第1話 そこが肝心
新章開始です
俺の宣言で静まり返ったリビングに、王の絶叫が木霊した。
「あるぃぐわとぅおぐぉずわいますぅぅぅう!」
彼は大きな声で意味の分かりづらい言葉を述べた後、その場でひれ伏し号泣を始め、オズモンドや辺境伯達が慌てて王を引き起こしていた。そんな中でミスリア王女が俺の前に進み出て、頭を下げて礼を言う。
「──…ノート様、皆様この度の件、お受けくださり誠に感謝いたします。これからはこのエルデン・フリージア国が、後ろ盾とな──」
「は~いストップ! 王女様ぁ…ドサクサに紛れて後ろ盾とか言わなぁい。それはいらないからね、マジで」
「チッ…」
「ん?! んん~? 今舌打ちしなかったこの人?」
「オホホホ! ノート様、なんですか? 私がそんな下品な事をするように見えますか?」
ズイとにじり寄った彼女の顔は綺麗でいい匂いがしたが、危険な感じも同時にしたので、サッと身を引く。
「あははは! ですよね、国の王女様がその様な事有るわけ無いでしょうね。…ま、まあ援助はお願いするかもしれませんが、そう言うの以外は不要ですから」
彼女の後ろで唖然として王女様をみあげる三人をチラ見しながら、俺はキャロやシェリーたちの方に振り返る。
「──…ありがとね、皆」
「いつでも私はノートさんと一緒ですから!」
「私もそうに決まってるじゃない」
「……つ、妻として約束したからには当然だ」
「まぁ、儂は始祖様の気持ちが分かるしの」
──…そうだよな。…キャロ達は別としてセレス様には明確な意思がある。リビエラの断罪……。精霊を物のように扱う奴を許せるわけがないものな。邪神にしても同じだ。贄などと言いながら、人間を……。何があっても阻止しないと。
「……ところでさ、差し当たっては何をすればいいかな?」
──…あれ? なんで皆さんそんな冷たい目で睨むの? ヤダ怖い──。
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”コンコンコン”
「…はい?」
「ジェレミア大司教様から文を預かって参りました」
ドアの向こうにいた使いの者から受け取った文を盆に載せ、メアリはオフィリアの下へ戻っていく。
彼女は大きな執務机に座り、様々な書類を見ては印を押し、別の書類へ目線を移すといった作業を、機械のように熟していた。
「オフィリア様……ジェレミア大司教から秘匿の文が届きました」
「──…秘匿? 少し待ってください、…はい、なんでしょう」
作業に没頭しすぎていた為か、書類を一旦終わらせてもう一度メアリに聞き返した彼女は、盆に乗った手紙を見てメアリの言った言葉を思い出す。
「あ! ごめんなさい…手紙でしたね。ありがとうございます」
「…いえ、…オフィリア様、良ければ少し休憩に致しましょう。あまり根を詰めても障りますので」
メアリはそう言うと、盆に手を伸ばしたオフィリアの手にそっと自分の手を重ね、諭すように話しかけると、彼女を執務机の横にあるソファへと手を引いていく。
その様子をずっと壁際に立ったまま眺めていたケルビンは、心中は穏やかでは無かったが、微動だにする事なくその場に佇んでいた。
(オフィリア様…さぞお疲れのはずだろうに。事務方は何故こんなにも仕事をさせるんだ? 派閥の事にしたって、彼女が今動けないことなど分かりきっているはずなのに!)
──…本来聖女が書類仕事などの雑務を熟すことはない。では何故今彼女がそんな事をしているのか…それは先ごろ発表された神前審問会のせいであった。派閥の長達はこの機に乗じて、有ろうことかその頂点である聖女に陳情書というものを送ってきたのだった。悲しいかな聖教会という神に仕えし聖者の集う場所であろうとも組織である以上、優位性というものが存在してしまう。結果それらはいつの間にか派閥などという醜悪な集団が出来上がってしまう。故に今回の審問会でもし自分が処分され僻地にでも飛ばされてしまったら…などと浅ましい妄執に駆られ、日々自分の功績を長々と書き連ねた書類を作成し、ここに残せと暗にしたためた膨大な書類を送りつけてきた。
確かに名目上神前となってはいるが、誰もまさか神が直接降臨して行うなどとは露程も考えては居ないだろう。だが、この審問は正規に行われるものだ。前回行われたのは遥か何百年も前。そこでは大司教はもちろん枢機卿までもがこの地を追われたという。それ故に皆戦慄し、今聖教会本部は戦々恐々としているのだった。
(何が神に仕える敬虔な信者だ。これでは権力者に縋り付く腐った貴族連中と同じではないか!)
ケルビンは心の中でそう叫びながらも、疲れた様子で微笑むオフィリアの姿をただじっと目線だけで追っていた。
「…ありがとうございます。そうですね、ではお茶をお願いできますか? 手紙を読む間くらいはゆっくりしましょう」
「畏まりました。すぐに準備を致します」
そう言ってメアリが離れていくと、オフィリアは手紙をそっと取り上げ、術式に魔力を流す。瞬間光った後に封は外され、彼女はそこから二枚の手紙を取り出す。
「──…一体どうしたのでしょう? 秘匿するような事柄ならばこちらに直接出向いて来られていたはずなのに」
そんな言葉を零しながら彼女は綴られた文字を追い始めた。
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「──…カデクスの教会に向かう?」
オッペンハイマーの部屋に着き、ソファへと腰を下ろして間もなく、彼からそんな言葉を聞かされたジェレミア大司教は、困惑のまま聞き返していた。
「うむ。ついてはその供にジェレミア殿をと思ってな」
「…は、はぁ。それは光栄ですが……何故審問会が開かれようとしているこの時期に?」
「だからこそなのだ! この間カデクスに向かったハイネマンのことは聞いておろう? 行方知れずになったと云うのに捜索も何もなく、それどころかカデクスの教会にエルデン・フリージアの国家調査団を入れるということを許可してしまっている。そなたもあの教会がどんな役目を果たしてきたか知っているだろう?」
あまりの彼の剣幕に一瞬たじろぎながらも、ジェレミアは敢えてその真意を知りたくて彼に聞き返す。
「…その事は当然私も知っております。異端審問会の処断場であるという事も。であれば何故そこへ我等が出向く必要があるのですか? 国家調査団への許可は教皇様の御裁可ですぞ? オッペンハイマー様はその事に異を唱えるのでしょうか?」
「違う! そうではない! 異を唱えるのではなく真を問いたいのだ!」
「──…真意という事ですか?」
「そうだ! 異端審問のことは周知の事実だ。故に世間に知られたとしても問題は然程ではないだろう。だがハイネマン枢機卿はどうなる? 聖教会の人員の中で枢機卿と呼ばれる者は四人しか存在しない! その中の一人が行方知れずだというのに何故誰も問題にしない? おかしいとは思わないかね」
「もしや、オッペンハイマー様は捜索するおつもりか?」
「──…まずは足跡を追ってみるつもりだ。そこからもしかすると、今回の件の何かが見えるやもしれん」
その言葉を聞いたジェレミアの落胆は計り知れないものがあった。…この人はこの期に及んで一体何をどうしたいんだ? 今更消えた人間を追う? とうの昔に殺されてしまっておるわ! と喉まで上がった言葉を飲み込むのに必死になったほどだ。…さてどうやってこの唐変木を説得すれば良いのやら…。
──…別の悩みで頭が痛くなってきたジェレミア大司教だった。
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