第42話 新たな邪神
──時を遡ること数日…ミダス財務大臣の屋敷で酒宴が終わった深夜──。
屋敷の大広間は既に片付けが終わり、先程まで煌々と照らしていた魔道具の明かりも落とされて、窓から差し込む月明かりが、酒宴の余韻を絨毯に落ちた小さなワインの染みに物語っていた。
その屋敷から離れた場所に建つ小さな建屋。一見するとそこは唯の物置小屋のようになっている。ただその小屋に埃は一切落ちておらず、置かれた荷物も新品のままで磨き抜かれている。部屋の隅には机があり、何故か荷物は一切乗っていない。不自然に椅子が引かれており、誰かが今まで座っていたような雰囲気がする。
──…カタン。…キィィィ──。
突然、その椅子の背あたりの壁に光の筋が見えたかと思うと、壁がゆっくりとスライドして奥に階段が現れた。下男がそこに現れて、その戸を閉めるとゆっくりと椅子に腰掛ける。
「──…お貴族様って奴は……人間じゃないな。儂もすぐにお役御免になるんだろうが…最期に王のお役に立てて良かったと思う事にしようかね」
そう言って懐から小さな紙筒を取り出すと、足元の影に向かって投げる。床で跳ねると思われたそれは、何故かそのまま影に落ち、沈み込むように消えていった。
それを見届けた男は、おもむろに壁にかかった枝切り鋏を手に取ると、そのまま大きく開いて刃に首を挟む。
「──…長い間、間諜としてこの屋敷に勤めたが、流石に化け物たちの世話はもうごめんでさぁ。お先に失礼いたします」
”ザギュ!”
ゴトンと大きな音を立て、机に突っ伏した男の体からは大量の血が滴り、真っ赤に染まった机の上には、大きな枝切り鋏に断ち切られた男の首が転がっていた。
◇ ◇ ◇
下男が机の上に首を置いた頃、その階段を降りた秘密の地下室では異様な光景が広がっていた。
「──…この世界は我等ヒュームが統治すべきなのだ! それ以外の者は人間を模倣した畜生に過ぎぬ! 故に我等が管理し、育て、時に贄として! 我等が有効に使ってやるのが道理なのだ!」
部屋の大きさは畳に換算して五十畳ほどの広さ。その奥には一段高さの付いたステージの様なものがあり、その上で大仰な仕草でドレファス騎士団長が叫んでいる。ステージの下には二十人ほどの着飾った貴族が、陶酔しきった表情で見つめていた。
両手を一杯に広げたドレファスの元に、鎖に繋がれた成人のビーシアンが連れて来られる。男女二人のビーシアンはそれぞれに腕輪が嵌められており、魔石が仄暗い光を放っていた。
二人の表情は殆どなく、ただ言われるがままに鎖の誘導に促され、ドレファスの下までゆっくりと進み出る。その場で膝を折り、頭を垂れた瞬間にドレファスが言い放つ。
「──…これが我等が行う祝福だ! 人成らざる悪しき亜人よ! 貴様らは贄として我等が神の元へ行くが良い!」
”ザンッ、ザシュッ!”
──…オオオオオオオオオオオ!!
ステージ上から二つの首が転がり、鮮血がその場を染めるように飛び散ると、詰めかけた連中がこぞって手に持つ盃にその血を受け、嬉々とした表情で煽る。
「御霊は我等が神へ! その血は我等が! 共に供物を分かつ事により、我等は更にアナタに近づきましょう!! 我等が神! エオスフェル様!」
「「「エオスフェル様! 我等の曙の神!」」」
「──…昏き門に閉ざされ、未だ軛に囚われ、アナディエルに貶められたエオスフェル様! 暫し! 暫しの辛抱です! そなたの信徒であられるリビエラの復活は叶いました! 不滅の軍勢は必ずや成されましょう! 今は雌伏の時、故に我等は贄を送り続けます。今暫くそのお力を来る時のために!」
狂ったように叫びながら、ドレファスはステージ奥に飾られた祭壇に首を捧げる。それを見た貴族たちは一斉に跪き、祈りを捧げる。
──…エルデン・フリージア王国に蔓延る奴隷復権派達の正体。……それは古き邪神に貶められたとされるエオスフェルと言う神の狂信者の集まり。末端のクズ貴族はそんな事とは知らずに、ただ自身の欲の為に悪事に手を染めていく。……欲望という甘美な囁き。囁くのは一体誰か──。
──…エオスフェル……それはある鉱石の別名。……曙光石。
──…曙光石、それは──…悪魔サタンの別名、曙──。
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「──…こ、これは真のことなのか? ミダス財務卿が異端者だと?」
「…間諜が命を捨てて掴みました。現認したと」
「──…命を…その間諜の名は?」
「……我が王よ。我等に産まれの名は有りません」
「…クッ、そうであったな…。それで、この異端者共の数は?」
「屋敷で確認できたのは二十名ほど。総て法衣貴族です。……ドレファス騎士団長も入っております」
「なんだと! ……オズモンド達を送ったのは早計だったか…。あちらから連絡は?」
「ございません。ただ、リビエラという者は既にセレス様によって討伐されたと記憶しておりますが」
「何?! リビエラが生きているのか?」
「いえ、確証は取れていません。ドレファスがそう言っておりましたので」
「──…それはあり得ん! もし生きていたとしたらアレは既に百を超えてしまっておる事になる。その様なヒュームは聞いた事が無い。大体貴様が言ったように彼奴はセレス様の逆鱗に触れて、神級魔術で灰燼となったと聞いている」
「…では、不滅の軍団とは何の事なのでしょうか? それにエオスフェルなどと言う神の名など聞いたことがありません」
「──…フム。それについては我にもさっぱりだ。しかしそうなって来ると迷い人の重要性が現実的になってくる…」
影との話し合いの中、カーライル王は一人頭の中で整理しながら黙考を始める。それに気づいた影はそのまま沈黙する。
──…この始まりはどこだ? …最初にあった連絡はエリクス辺境伯からの緊急通信だ。迷い人の存在確認と聖女の発現。これに闇奴隷商人が飛びついた。それらを撃退した直後に起こったのがスタンピードだった。建国以来初めてのドラゴンの討伐者となった彼を呼んだが、有ろうことかセレス様と同行することになってしまい、強制する事が出来なくなった。…行く先々で起きる事件と国絡みの策謀…。帝国と教皇国が絡んでいるのは間違いない。その仲介をハマナスの闇ギルドが行っているのだろう。…やっとカデクスまで来たと思えば、要人達を巻き込む爆破事件…裏に在ったのが元聖女とは……。
──…ん? 聖女? そう言えば彼の元には今、二人の聖女がいるという事か。平民と元帝国の元聖女。…聖教会か……! ちょっと待て!? 聖教会! カデクスの聖教会?! …影の言った門とはどこのことだ? アナディエル教の在った場所は現在の聖教会でも有るが…。クソ! なにかが足りん。
王の渋面を影はただ黙って見ているしか出来なかった。
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時は進み、カーライルが王子とキースを呼んだ時へ──。
”コンコンコン”
「近衛騎士キース! お呼びにより参上しました!」
『入れ!』
扉を開きキースが部屋に入ると、そこには既に二人の王子と怒気を孕んだ形相のカーライル王が待ち構えていた。執務室に有るソファに座った二人の王子は何があったのか分からず、困惑した表情のまま座っており、キース団長を見た瞬間になんとかしろと目で訴えてくる。
「──…我が王…一体どうなされたのですか?」
「どうもこうもない! まずは座れ! 我は少し頭を冷やすので暫し待て!」
その直後、部屋に来た宰相も王の様子に慌てたが、侍従にお茶を淹れてもらい、なんとか怒気を収めてもらう。
「──…ふぅ、済まない。どうしても気持ちが高ぶってしまい、怒鳴ってしまった。お前たちにも心配をかけた」
「…いえ、構いません。余程のことがあったのでしょう? 我等を集めないといけないほどの」
落ち着いた口調で第一王子のカストル・バイス・フォン・エルデンが、弟であるゲインズの頭を撫でながら王に応える。ゲインズは父である王の怒気に当てられたのか、今にも泣き出しそうな顔でカストルの影から父を見上げていた。
「──…そ、それは一体どの様な事なのでしょうか? 国の一大事であれば──」
「あぁ。国というよりもこれは…世界の一大事になるやも知れん。…だが悲しいことに今この事を話せるのはここに居る者たちだけだ。ヘイムスも居るがあやつには既に動いてもらっている。故にまだ伝えていないお前たちを呼んだのだ」
「「「…世界?」」」
──…狂った狂信者共が邪神を復活させようとして居る。
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