第41話 国王の憂鬱
少し長いです。
「──…係留アンカー撃ち方ようううい! ……ってぇぇぇえ!」
その掛け声と共に、魔導船の底部から幾つもの鎖がついた錨が地上へ向かって打ち出されると、それは次々に街道の横にある小さな林に、少なくない被害を出しながら突き立てられていく。
”ズドン…ズドドドドド!”
木立を巻き込み、切り飛ばされた木々が舞い飛ぶ中、やがてアンカーの鎖がピンと張ると、魔導船はその巨体を上空でピタリと止める。
”ガキン! ガチャガチャガチャガチャ! ギリリリ!”
「巻き上げぇぇぇ! 始めぇぇ!」
”ギリ、ギギギギイイイリリリリリリリリリリ!”
係留アンカーの鎖を巻き上げながらゆっくりと降下してきた魔導船は、やがてその林を潰すような形で高さ二メートルまで降りてきた。
全長は約百メートルほど、幅は船体部だけで二十メートルはある。翼端部を足せば、恐らくは四十メートルにはなろうかという大きなそれは、ちょうど街道横にあった林を緩衝材に使うことで、平衡を保ったまま、着底した。
「──…まさか、緩衝林を潰して停泊させるとは…」
北側門に集まっていた辺境伯一行は、その強引な止め方に逡巡するが、同時にその操船技術と方法に驚愕していた。
完全に静止した船の後方部が大きく開くと、そこから開口部と同じくらいの幅の路板がせり出し、地面へと辿り着く。直後、何人もの作業員と馬に乗った騎士の格好をした者たちが現れ、その中の一人が門に向かって走ってきた。
「──…我等は、エルデン・フリージア王国、国王がご乗船される旗艦エルデンより参った。こちらに、フィヨルド・フォン・エリクス辺境伯はおいでか?!」
「は! 私めが、ここエリクス辺境領を預かっております、フィヨルド・フォン・エリクスにございます」
騎士の口上に応えるべく、エリクス辺境伯が騎士の前に出て返上する。
「──馬上よりの無礼、ご容赦願います。只今、国王カーライル・バイス・フォン・エルデンⅤ世陛下ご臨席の下、カデクスの街に参上致した。領主館への案内、お頼み申す」
「は! 申し出、しかと賜りました。道中の馬車は用意しております」
「──…有り難いが、及ばぬ。陛下は既に魔導車へ搭乗されています。先導のみお願い申す」
「…畏まりました」
辺境伯の答えを聞いた騎士は、そのまま馬首を引いて向きを変え、路板沿いに並ぶ騎士たちの列へ合流する。
「──…ここでの挨拶は無いようですね。ロッテン殿、我等も馬車に急ぎましょう。すぐに魔導車が来ます──」
*******************************
カデクスの領主館であるロッテン男爵の屋敷では、着々と受け入れ準備が行われていた。正面入り口にある大門が開かれ、辺境伯の騎士であるマルクス副団長が陣頭指揮を執っていた。
「衛兵の皆さんはここに並んでください。…はい、国旗は近衛が持ちますので構いません。……あぁそちらに──」
そんな光景を俺達はシスの上空監視モニターを使って、リビングでワイワイ言いながら眺めていた。
「……こうやって見ると、誰が何をしているのか一目瞭然ですねぇ」
「ほんとね。……なんだか、見下ろしている気分になってくるわ」
「うははは! 正に神の視点じゃのぉ。……これを見ていれば神の憂鬱も分かるかも知れんな」
「…お祖母様、始祖様も居るというのになんて物言いを…」
「なんか、いっぱい人が動いてるですぅ」
「ホントだねぇ、デイジーはどう?」
《…ん? 私らは似たような光景を、しょっちゅう見ているからなァ…》
皆が、思い思いの感想を口にしていると、正面奥の大門に動きが起こる。早駆けの馬が入り口に到着してマルクスさんと話した後、そのまま屋敷に入っていくと、一斉にまばらだった人たちが整列していく。「おお! なんかきれいに並んだぁ」と何人かが言った後、先導の馬達と共に男爵の馬車が入ってきた。
その馬車の後ろには何頭もの綺麗に着飾った馬と騎士が並び、中央付近には箱型の大きな魔導車が見えた。
──…お目見えか。仰々しい奴らじゃのぉ…人間というものは。
セリスが小さく呟くが、周りの皆が騒いでいたためか。その言葉は、俺とハカセたち精霊にしか聞こえていなかった。
◇ ◇ ◇
車列はそのまま屋敷の玄関前に停まり、魔導車が停車した場所に侍従が駆け寄り、階段と絨毯を敷いていく。御者席の男が下車し、大仰な仕草で扉を開くと、玄関先に居た全員が跪き、頭を垂れて静かに待つ。
開いた扉から一人の男性が降りてくる。年の頃は五十半ばを過ぎた程度だろう。しかしその背は高く、しっかりとした体格だ。髪色は茶に近い金髪で彫りの深い顔立ちをしており、皺がなければ壮年と見紛うだろう。髭をきれいに剃りあげ、その双眸はアイスグリーンで、いかにも精悍という印象だった。
「──…出迎えご苦労。……カーライル・バイス・フォン・エルデンⅤ世である。…ロッテン男爵はどこか」
「は! 陛下、こちらに」
「…うむ。故あって、暫く世話になる」
「は! 私めに至っては望外の光栄の至り。あばら家ではありますが、精々尽くす所存でございます。どうかゆるりとご逗留なさいませ」
「結構。…では案内せよ」
彼がそう言うと、皆頭を挙げずに綺麗に道を開ける。指名された男爵だけが立ち上がり、国王を見ずに玄関内に入っていく。
国王が、供回りを連れて玄関内に入り切ると、その場に居た者たちも立ち上がり、国王の進んだ方に深くお辞儀をして見送る。扉が閉まりきった所で初めて顔を上げる。次いで侍従や下男が走り出し、撤収作業に取り掛かる。衛兵や騎士たちは打ち合わせ済みの持ち場へ散開し、玄関は一気に閑散とする。
◇ ◇ ◇
「終わったわね」
「…次は私達もあそこに行かないと、いけないんですねぇ」
「──面倒くさいのぉ。…ま、儂は気にせんがな」
「…お祖母様……」
「わ、私たちは行かなくていいんでしゅよね?」
「えぇ、マリーは行ってみたいなぁ」
《フハハハ! 我はデイジーである! あはははは!》
……呑気なやつ。はぁ、たしかに面倒極まりないなぁ。なんで偉い人って回りくどい言葉を使って、難解なやり取りをしなくちゃいけないんだろう? タメ口をききたいって訳じゃないけど、せめて口語で話せると楽なんだけどなぁ。そんな事を考えながら、皆の話をぼうっと聞いていた。
*******************************
「──…お父様、一体どういうおつもりでしょうか?」
男爵に案内され、この屋敷の最も奥に設えられた貴賓室のリビングでは、オズモンドに辺境伯や、ロッテン男爵が居たが、其の者達を横にミスリア王女がひどい剣幕で国王に詰め寄っていた。
「──な、どうしたと言うのだ? オズモンド、一体何が有ったのだ? 我はどうしてもノートとやらに話があって──」
「「「なりません!」」」
国王がノートの名を出した瞬間に、全員が揃って否定の言葉を強く発した。ミスリア王女やオズモンドが言うならばまだ理解できたが、辺境伯や男爵までもが異口同音に揃えてきたので驚愕する。当然だろう、ミスリアは自分の娘。オズモンドは我が国の宮廷魔導師筆頭だ。この者たちがこの国の王たる自分に意見具申ならば納得できる。しかし、辺境伯や男爵などは違う。彼らは唯の臣下であり、自治権は持っていようとも、部下でしか無い。そんな末端の者たちが咎めてくるなど、想像の埒外だった。
「……お、お前たち、私に意見するというのか?」
あまりの剣幕で諌められた為に、王自身もいつの間にか険のある物言いになってしまう。その気配を受けた護衛の近衛騎士達も気色ばむ。だがそれに怯む事なく言い募ったのは、オズモンドだった。
「…恐れながら我が王よ。彼の者になにを下知なさるおつもりか?」
「…決まっておる。我が王都に呼び寄せ、我が国──」
「絶対になりません!」
「──…な!……お前はいったい──」
「お父様! ノート様は異界の勇者とほぼ互角のお力をお持ちです。神級魔術を平然と撃ち、見た事もない伝説級遺失魔道具をお持ちです。何より……何よりあのセレス・フィリア様が付き従っておられるのですよ。その意味がおわかりですか?」
カーライル国王はそれを言われた瞬間に思考停止する。──は? 神使を従わせている? 我が娘は何を言っているのだ? 彼が迷い人であることは聞いているが、同時に神託は授かっていないとも聞いた。だから今回の件の助けになると考え、わざわざ直接乗り込んできたというのに。
神使で精霊の王である、私よりも遥かな上位の方を従わせている?
「……ははは、ミスリアよ、いくらなんでも父であると言うだけで、仮にも一国の王を騙すなど……戲言ではない…のか?」
「その様な世迷言、この状況で我等が申す理由がございません」
カーライルはそう言われて、周りに立つ忠言を言った者たちを見回すが、全ての者が首肯した。
「──…そう…か。………彼の者はそれ程の…」
そう言った王は俯き、言葉を失くしたかの様に黙り込む。四人は話が通って良かったと思った瞬間、国王は顔を上げて叫ぶ様に言い放つ。
「それでもだ! それであっても、我はその御方に縋らねばならんのだ! リビエラが生きていたと分かった今、事をなさねば!」
──…世界がまた闇に覆われてしまう。
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