第14話 着々と
──エルデン・フリージア王国、王都。
エルデン・フリージア王国の最も北西部に所在する国内最大の都市。虹の王城と呼ばれる色とりどりの花が咲き誇る、この中央大陸において二番目に美しいと称される城を中心とした城郭都市である。ハマナス商業連邦評議共和国に有る聖教会に劣るが、その城を中心として広がる巨大な城郭や統一の取れた建物群は、ハマナスのそれとはまた趣の違う、優雅でありながら清楚なイメージが持てるものだった。
現在俺達を乗せた魔導船は、その王都上空を旋回するようにして発着場へと向かっていた。高度にして約五百メートル程度の高さから望む王都は正に絶景とも呼べる景色を見せてくれている。艦橋デッキから上部甲板へと降りた俺達はその絶景を眺めながら、デッキ部分を散策していた。
「──へぇ、全体的に揺れがないのはスゴイ安定感が在るな。それに結界が張られているから風に飛ばされる心配をしなくていいな」
《そうですね。姿勢制御には何が使われているのか興味があります……それにこの結界は──》
「……なんじゃ、やけにシスが饒舌になっておるのぉ」
「そうですね、この船に乗ってからかなりノートさんにあれこれ聞いていました」
「魔導具の事が余程気になっているみたい」
「あぁ、私が言った異界人の技術がどうしても見たいと言っていたな」
「サラちゃん! 地面があんなに遠いよ! スゴイねぇ」
「たたたたた! 高いですぅぅぅぅう! マリーちゃん! 離さないでぇ!」
デッキ部から下を覗き込んだマリーは喜び、サラは高度に怖がってマリーにしがみついていた。セリスやキャロ達は俺の横でメインカメラをキュイキュイ言わせながら、色んな場所を記録し喋りまくっているシスのことが気になるようで、こちらを見て珍しそうな顔をしている。
(シス……どうだ? 何か解ったか?)
《見る限りでは、この世界で作られる素材ばかりですね。やはり機関部を見ないとなんとも言えません》
やはり当然の如く異界の技術は気になっていた。だから国王に機関部を見せて欲しいと言ったのだが、稼働中は無理だと言われた。聞くと、その部分は稼働中常に魔素を吸い続けているので誰も近づけないとの事。……それを聞いてふと疑問に思ったのだ。
──古代術式の魔素吸引と同じ?
シスもどうやら同じ答えに行き着いていたようで今回の事は二人だけで行う事にした。ハカセは気づいているだろうが、キャロやシェリー達のポンコツ役者ぶりをシスが説明したらしく、黙ってチビ達の保護を優先すると言ってくれた。
「──……やはり外装やその他の部分についてはかなり補修されているから、ほぼ今の世界標準って所だな。やっぱ肝心の心臓部を見ないとなんとも言えないな」
「……ドックに着けば機関部の見学はできるように頼んでおきますよ」
「うきゃぁぁぁ!」
側に来ていることは知っていたが、まさか耳元で囁いてくるとは思っていなかったのでつい、変な声が出る。
「み、ミスリア! 距離感! もうチョイ離れて!」
「……何故ですか? それよりも皆様に言わなくて良いんですか?」
「──その事はもう説明しただろ。彼女達のポンコツっぷりを」
「えぇ。その事については理解しましたが」
「君はそういうのには慣れてるはずだからな。駆け引きや小芝居なんて日常茶飯事だろうから」
今回、ミスリア王女だけには事前に話をして手伝って貰うことにした。彼女のコネがあれば、ほぼどこにでも顔パスで入れるのは勿論のこと、何か有った時の連絡役に持って来いと考えたから。そんな事を考えながら歩いていると、キャロ達から入港準備に入るから艦橋に戻って欲しいと連絡が入った。
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エルデン・フリージア王国内には王国直轄領以外にも幾つかの領地が存在し、公爵を始め、侯爵、伯爵領といった名のもとに自治が認められている。最西部には王都が有り、そのすぐ南東部を公爵領更に東は侯爵と続くが、王国直轄領の真東と北東部から先は伯爵領が続いていた。エリクス辺境伯領は国内で王国直轄領に次ぐ大きさを誇るが、王都から最も離れており、その上半島のような形になっていた為、エリクス街のある領域以外は土地が繋がっていなかった。伯爵領は現在八箇所あり、その土地の大きさはほぼ同程度だが、未開地域がすべての領に含まれている。なにしろ土地面積が膨大なのだ。開拓は進めどそこに住む人間がいなくては意味がない。これはこの世界では常識だ。故に大きな街やその周辺以外に人の住む地域は少なく、町や村等といった集落は開拓村以外はほとんど密集した形で形成されている。
そんな伯爵領の一つ。エリクス辺境伯領の南西に位置し、土地的な接続もエリクス領の南側に有ったのがダリア伯爵領だった。そう、だったのだ。現在この土地の所有権は王国にあり、この領を治めていたダリア伯爵家は、フィルセスタ子爵を発端とする奴隷復権派の黒幕の一人とされて一家断絶、親戚縁者三親等までの爵位没収となってしまった。それ故街の再編や施設の捜査など、領内はとてもゴタついていた。特に伯爵はその奴隷を集めて居た闇奴隷商人と繋がりが深かったらしく、町や村以外にも集落や放棄された場所に幾つもの施設を作っていた為に捜査自体が難航して半ば諦められた場所も幾つか在った。
そこはそんな放棄された村の一つであり、最も王都側に存在していた。
一台の魔導車が土埃とともに現れ、朽ちた村の中をゆっくりと進んでいく。やがて中心部に在る広場のような何もない場所に停車すると、男たちが降車する。
「……なんだここ。まるっきり廃村じゃねぇかよ、まさかまた一から──」
そう言いながら周りを見回し、げんなりとした表情を見せたベイルズに、続いて降車したネヴィルが声をかける。
「いや、ここには既に手が入っていると聞いたが? どうなんだゲール?」
後部座席から最後に降りてきた偉丈夫はそんな彼の言葉を聞きながら、運転席に座った案内人から何かを受け取る。
「──……こういうふうに造ったのだ。だからこの廃墟は初めからこうだ」
その言葉を聞いた二人は、一瞬キョトンとする。廃墟を態々作った? 何故? と思いながらゲールを見やると、彼はおもむろにそこにある崩れかけた魔導器にカードを挿す。
”ブウウゥゥゥゥゥウン”
カードが差し込まれた瞬間、景色が一変する。崩れた廃墟が小さな小屋に変わったのだ。コンクリートで塗り固めた様な正方形をしたその小屋にはただ一箇所のみにドアが取り付けられていた。
「ここの本来の建物は全て地下に存在している。この魔導器も唯の魔導器じゃない。行くぞ」
──そう言うと、ゲールは当然のようにドアに手をかけてその扉を開く。
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「──秘書官に任ぜられた?」
「はい、その為誠に遺憾ではありますが、ご同行につきましては不可能となりました」
やはりと言うか、オッペンハイマー枢機卿は翌日すぐにジェレミアを同行させてエルデン・フリージアに向かいたいと申し出てきた。それを聞いた彼は指名書を彼に見せて行けないことをはっきり伝える。
「何故だ! その様な話、昨日の時点で出ていなかったでは無いか! そなた、なにか画策したのか?」
「何をおっしゃいますか! これは聖女様直々のお話です。聞けばここ最近の聖女様への嘆願とも取れる様な書類が目に見えて増えたとの事。故にそれを憂慮された聖女様のご判断に、枢機卿は物申されるというのですか?」
正に寝耳に水の話だった。自分はどの派閥にも入っていない、だからどんな時でも自由に動けると考えていた。ジェレミア大司教が聖女派であることは知って居たが、まさかここでこの様な形で彼を徴用するなどとは露ほども考えていなかった。……どうする、このまま一人で動き始めるか? だがそれを行えば目立つことは必定。オッペンハイマーが逡巡していると、ジェレミアが諭すように話しかけてくる。
「オッペンハイマー様、今は動かぬほうが得策と愚考いたします。猊下の真意を問いたいお気持ちは判りますが、神前審問の前にその様な事をすれば、いかに正当な理由があろうとも、叛意有りと言われては目も当てられませぬ。今一度熟慮なさいませ」
その言葉が決定打になったのか、熟慮で歪んでいた眉が落ち着いたかのように元の位置へと戻っていく。
「──……そう、だな。確かに大司教の言うとおりだ。まずは神前審問を受けねばならんな」
「はい。そうすれば、発言の機会が在るやもしれません。今は辛抱のときです」
◇ ◇ ◇
「いかがでした?」
「はい、なんとか受け入れて審問を受けると」
「……そうですか。なんとか一段落ですね」
オフィリアはジェレミアからの報告を受けて、ソファに深く座り込む。ハイネマンの行方不明についてはこちらも間諜を使って調べては見たが国境付近で掻き消えるように痕跡が無くなっており、それ以降は終ぞ見つけることは叶わなかった。
「──……ハイネマン枢機卿はおそらくもう、この世には居ないのでしょう」
──ジェレミアの言葉に、彼女が応えることは無かった。
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