第38話 過ぎたるは猶及ばざるが如し
『──…七つの大罪…だと?』
「うん。…俺達の世界では人間の欲や業を、罪として戒めのためにそう呼んだんだよ。憤怒、傲慢、嫉妬、暴食、色欲、怠惰、そして強欲。それらを象徴する根源的な悪として悪魔と呼んだんだ。そして、この世界にいる奴らは、どうもその法則に倣っているみたいなんだよね」
『…どうしてそれが分かるんだ?』
「覚えてない? アイツらが名乗る時、必ず最初に〇〇の悪魔って言ってたの」
『──…あぁ、そう言えば傲慢の悪魔とか言っておったな』
「…そう。ゲールは自分のことを、【傲慢の悪魔】と名乗っていた。マリアーベルの元に現れたのは、【嫉妬の悪魔】。ゲールは常に上から目線のムカつく野郎だったし、嫉妬を名乗った奴は、恐らくずっとマリーに執着している。…極めつけはアナディエルだ。ゲールはアイツをマモンと呼んでた。マモンってのは俺のいた世界での【強欲の悪魔】に付けられた名だ。…この世界のすべてを自分の好きにしようとした邪神に相応しすぎる」
『──…なんだと!? あ、あの邪神が、悪魔の一人だったというのか?!』
「…あぁ、悪魔ってのはもう一つの顔を持っていてね。ややこしいんだけど、堕天した神とも言われるんだよ」
『は? だ、ダテン?』
「…うん、神が堕落し、悪に堕ちるって事」
『……意味がわからん! 神は神だろう!?』
「…だよねぇ。俺のいた世界の、俺が育った場所には神様が八百万程いるって聞いたし」
『多すぎぃ! え? なんでそんなにいるんだ? 必要なのか?!』
「…あはは、そうだよねぇ。俺の国では、それこそなんにでも神様が宿るって、言われてたからね」
『何にでも? …ってどういう事──』
そんな話になって行ってしまい、いつしか最初の頃の暗い雰囲気は、薄くなっていった。
「…ふぅ。なんだか脱線しまくっちゃったな。…でも、セレス様と本気で、話せた気がするよ」
『…ふん。…まぁともかくアレだ、あの地下の封印は、まだ触らんほうが良いと思う』
「…だよな。そんな場所を下手に刺激して、アイツらが動き出せば、それこそ向こうの思うツボだものな」
『──…さて、今夜は少し話しすぎた。……我は寝る』
「……あぁ、おやすみ」
──気づくと時間は、既に深夜になっていた。
◇ ◇ ◇
翌朝、支度を終えて食堂に集まると、チビ達が大きな声で迎えてくれた。
「ノートしゃん、おはようございますぅ!」
「お兄ちゃん、おはよう!」
「…おお! 朝から元気いっぱいだな。おはよう」
「おはようございます、ノートさん」
「おはようございます、ノートさん!」
チビの側に居たジゼルさんとキャロの挨拶の後、セリスや他の面々も食堂に入ってきた。
「皆、おはよう」
「あぁ、おはよう」
「ノート君、昨日はごめんね。あまりにもあのお酒が美味しくて…」
「…おはよう。と言うかシェリーはまだ呑んでたのか?!」
ワイワイと全員が揃った所で、食事を始める。
「儂は今朝はスープだけでいい…」
「あ、私もソレでお願いします」
シェリーとセリスは昨日の酒が抜けきっていないのか、そう言ってスープをゆっくりと口に運んでいた。
「サラダくらい摂ったらどうだ? さっぱりするぞ?」
セーリスの言葉にも二人は首を振り、咀嚼で頭に響くと拒んでいた。
「しょうがないなぁ。…後で、ポーション作ってやるよ」
そんな事を言いながら、皆で食事を進めていると、ふいにメイドさんがそばに来て、来客の事を教えてくれる。
「エリー様御一行が、お越しになられていますが、どの様に?」
「…エリーさん達が?」
◇ ◇ ◇
「朝早くから、申し訳ございません。…本日は依頼に出ないと伺いましたので」
食事後、セーリスとチビ達以外の皆で、彼女たちと応接間で、話をすることにした。考えてみれば、彼女たちには聞きたいことが有った。彼女たちが討伐した悪魔の詳細もそうだし、俺たちに接触してきた理由など。肝心な事を何も聞いていない事に、気づいたからだった。
「いえ、俺たちも聞きたい事がありますから、丁度良かったです」
そう言って、応接間のソファに腰を下ろす。両隣にセリスとシェリーが座り、対面にはエリーさんが一人で座る。キャロルとジゼルさんがお茶の準備を始め、エリーさんの部下たちは彼女の後ろに立ったままだった。
「お二人は座らないんですか?」
「…ありがとうございます。ですが、彼女たちはこのままで」
俺が着席を勧めたが、エリーさんが断ってきたので、それ以上の言及は辞めた。話をしようと彼女を見ると、視線はジゼルさんを気にしていた。
「……気になりますか?」
「──え?! あ、い、いえ……はい。申し訳ございません」
「いや、大丈夫ですよ。…彼女もお礼が言いたいって。それで連れて来たんですから」
俺の話しているのが聞こえたんだろう。キャロルと共にワゴンを運びながら、こちらに来たジゼルさんが、お茶を配る前にエリーさんに頭を下げた。
「…隊長、ありがとうございます。…まさかマリーちゃんにまた会えるなんて、思っても居ませんでした。カサンドラさんにも宜しくお伝えくだ──」
「…ファ───!? か、カサンドラさんだってぇ!」
◇ ◇ ◇
「──…そう、腕を……。それで、彼女はまだその村に?」
「…いえ、恐らくはリハビリの為に別の街に移動していると思います。…義手を探すとも聞いていますから」
「なるほど…」
カサンドラさんの名を聞いた事で少し慌てたが、考えてみれば彼女は教会に居たシスターだった。冒険者になったのが、任務だったとは驚きだったけど。おかげでそこから話はスムーズに繋ぐことが出来、悪魔の名もわかった。【色欲】と【暴食】アスモデウスとベルゼブブ…。これで五人の名前と、何の悪魔かがわかった。もう一人は所在不明の爆破事件を起こした野郎で六人……。【憤怒】と【怠惰】サタンとベルフェゴールか。…しかし、どちらかは分からないな、ちょっとした事で怒り、爆殺したとも思えるが…。まぁ、今はそこを考えても仕方ない。
「それで、なにか魔道具を使って、悪魔を討伐したと聞いたんですけど、一体どのようにして?」
「…聖女様からお預かりした物です。…次元マドウと聞いています」
「なんじゃと! おい! その魔道具は今どこにあるのじゃ?!」
彼女の言葉を聞いた途端、セリスがソファから立ち上がって詰問するが、既に壊れてしまったらしく、本部に持ち帰ったらしい。
「…聖女様の秘術によって造られたものらしく、言葉の意味はわかりません。ですが、ノート様なら理解できるとも聞いています。そして本来の目的は、ある言伝を伝える為です。一切の証拠が残せないために、口頭のみでお伝えします」
エリーさんはそう言うと、右手の甲に描かれた魔紋に、魔石を当てる。すると魔紋が光り、彼女の目の焦点が合わなくなり、ぼんやりとした表情で話し始めた。
──…監獄の門が開く時、異界の門がまた開く。悪魔を殲滅せしめよ。さもなくば、邪神が今一度目覚め、世界はまた闇に落ちる──。
彼女がそう言うと、右手に有った紋が煙を上げて消えた。
「──…っ! …は?! ここは…」
まるで、今気づいたかのようなセリフを言ったかと思うと、狼狽え、周りを見回す。後ろに控えていた二人は、すかさず彼女を抑え、文言を発した。
「【記憶の封印解除】…。大丈夫ですか隊長」
「…うぅ…ぐっ。──…はぁ、はぁ。ありがとう、役目は果たせましたか?」
「…はい。ノート様には伝わりました。…お聞きになりましたね」
「…え? あぁ、内容はともかく、文言は聞いた」
あまりに突然の事だったので驚いたが、なんとか取り繕って返事をすると、横に居たセリスの雰囲気が、一瞬で切り替わったのを感じた。
『……貴様、その文言は誰からの転化術式だ?!』
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