第35話 先見の巫女
「──…そうですか。 スイベール様から…」
「…はい。カデクスの教会調査を、エルデン・フリージア王国へ認可されたとの事です」
「フム……で、その調査隊には彼も同行していると?」
「…はい」
「分かりました。ありがとう」
ヒストリア教皇国にある、執務室の一つでアルフレヒド枢機卿は、司祭からの連絡を受けて、黙考する。
──スイベール様が、あの場所を彼の国に見せたということは、既に事は動いているのでしょう。であるならば……。
「ボスコ司祭、申し訳ありませんが教皇様に謁見の申込みを。私は少し先見の巫女にお会いしてきます」
「…承知いたしました」
司祭が部屋を出ると同じくして、部屋の書棚の影が動き出す。
「ヒュージ枢機卿に流布を。…内容は帝国の娘が、再覚醒しつつあると。さすれば彼のことだ、帝国に持ちかけるだろう」
「……御意」
揺らいだ影から、その声が漏れたかと思うと、次の瞬間には、元の書棚の影があるだけだった。
「──さて、先見の予見が通じない彼は、どの様に動くのでしょうか? 勇者としての再臨か、はたまた傍若無人の破戒者となるか。青の部隊を殲滅せしめたその力、今一度、見せてもらいましょうかね」
◇ ◇ ◇
「──なに? 帝国の娘? 元聖女だったマリアーベルがか?」
「…はい、ハマナスギルドの間諜の話では、どうやら彼女は生き延びている様子です」
「…それで、所在は掴んでいるのかね?」
「…カデクスの領主、ロッテン男爵の屋敷の迎賓館に、件の国家調査団と共に冒険者の一味として」
「冒険者? ……あぁ、アルフレヒド枢機卿の所の魔獣部隊を潰したとかいう奴らか」
ヒュージ枢機卿の執務室は、アルフレヒドのそれとは異なり、天井には小さいながらも、シャンデリアの魔道具が吊り下がり、執務机とは別に大きな応接セットが置かれている。書棚とは別に酒棚が置かれ、ワインや様々な酒がきれいに並んでいた。床にはラグのようなものが敷いてあり、まるで貴族の執務室のような部屋だった。
「──…ふむ。アルフレヒド枢機卿はどう動いているのだ?」
「はい…その件についてなのですが…教皇様と謁見するようです。先程司祭が申込みに向かわれたと、聞いております。なお、枢機卿は巫女様の元へ」
「──やはり、元聖女は撒き餌か。おい、その話の出処は?」
「詳しくは判りかねますが…枢機卿の影かと」
「…賢しい真似を。…まぁ良い、そちらはハマナスへ流して、確認を取れ。帝国がシャドーを派遣した事すら枢機卿は知らなんだとはな。まぁ、奴の間諜を儂が握り潰しておる事すら気付いてないのだから、仕方ないか…フフフ。無能を演じるのは愉しいものだな。彼の外回りはいつだ? その日に合わせて、謁見の準備をしておいてくれ」
「…承知しました」
◇ ◇ ◇
教皇国の大聖堂の敷地は、国の半分にもなる程に大きい。そこには、高位の聖職者達の屋敷や、様々な建物が建っている。そんな中で、ある区画だけは高い隔壁で囲まれ、建物が建っていることすら見えないような場所があった。入り口には神殿聖騎士が立ち、何人も証明を持たなければ、入れないと言うほどの厳重な警備がされ、武器や火気などの持ち込みは一切許されない。
──神聖にして不可侵なる巫女の住まう聖域。
そこは教皇すら、おいそれとは入れない特別な場所だった。
聖教会に聖女という存在が有るように、このヒストリア教皇国にも特別な存在が居た。それらは巫女と呼ばれ、我ら人の住まう世界と、神との間を唯一仲介できる存在と言われ、見出された者たちは、生涯を通じて、この世俗と一切を隔絶された壁の中で過ごしている。巫女が何人居るのか、またそれらはどのようなお方なのか、その一切は高位の聖職者と、それらを世話する者たちにしかわからない。もちろんだが、世話する者たちも、この隔壁を出るときは、物言わぬ躯となった時である。それ故、唯一出入りできるのは、高位の聖職者たちだけである。
そんな壁の前にアルフレド枢機卿が訪れていた。
「──…先見の巫女への謁見に参りました」
「……証明を」
「…こちらに」
そう言って騎士に差し出すのは一枚のカード。…それを受け取った騎士はすぐさま、横に設えられた魔導器にカードを差し込む。入門口のやり取りに似ているが此処から先が違った。カードを飲み込んだ魔導器はなにやら通信しているかのようにその頭頂部を明滅させる。やがて光が収まるとカードではなく、一枚の紋がついた紙が排出された。
「…確認が取れました。巫女様がお待ちです。この紋の転移陣にお乗りください」
そう言って、開かれた扉の先には、転移陣が幾つか並び、上部に紋が描かれていた。
「…ありがとう」
騎士に礼を言った枢機卿は手渡された紋を確認しながら、同じ物が描かれた転移陣に乗る。瞬時にそれは発動し、彼の姿はもうそこにはなかった。
◇ ◇ ◇
彼が次に現れた場所は、大きなホールの只中だった。彼の前には真っ白な法衣を纏った人間が数人立ち、頭を垂れたて彼を出迎えていた。
「──ようこそアルフレヒド枢機卿。先見様がお待ちです」
──…はは、私の用事で出向いたのに、呼び出されたような感覚…いつ来ても慣れませんね。
「…ありがとうございます」
彼は心にもない返事をすると、浅い会釈をして、彼らの後ろをついて歩いて行く。法衣の者たちも気にする様子はなく、淡々と作業のように廊下を進む。
この建物が敷地のどこに存在し、どのような規模で、何人の者が寝食をしているのか、枢機卿にはわからない。通路に窓は一切なく、外の景色を見る場所は自身の行ける場所に見当たらない。本来ならば不安になるはずなのだが、何故だか気分は凪ぐのだ。何かの術によるものなのか、魔道具がそうさせているのかは全く分からないが、気分が落ち着くので思考も幾分クリアになるので問題とは考えなかった。ただ、異常に明るい真っ白な通路を、真っ白な法衣を纏った人間の後を付いて歩き続ける。
やがて辿り着いたのは、自身の二倍以上はある高さの大きな両開きの扉の前。案内人はそこで二手に分かれ、その大扉を音もなく開いていく。
──…巫女様…アルフレヒド枢機卿をお連れしました。
一人の案内人がそう言ったあと、部屋の中へと促してきた。
「失礼いたします…」
その部屋は縦に長い部屋になっていた。左右には柱が林立し、中央にのみ真っ直ぐそこへ向かって、真っ赤な絨毯が敷かれている。端を金糸で誂えられたそれは、とても毛足が長く、まるで雲の上を歩いているような感覚すらしてくる。天井はとても高く、部屋には柱が林立しているにも関わらず、影が殆ど見当たらないほどに明るい。外界の景色が見える窓は一切無い。天井には幾つもの幾何学的な文様が描かれ、古代の術式とだけ聞かされて、知っていた。内容はさっぱりだったが。
そうして絨毯の終端に辿り着いた先には、十段ほどの段があり、その上には天蓋が掛かっており、薄いベールが降りていた。
──…ようこそいらっしゃいました。
ベールの向こうから届いた声は、正しく彼女のものだった。…先見の巫女様。その声だけを聞けば齢はどう見積もっても十を超えているとは思えない、まるで幼子のような声。…だがそれは肉体だけの話。彼女たちは幾年の年月を、魂の継承によって生き永らえている。この国が出来て以来、それを繰り返して、生きてきている。それは既に千年もの間、続いてきているのだ。その秘術を知る者は限られているが。
「お久しぶりです。巫女様…──。本日罷り越しましたのは」
「はい。存じております…聖教会の教皇がカデクスの教会を公開したのですね」
「……はい。件の迷い人も同行しているとの事です」
「──…そうですか。お知りになりたいのは、どちらが先でしょう?」
──教皇の真意ですか? それともカデクスの地下遺跡の事ですか?
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