第39話 過去からの声
セレスの怒気が混じった声音に、思わずエリー達はたじろぐが、彼女の後ろに居た一人の女性が、なんとかセレスに答える。
「──…これは聖女様から直接お渡しされた紋です。どこの誰からは私達には分かりません。そもそもエリー隊長が何を話したのか、私達の記憶には残っていません」
『……チッ、貴様らにもワードか』
忌々しげに吐き捨てるセレスの横で、俺はぽかんとしてしまっていた。それに気づいたシェリーが、耳元で小さく補足してくれる。
「…前に捕縛した賊達が呪文の付いた紋で、自我崩壊させてたでしょ。原理はアレと同じよ。恐らくは話した瞬間に、その時の記憶ごと消去されているわ。だから、話した本人も、彼女の部下たちも、さっきの言葉で総て消えてしまったのよ」
「……え? でもその言葉を俺がまた話せば分かるんじゃ…ってか、皆も今一緒に聞いてたじゃん!」
俺がそう言うが、エリーさん達以外の人間が何故か、難しい顔をする。
『……人間には聞こえていない。我とお前だけに聞こえた音だ。……お前には意味のある言葉に聞こえたのか?』
セレスの言葉で余計にこんがらがる。…はい? 意味のある言葉って──。
《──…マスター、エリーさんが話した言語は【日本語】です》
──…日本語!?
「シス! それってホントか!? え、日本語…なんで?」
『…おい! ニホンゴってなんだ?! それがさっきの言葉の意味か!』
「い、いや、そうじゃなくて言語だよ。精霊たちにも有るでしょ、俺たちに理解できない言葉。その種類のひとつなんだけど…」
『けど何だ?! 我はこの世界の言語なら、総て理解できるんだぞ! それが出来ないってどういう──』
「俺が居た世界の、俺の国の言語なんだよ。日本語ってのは」
『──…は?』
「…シス! 今すぐイリス様にメールしてくれ! どう言う事なのか知りたい!」
《…了解しました──…送信完了》
一体どうゆう事なんだ? なんで日本語なんてものが、この世界に伝わっている? ──…まさか、ケンジか?! ケンジが聖女に教えたってのか? だとしたら、どう言う意味だ? 何故日本語にする理由が……知ってた…のか。悪魔たちの事を…。
皆が、黙り込んで俺とシスを見守る中、セレスにハカセから念話が届く。
《セレス様……なにやら、男爵邸に慌ただしい動きがあります。魔導通信が届いたようなのですが…家令が慌てて、迎賓館に飛んでいきました》
◇ ◇ ◇
「──…この暦は…聖歴ではありませんな」
オズモンド達が逗留している迎賓館の大広間は、現在カデクスの教会から引き上げてきた様々な品が並べられ、検分作業の真っ最中だった。特に書類関係の分別作業が捗らず、指揮を執っているオズモンド自らも分別作業を行っていた。
そんな中、あの編纂室で見つかった膨大な遺体名簿を調べていると、古い本の年代がおかしなことに気が付いた。
「聖歴ではない? それは一体どういう事なのですか?」
オズモンドの呟きが聞こえたミスリアは、訳が分からず彼に聞く。
「…いや、例えばこの暦、459年とは書かれているんですが、聖歴459年と言えば、大飢饉の在った年だと史実に記載されていたので、村や町単位で死者が発生し、何十万もの犠牲者が居たのに、この本ではそんな事は何も書かれていない。ただ、妙な事に死者の数は全ての本でほぼ平均化されている。人数を合わせるのは判りますが、年代ごとに同じになるというのは、流石におかしいでしょう」
「──…ではこの本の書かれた年代は…まさか、前時代の?」
「……恐らくそうなんでしょう。…ほぼ毎日のように同じ数の死者が出続けるなどと……まさに暗黒の時代ですね」
それを聞いたミスリアは、思わず身震いするような悪寒が走った。歴史上は聞いている。ヒューム以外を虐げ、奴隷以下の扱いを行った非道な時代。ヒュームにしても併合された者たちは、酷い扱いをされたと話だけでは聞いている。同じ人間なのに何故と、何度も歴史学者に聞いたことも有る。彼らは一様に【邪神】のせいで狂っていたのだと答えていたが…。今なら自分はどう答えるだろう……。欲を知り、業を見て来た自分なら、邪神だけのせいと言い切れるだろうか? そんな事を思いながら、また一冊の本を取ろうとした時だった。
「…し、失礼いたします! だ、旦那様! た、たった今魔導通信がございました!」
ロッテン男爵の家令が息せき切って、大広間に響く声で伝えてきた。
「なんだ。一体どうしたのだ、その様に慌てて。まずは落ち着け、なんの魔導通信が来たのだ?」
──…お、王が、明日この街にご到着なされます。
少しの静寂の後に巻き起こるのは、意味不明の怒号合戦。男爵と辺境伯は真っ青になって抱き合うように喚き出し、オズモンドは持っていた本を取り落として、思考停止。ミスリアに至っては、なんですって! を繰り返す。集まった調査員達も、どうしていいか分からず、右往左往している。やがて落ち着きを少し取り戻した辺境伯は、家令に向かって叫ぶ。
「ノート殿達は今何をしている!?」
◇ ◇ ◇
《──…早速、こちらに侍従が向かってきますね》
ハカセの念話の後、シスに頼んでサーチを行ってもらった結果、そう言ってきた。
『……あの王は、一体どういうつもりなんだ?』
「…あれから三日…位しか経ってないのに、どうやって来たんだ?」
《…領都から、魔導船を無理やり飛ばしたそうです。それが、明日この街の北側に到着すると、魔導通信で知らせて来たみたいですね》
「「「魔導船で来たぁ?!」」」
「こ、この街に魔導船の発着場なんて無いのにどうするのでしょうか?」
キャロが何故か変な部分の心配をしていると、侍従が屋敷に来たとメイドさんが伝えてくる。皆が一斉に俺の方を振り返って、どう返事をするのかと見てくるが、俺のメニュー画面には、ピコピコ光が点灯していた。
「今すぐには、行けないとお答えください。こちらも決めないといけない事があるので」
俺の返答に、「え? 主の呼びかけに行かないの?」という顔をしながらも、彼女は頭を下げて部屋を出ていく。
『……良かったのか?』
「イリス様からの返事が先」
その言葉を聞いた瞬間に、その場に居た全員が固まり、首肯する。
……さて、どんな返事が来たんだ?
質問の件について。
久しいの、グスノフじゃ。標記の件についてだが、正直に言えば儂らも混乱を極めておる。先に断言しておくが、地球人である、異界の人間を召喚したのは、後にも先にもお主…と言えば良いか難しいが、相馬健二君ただ一人じゃ。故に考えられるとすれば、健二くんがその世界に残した遺物なのかも知れん。オフィリア嬢は、既に儂らの理である輪廻から逸脱した存在故に、彼女を視ることは出来ないのじゃよ。前にも話したが、儂ら神もまだ完全ではないのだ。悪魔に関してはもう完全に想定外なのじゃよ。もしかすると、アナディエルが細工をしたのかも知れんが……こんな事に巻き込んでしまい、申し訳ない。
イリス様も現在、必死で原因を探っておるために、儂が代理として返答させてもらった。
「──…はぁ?! これじゃ何にも解んないって事じゃん! ってか、回りくどい! 取引先のお断りじゃねえんだから! スパッと書いて!」
『びっくりしたぁ! な、なんて返事が来たのだ?』
虚空を眺めていた俺が、突然大きな声で喚いたから部屋に居た連中は、全員がもれなくビクンと跳ね上がった。なんとか持ち直したセレスが俺に聞いてきたが、返事をするのも億劫になり、項垂れて唯、首を横に振った。
──…なぁ、もしかして…こうなる事が分かっていたから、お前は俺をこの世界に戻したのか……ケンジ…──。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
ブックマークなどしていただければ喜びます!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!
ランキングタグを設定しています。
良かったらポチって下さい。