第3話 嫌疑
「──…それで、マキャベルリはもう出立したのか」
ゼクスハイドン帝国の質実剛健な執務室で、カルロス・ド・ハイドンⅧ世皇帝は、宰相ルクス・ド・ハイデマンに聞いていた。
「……は! 昨日のうちに手勢の者を連れて既に」
「そうか。小回りの効くアレは使い勝手が良い。それに比べて……。お前のあぶり出した三人のどれが皇妃にすり寄っているのだ?」
「──…現在証拠集めをしているのですが、恐らくは大公家の…」
「ふっ…やはりフェデリコ・ド・リットンか」
──ゼクスハイドン帝国の生い立ちは侵略の歴史で始まる。
西に在る少国家の一つであったその国がその軍事力を持って周りの国を併合していき、アナディエル教皇国の後ろ盾を得て強大に成り上がって行った軍事大国なのだ。故に併合によって呑み込まれた多くの少国家の指導者達は自治を貰ってはいるものの、当然ながら帝国に対して腹に一物抱える者も少なくはない。その為に帝国はそれらの血族を取り込むことによって、表向きは国家の末裔の混然化と親密度を上げる度量を見せてきた。本当の狙いはそれらの血を取り込むことによって、人質の意味も含められていたのだが。
それは現代まで続き、現皇帝であるカルロス皇帝も例外ではなかった。彼が選んだ皇妃はその昔最も激しく抵抗し、苛烈な戦を繰り広げた隣国のリットン公国の末裔である姫を妃に選んだ。彼の国は例え最後の一人になろうとも、ゼクスの下には降らないと誓いを立てるほどの国だった。そんな国が折れたのはやはり、アナディエル教皇国が関与してからだった。
そんな来歴から、妃の弟にあたるフェデリコ大公家は、陰鬱な心情を失う事はなかったのだった。
「──…統一が成されてから既に何百年経ったと思うているのだ……既にこの国の純血など探し出すことなど叶わぬと言うに」
皇帝の愚痴のような呟きをルクスは黙って聴きながら、自身の血筋に思いを馳せる。彼の出自はこの国だが妻や母は国が違う。この国の要職に就く者にとってはそれは当然の事でもあった。故に当時その内情までを考えたことなど無かった。それは何世代にも渡って行われてきたこの国の当たり前だと考えていた。
「ルクスよ……。アレは今マリアーベルの件で敏感になっている。くれぐれも暴発させぬよう、気にしておけ」
「……御意」
──…頭を深く下げながら、ルクスは頭痛の種がまた一つ増えていくなと思っていた。
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ゼクスハイドン帝国からハマナス商業連邦へ向かう街道を、二台の魔導車が土埃を舞い上げて走っていた。前を走るのは大型の箱馬車のような物。後方を走るのは小型で流麗な形をした物だった。
「──…この最新型の魔導車は揺れが殆無いのですな。流石といったところですね」
流麗な形をしたそれはゼクスハイドン帝国の粋を結集した最新型の魔導車だった。魔導車協会に登録された最新技術の設計図を基に、彼らの持てる技術を存分に使って造られたそれは、魔導機関を前面部に配し、前輪駆動による直進性を高めた素晴らしい車になっていた。
正式ロールアウトの第二号車に乗っているのはマキャベルリ・ド・エラビス。彼は現在密命を受けて商人としてハマナス商業連邦へ向かって車を走らせていた。
「マキアノ商会長、まずは連邦へ向かうのは聞いておりますが、目玉はこの魔導車で宜しいので」
「──…ん? あぁ、それもあるが今回は仕入れのほうが重要なのだ。その為の彼らだ」
そう言った彼は先を走る大型の魔導車を眺める。前方を走る魔導車には五人ほどの彼の新たな部下が乗車している。彼ら自体は現在チームでは有るが元は個別に生きていた、ユニークスキルを持つ様々な職業を熟していた者たち。
構成された人種も様々でビーシアンが二人にヒュームが二人、そして一人は身長は低いが四肢は異常に発達したドワーフ種が乗っていた。
「はぁ……。私にはよく分かりませんが、種族が混在しているチームなど、我が国では考えられません」
「フフフ…。それこそが今回の最も重要な要素なのですよ」
マキアノはそう言って含み笑いを零していたが、運転手にとっては全く意味がわからず小首を傾げ、魔導車はギャップを難なくそのショックで受け止めながら、走り抜けて行った。
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──イリステリア中央大陸の中心地に存在する最大の国家。ハマナス商業連邦評議共和国。
正式名称は長いためにハマナス商業や、ハマナス商業連邦と略して呼ばれている。この国は先の邪神討伐によって出来た空白地であり、そこを全国家総出で復興させた国の集合体のようなものである。よってこの国は元首や国王等と言った者は存在せず、各国の代表と、各ギルドのグランドマスター達による評議会制を取っており、合議によって国家運営を行っている。
大陸に存在するすべての国家と国境を接しているため、最中央部に都市を置き、周辺都市には各国の出先機関を配して国の優劣を決めないことを念頭に、初めから設計された国家形態をとっている。中央都市には聖教会総本部と中央評議会があり、この国の運営はここで執り行っていた。
各ギルドのグランドマスター達もここに在る総合ギルド本部に在籍し、中央都市はこの大陸で最も栄えた場所になっている。
その会館の会議室の一つでは今、会議が紛糾していた。
「だから! 何故そんな事が今更報告として上がってくるんだ! お前ンとこの支部は一体何をしていたんだ?!」
冒険者ギルド、グランドマスターのドナルド・カードが大きな声でテーブルを叩きながら喚き散らす。現在この会議室には緊急会議の名目で、全てのグランドマスターが集まっていたが、大抵冒険者ギルドのグランドマスターが、色々なギルドに大きな声で噛みついているので、もう大体のマスターたちは慣れていた。
「──…その様に大きな声で言わなくとも聞こえますよ。…ですが、この報告は正規に則った手順を踏んで発行された物であり、期限内にきちんと提出されています。それを今更とは変な言いがかりはよして頂きたい」
現在ドナルドが吠えている矛先の錬金ギルドのグランドマスター、ジュード・キンベイは、涼しい顔で彼の抗議を撥ね付ける。
「──…お二方、ここでその様に言い争っていても仕方ないでしょう。まずは落ち着いてください。建設的に話を進めましょう」
そう言って仲裁に入ってくるのは、魔技師ギルドのグランドマスターである、キッシンジャー・フンボルト。
「……フッ、あなたの言葉でそのお二人が止まると思っているのか?」
突然横から茶々を入れてくる様に話しかけてくるのは、商業ギルドのグランドマスターであり、現在のハマナス商業評議連邦共和国の評議でもある、ユング・ソレイドだった。彼は徐に手元にあったギャベルを打ち付け、騒ぎ合っている者たちを止める。
「静粛に! まずは錬金ギルドの報告を聞いてから議事を進行します。ドナルド殿、ジュード殿も、一旦着席してください。発言には挙手を、私の指名者のみが発言してください。ではジュード殿、今一度その正規の報告書の説明を」
「──…はい、では今一度ご説明いたしましょう。この度エルデン・フリージア王国より出願されました【レシーバー】及び【魔導車】につきまして、盗用の疑義ありとの報告がゼクスハイドン帝国商業ギルドよりございました。よって詳細に調査した結果、出願された日にちが帝国より出されたものに近いことが判明。この件でエルデン・フリージア王国へ問い合わせましたら、後日回答すると連絡の後未だ回答を得られていません。そこで出願された現物を確認のために提出依頼を両国に提案。目下ゼクスハイドン帝国からは現物到着予定の連絡を頂きましたが、エルデン・フリージア王国からはこちらについても未だ返答なしとなっております。そこで提出者であるギルド員ノート殿の詳細情報を開示して頂きたく、今回の議事発案となりました」
「──…フム。…と、言うことなのですが、どこかに不審な点がありますか? ドナルド殿」
「有るに決まっているだろう! あのノートという人間は【迷い人】だとここにいる全員が知っている! ならば当然その者の知識が我等と違うのは周知のはずだ! 詳細情報を出せと言われても、こちらに出頭していない人間の情報など出しようがない。それを強制徴用するだと? 俺はそれに一切同意しない! いいか? ドラゴンを単独討伐したという人間を、どうやって捕まえるんだ? 国家認定のオリハルコンでもそんな事を出来た奴は誰ひとりいないんだぞ!」
話を振られたドナルド・カードはそう言って徴用に反対するが、ジュードはそれを鼻で笑う。
「──…ハンっ…。そのドラゴン討伐? 本当にドラゴンだったのか? 大方、少し大きな翼竜でも狩ったのではないのかね? 大体、ドラゴンなどという生物が生きているのを確認できたのは外海だけだろう? 信じろという方が無理な話だ」
「──ンンッ! ジュード殿、その件については彼が持っている現物を確認すればよいだけでしょう。……それで、その件とノート殿のランク更新に待ったをかける理由は?」
「正にそれですよ。…彼の者はパーティで活動している。彼以外の者は皆ミスリルランクで全員がお墨付きの高ランク冒険者。つまり彼だけが突然現れた」
──…ノートが本物の【迷い人】か怪しいと言っているのです。
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