアノ商会長がにこやかに挨拶をしてきた。
「──どうも、お初にお目に掛かります。えぇと……ユング様でしょうか?」
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商人ギルドのグランドマスターと、錬金術師のグランドマスターが入門口へ帝国を迎えに出向いた頃、魔導通信を受け取ったギルド会館は大騒ぎになっていた。
「──おい! これは本当のことなのか?!」
「し、新型を持ってくる?!」
「だから返事が遅れていたという事なのか!?」
「信憑性が段違いになるからな」
「……では、やはり迷い人の話は」
「どうするんだ!? このままでは面子どころか派閥自体が」
事の真相がたった一枚の通信文でひっくり返ってしまう。今朝のそれこそさっき迄、錬金ギルドは発言権を得るために派閥を増やすのに躍起だったのが、今は事実確認のために右往左往している。風見鶏を決め込んでいた連中はクルクルと首を回し始め、あちらこちらで様々な流言飛語が撒かれていく。
「──馬鹿どもが今頃泡食ったように騒ぎ散らしおって。俺は最初に言ったはずだぞ。『異界の者は東端に現る』とな」
部屋の外の喧騒を聞きながら、執務机の椅子に深く腰掛けて呟くのは、冒険者ギルドのグランドマスター、ドナルド・カード。
「確かにそうですな。……しかしそれにしても新型の量産用魔導車に複数通話可能なレシーバーとは。今回の騒動、急転直下になりますかな」
「──……さぁな。そんな煩わしい事は別のことでやりあって欲しいものだ。よりによって【迷い人】をダシにするなど、言語道断も甚だしい」
「所詮は現場の荒事を体験したこともない人間が言う言葉です。上辺をただ滑っていくだけでしょう」
執務机の正面に備えられたソファで、部屋付きの者が入れた珈琲をゆっくりと飲みながら魔技師ギルドのグランドマスター。キッシンジャーがそう応える。
「ふん。それで、用件とは何だね? 言っておくが迷い人をここに呼ぶという話なら勘弁してくれ。こちらは彼をもう既にミスリル認定しておる。王都のギルドで正式に認定されるからこちらに来いという強要は出来んぞ」
「いえいえ。その件についてはこちらも異存ありません。彼はマルチ属性の魔導師としても認可されていますしね。魔石充填に関しても類を見ないとあのセリス様からお墨付きを頂いておられる。私共の方もミスリルの認可を下していますから」
「フッ……やはりそちらも既に内情は把握済みという事か。相変わらず根回しの早さと保守に長けているキッシンジャー殿らしいな」
「……いえいえ、『まずは聞く事』が大事ですからね。よく聞いて何が一番大切か。その判断の見極めこそが大切だと思っています」
「フフフ。フハハハ! 相変わらず愉快な返答だな。まぁ良い、約束を違えぬならこちらとしても是非もないのでな」
「……えぇ、聖協会の方にも繋ぎは出来ていますから」
「──ほう。聖女の部隊と繋ぎが取れたということか?」
「はい。体の一部を欠損した者が最近の作戦で出た様で。特殊義手を──」
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「ドーラシスターおかえり~!」
「はい、ただいまですよ~。はぁっ!」
瞬時に風に撒かれた男の子は、カサンドラの尻に近づけずに、奥にある砂場に埋まってしまう。遠巻きに見ていた他の子供達は、その儀式が住んでから一斉に彼女の側にまとわり付いて行く。
「おかえり~!」
「おかり!」
「ね~ね! だっこ!」
「ハイハイ。順番ですよ~、あ、これ今日の分です。お願いしますね」
「いつもありがとうカサンドラさん」
「いえいえ、シスターでは無くなりましたが、ここで世話になっているのは変わりませんから」
特殊な義手の着けられた左手に持っていた紙袋一杯の食事を、孤児院のシスターに手渡しながら、カサンドラは綺麗な笑顔で笑っていた。
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