第37話 その国の名はアナディエル教皇国
結局その夜は、精霊たちや、マリーやサラと遊びまくってしまい、気づくと彼女たちは眠そうな顔になっていた。二人をジゼルさんに預け、リビングに戻るとセリスとシェリーだけが残っており、二人で酒精の強いブランデーを飲んでいた。
「…キャロとセーリスは?」
「ん? あぁ、二人は酒が弱いからな。もう、ベッドに行ったぞ」
「そっか。…ふぅ、少しはっちゃけ過ぎたかな。二人共、久しぶりだったから、喜んでくれたけど」
俺はそう言いながら、一人掛けのソファに腰を下ろす。
「……ノート君も呑む?」
「ん…あぁ、少しだけ貰おうかな」
俺がそう言うと、シェリーはグラスに向かって丸い氷を一つ落として、トクトクトクといい音を鳴らしながら、ツーフィンガーの分量で、ブランデーを注いでくれる。
「どうぞ…」
カランと音を立てて氷が回転しながら、グラスが置かれると、ありがとうと声をかけてから、グラスをゆっくりと煽る。一口、口に含んだ途端、それは一気に鼻腔で香りが広がる。同時に甘い口当たりの液体が、トロリと喉に嚥下していく。食道のあたりまで来ると、それは思い出したかのように熱を帯び、瞬時に酒精が上がってくる。
「…クッ…はぁ。結構キツイなこれ。ブランデーだから口当たりが甘いけど…」
「ハハハ。そうじゃな、やはりお貴族様は、良いものを揃えているわい。しかし、お主もこれの味が分かるとはな」
「え? あ、あぁ。見た目と実年齢はセリスと同じで違うからな。ヒュームで言えば初老だもん」
「あははは! そうじゃったな。…しかし、お主の世界でもこういった酒は有るのか?」
「え? あぁ、もちろん。それも数え切れないほどの種類があったよ、これ以外だと──」
そんな事を話していると、シェリーは横でニコニコしながら、カパカパ飲み続けていた。……あれ、大丈夫なのかな?
◇ ◇ ◇
「──…で、こうなるのね」
そこには、ソファで潰れた二人が気持ちよさそうに、眠りこけていた。
「はぁ~。まずはシェリーをっと」
そう言いながら、彼女をベッドに運び、セリスも運ぼうと戻ってくると、彼女は普通に起き上がり、ソファに座って俺を待っていた。
「あれ、酔い潰れたんじゃなか──」
『あぁ、セリスは潰れておる。少しお前と話そうと思ってな』
「あ、セレスに替わってたんだ。…それで? 話ってなに?」
『シェリーから聴いた。アレの地下に、古代の封印術式が見つかったとな』
「……あぁ、聞いたのか。…それで、教えてくれるのか? 無理に聞く気はないぞ、嫌なら自分で調べるし」
『……正直に言えば、迷っていた。オズモンドの倅に聞いたんだろう? 我が人間のいざこざには介入しないと』
「あぁ、でも考えれば、当然ちゃ当然だろうからな。アンタはこの世界での、神様側の立場だからな。──…もしかして、知ってたのか? あの施設の事」
『…当然だ。…ふぅ。良いか、心して聞け。あの場所は、今より千五百年前に在った暗黒時代の遺物だ』
──…アナディエルを神と崇めた初代の宗教大帝国、【アナディエル教皇国】が造った、異端審問機関。【監獄城】の在った場所だ。
「──…ファ?! え? は? ちょ、ちょっと待ってくれ! あれ? アナディエル教皇国って、確か今のヒストリア教皇国だよね? え、あそこに建っているのは聖教会だよ。いや、それ以前にこの国は──」
『落ち着け、ちゃんと順序立てて、話してやるから。まずその時代に、この地にはまだ、エルデン・フリージアは存在していない。ただの少国家群が在っただけだ。そうして千年前、お前があの邪神を葬った。だが、それだけですぐに今までの宗教が消えると思うか?』
そう。考えれば当たり前のことだった。善悪の決定的な違いが有るとは言え、俺の世界でいちばん有名な宗教だって、宗主は既に死んでいない。にも関わらず、地球人類の約三割が信者たちだ。それがこの世界で考えればどうなる? 神様が実在する世界。どんなに異端と言われようとも、それによって救われたり益を享受した人間が、そんな簡単に捨てられるわけがない。その事を彼女は切々と語った。
『故に聖教会の初期は、そう言った、アナディエル教との戦いの日々でも在ったのだ。彼奴らの教会を潰し、そこに聖教会を建てて、癒やすことからやり直した。反撃の憂き目にあった者も沢山居た。そうして少しずつ、盤面をひっくり返していったのだ』
「……だから、あそこには、あんな巨大な監獄が」
『ん? あぁ、それは恐らく断罪者の見せしめ監獄だ。本当の監獄は先程言った、封印された扉の先に有る』
「は? あ、あんな巨大なものが見せしめ?」
『…そうだ。それだけの非道を彼奴らは、同族である人間同士で行ったのだ。【神の名】の元にな』
そう言い捨てたセレスは、何かを睥睨するように虚空を睨みつけていた。
『それに…』
そこまで言って、彼女は突然言葉を止める。なんだと思って周りを見やると、デイジーがふわふわと部屋の入り口に浮いていた。
『…お主か。主人を放って置いて良いのか?』
《…だって、王様の辛い気持ちが溢れてきて、ハカセも私も辛くて…》
《おい! なんで俺までバラす!》
『…そうか、すまんな。どうしても、あの時代を思い出すとな。やりきれぬのだ』
その言葉を聞いた途端、二体の精霊はセレスに抱きつき、わんわん泣き始める。
『…ノートよ。よく聞け、魂の転写という秘術は、アナディエル教が使っていたものだ。故にあの秘術を使って、生き永らえているのは、ヒストリアにもいる。その秘術を使うには触媒として、精霊の核を使っている。リビエラは恐らくそれを、何処かで知ったのだろう。当時のアナディエル教の教会は全て潰したはずだが、どこかに残っていたか、それとも…何か別の方法で見つけたか。今はわからんが、その事だけは禁忌だ。世界の理を捻じ曲げる行為とも言える。だから葛藤し続けたのだ。聖女や教皇が使うことにな』
「──…おい、今なんて言った?! 教皇も使っているって?!」
『…そうだ。そして、それはヒストリアにも何人かいる。そ奴らは巫女と呼ばれておる』
それを聞いて俺は愕然となる。千年以上の記憶を、持った人間が何人もいる…それも救済者と破壊者の両方に。
「…ちょ、ちょっと待って。じゃぁ、今の世界の基礎を造ったのって」
『いや、そこにそ奴らは、関与していないはずだ。ハマナス商業連邦は、国の代表が集まって合議制によって作られた。…ただ、懸念は有る。それが、今リビエラとつるんでいる悪魔種だ。お前は言っておったな、数は居ないと。アレはどういう意味だ?』
「え? あ、あぁそれは──」
*******************************
「──…なので、あの地には地下にアナディエル教の元々の教会が封印されているのです」
アルフレヒドは絶句するしかなかった。千年以上も昔に、そんな事が起きていたなんて。しかも巫女の秘術を、聖女と聖教会の教皇までもが使っているとは。
「で、では教皇の真意とは?! 何故、我らが祖たる教会を、エルデン・フリージアなどという国に明け渡すような真似を?」
──…全ては古代封印を解かせんが為でしょう。
「──…はぁ?! ……もしや! その封印は未だ解かれた事がないのですか!!」
「…アルフレヒド枢機卿。頭上の文様が、古代術式であると云うのは、覚えていらっしゃいますか?」
「…え? あ、あぁ、はい。伺っておりますが…」
「──…私はただの巫女ゆえ、この術式が何を意味しているのか聞き及んでいません。…ただ」
──監獄の門が開く時、異界の門がまた開く。
「…と、初代教皇様が仰っしゃっておりました」
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
ブックマークなどしていただければ喜びます!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!
ランキングタグを設定しています。
良かったらポチって下さい。