第7話 昔とった杵柄
翌日の午前九時頃──。
カデクスの聖教会前には国家調査団の車列が並び、その周りには街の衛兵隊がずらりと整列していた。
先頭に停まった魔導車の扉が開くと一斉に整列していた衛兵隊が長靴の音を響かせて足を揃え、左腕を胸の少し下で水平に上げて注目する。
魔導車から初めに降りてきたのは国家調査団団長の宮廷魔導師筆頭である、オズモンド団長。次いで降車するのはエルデン・フリージア王国第二王女であり、且つ宮廷魔導師副団長を務めるミスリア王女殿下。二人が降車すると同時に、並んだ魔導車から続々と調査隊隊員が一斉に降車し、駆け足で整列していく。
その車列から少し離れた場所に停まっている三台の馬車からは、俺達スレイヤーズの面々と辺境伯と男爵達が降車する。
「…うへぇ、なんで偉い人達が来る時って、肩が凝るような儀式っぽい事するんだろうな。面倒極まりないんだが」
「ははは、そうですな。まぁ、ここまで大袈裟にするのは国家の仕事を街に委譲するのを喧伝する為の物でもありますから」
「そうだな。こうすることで周りにいる者達も、この教会に衛兵が出入りするのを咎めたり、穿ったりする者も減るでしょうから」
俺の言葉に二人の為政者が苦笑いをしながら本音をこぼす。……なるほどねぇ、あくまでも表向きには国からの仕事をただ引き受けるように見せかけて、本当の部分は隠すって事か…。
そんな事を考えながら、俺は教会の周りを見回す。教会前の大通りの対面や隣接する建物の側には、野次馬がかなり集まっていて、ことの成り行きをワイワイ言いながら見ている。…ふと昔の記憶に有った選挙演説の光景とダブって見えた。
──…あぁ、結局人の心理って言うのは同じなんだ。
集団心理? 群集心理? そこに集まった人間を扇動する事で思い通りの方向へ誘導する。プロパガンダそのものだな…。これによって、教会はこの街の衛兵隊を拒絶できなくなるし、抗えば街の住人の不信を買ってしまう。しかもバックは国家だ。…これが清濁ってやつの一端なんだな。
「…ノートさん、どうかしました?」
俺の心理状態が顔に出たのか、横に居たキャロが側で小さく聞いてきた。なんでも無いよと笑顔で答えて、気を取り直す。…結局そんな事は些細な事だ。俺は俺のやりたい事の為に動く。
「…諸君! 本日はよく集まってくれた。これよりここ聖教会カデクス本部に於いて国家調査団としての──」
オズモンドさんの大きな声が何故か遠い声に聞こえ、その文言はただただ聞き流されていった。
◇ ◇ ◇
「──…ではこれより階下に進入し、作戦を決行します。国家調査団の皆さんは打ち合わせ通り、この部屋と隣の部屋の改装、及び警護をお願いします。突入部隊は気を引き締めてお願いします」
──…前回と同じ要領で、石で出来た階段を嫌になるくらい降りたところで最下層に辿り着くと、書架や編纂室をスルーして突き当りの場所へ真っ直ぐ向かう。
「…いつ来てもいい雰囲気の場所ではないわね」
「…まぁ、ここに生きているのは私達だけだもんね」
「…ここには精霊の欠片も感じんな」
「…えぇ、精霊術が働きませんね…ただただ清浄で空虚な感じだけが漂っています」
「…え?! まじで? それって大丈夫なのか?」
セリスとセーリスの言葉に慌てて行軍を止めて話を聞く。
「…なにがじゃ?」
「いやいや、精霊が全く居ないってことは、二人の精霊術が使えないってことじゃ?」
「……何を言っておるんだ? 魔術は普通に使えるから問題ないぞ」
「えぇ、この場に精霊が居ないだけで魔素やマナは普通に存在してるわよ」
「…あ、そうなの? じゃあここに精霊が居ないとどうにかなるって事はないの?」
「…別に、ないぞ。それに精霊が居ないのは珍しい事でもない。不毛の大地や枯れた泉など、精霊が住みにくい場所には居着かんからの」
「ここは、清浄過ぎて精霊にとって居心地が悪いんだと思うわ。生命が感じられないんだもの」
「あ…あぁ、そういう意味で居ないだけか。良かった」
彼女達の言っている意味が理解できてホッとした。ここには生命の活動が感じられないから、精霊が居ても意味がないのだと理解できた。精霊は自然界の力。生命の源みたいなものだから。…ここはそういうモノが一切無い場所だからな。
「…だ、大丈夫だという事でいいかね?」
俺達の話を聞いていたオズモンドさん達が遠慮がちに聞いてきたので大丈夫だと言って行軍を再開、すぐに目的地に辿り着いた。
「さて……じゃぁ、ここからは俺達で行ってきます。皆さんはここで大扉の方の準備をお願いします」
そう言って、スレイヤーズの皆だけで移動しよとすると普通に王女がついてくる。
「ミスリア様は向こうで──」
「私は、ノート様の弟子です!」
──…ごめん。今はダメだ。
一瞬だけ目に力を込める。……悪いがごちゃごちゃしたくなかった。王女はその場でぺたんと座り込み、真っ青になって俺を見上げる。
「…さぁ、王女様。今は下がりましょう。…ノート殿、こちらはおまかせを」
ミスリア王女を支えたオズモンドがそう言ってくれたので軽く会釈をして、振り返らずにカタコンベへの入口に向かった。
◇ ◇ ◇
「──…私はまだ足手まといという事ですか」
「そうではないとは言いません、ですが彼らは未だ我等を信用していない。…恐らくは我等の知らぬ秘密をまだまだ持っているのでしょう。姫殿下、彼に付き従っているビーシアンをご存知か?」
「え? …エクスの元受付嬢達でしょう。セーリスさんはギルドマスターだったと記憶していますが」
「えぇ。この国に来てからの彼女達の肩書はそうです。ですが彼女らの出自はご存知か?」
「出自?」
「……彼女達はシンデリス内戦時に最も恐れられていた開放特殊部隊の生き残りであり、我等が知る犬人族や猫人族ではない。最も聖獣に近い力を有していた始祖種、人狼種と人猫種です。そんな二人を妻とし、精霊王の子孫すらをも娶っている。…つまりそれだけの力を有しているのです。我等など歯牙にもかけないほどの……。私の畏れなど、とっくに見透かされているでしょう。悔しいですが、今の我等では彼の足元を見ることすら叶わない程の高みに居るのでしょう。神の恩寵か、それとも自身のお力かは解りませんが」
「……故に、国には頼らぬという事ですか」
「だけではないのでしょう」
「どういう事です?」
「あの方はまだ知らないのですよ…この世界を。この世界に降りてまだ数ヶ月…たまたま来たのがこの国だったと言うだけです。何もかもが違うこの世界で、まだ知らない場所で、いきなり国との繋がり等は持ちたくないというところでしょう」
「………なるほど。そうですわね、知らないと言う事ほど怖いことは有りませんものね。そう…何も知らない…フフ、うふふふ」
「……どうなされた?」
「フフフ…いえ、大丈夫ですわ」
そう言って笑いながら立ち上がった彼女を見ながら、オズモンドは何故だか背中に寒い物を感じ、振り切るように調査隊に指示を出しに戻っていく。
──…お師様…力は叶わなくとも、ミスリアには生まれの力がありますわ。
◇ ◇ ◇
「──…ブルッ! うおっ、なんだ? 寒気がしたぁ」
「なんじゃ? 冷えたのか、小用ならば──」
「違うわ! 感覚的にだよ! 年寄り扱いするな!」
「何を抜かすか、とっちゃん坊やめが!」
「はいはい! もう、こんな所でやめなさい。セリス様も乗らないでください」
呆れたようにシェリーに諭され、なんだかバツが悪くなって前を見ると丁度、階段が見えてきた。
「──…おっ、セリス、階段下に設置するのか? それとも物理的に塞いでからがいいか?」
「ンム…。シェリーこの壁を土壁で埋めることは出来るか?」
「……永続的にと言われると不可能ですね。魔石を加えても枯れれば同じですから」
「…じゃなぁ。下手に崩すと崩落しかねんしな…。ノートならどうじゃ?」
そう言われて考える。確かに現象としてなら魔術で土を動かせば埋めるのは簡単だが、シェリーが言うように魔力が消えれば土砂に戻って崩れてしまう。…ならその土その物を構造変化させれば…。
《マスター。その考えはしないほうが良いと思います》
「え? どうして?」
「ん? なんじゃシス、こ奴また妙な事を考えておったのか」
《……えぇ、土自体の構造を組み替えようと》
「は? 土自体のなんじゃ?」
シスの言葉の意味が通じなかったのか、セリス達の頭にクエスチョンマークが出たので、説明をした。要するに土自体の構造を周りの壁と同様にコンクリート化しようと伝えた。
「──…はぁ~~。阿呆なことを考える奴じゃな」
「なんでだ? そうすれば一体化するから完璧に塞げるじゃん」
「…さっき言ったことをもう忘れたのか? ここには精霊が存在しないと言った事を」
「え? それと何の関係が」
「精霊は力そのもので、自然だ。つまり土には土の精霊が宿っている。それが居ないこの場所で土に変化が出来ると思うか?」
ん? 構造を知らない……あ、そうか。この世界はその辺はアバウトだった。土壌には様々な物質が内包されている。その物質を変化させれば、土だって含有率の変更で変わるはずだ。
俺は皆の見ている前で土を一握り集めて鑑定を掛け、そのまま改変していく。土に有る不純物を取り除き、セメントの主成分である石灰と粘土を生成し、そのままブロック状に焼成し完成させる。
「…ほら、これは精霊の領分じゃなくて錬金の要領で作れるんだよ」
《マスター。それは地球の知識でしょうか?》
「ん? あぁ、俺のしていた仕事でセメントの取り扱いがあってね。成分を知っているから、土にはちょっと詳しい…どうしたの?」
──…眼の前でポカンと口を開けた皆が俺と手のひらに載せたブロックを交互に見ていた。
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