第34話 カデクスの過去
「──この本は…亡くなった人の名前が記載されているようだな」
シスが調べた最初の書庫のような場所には、幾つも同じような書式の内容が綴られた本がぎっしりと並んでいた。その本には人の名と、生年月日とともに没年が記載されており、それがこの書庫には置かれていた。
「…これは恐らく、信者たちが亡くなって、墓所に入れる際の管理のために編纂されたものでしょう」
オズモンドとミスリア王女が、その本を捲りながら、推察していたが、間違いなくそうだろうと思った。理由はこの教会は古くから存在し、地下墳墓があったからだ。亡くなった者達はこの墳墓に共同保管のような形で保存されているため、骨が纏めて収められている。だからこうして、本に名前を残すことで、彼ら信者は教会で眠ることが出来ているのだと、遺族が安心できる様にこの本を編纂して、ここに溜めていったのだろう。
「…だから、この先の部屋は事務所のようになっていたのか。あの部屋でこの本を編纂するために」
俺の言葉に、皆が納得したように本棚を眺める。年代の書かれたプレートはかなり古くから存在していたのだろう。かすれてほぼ読めなくなっている場所もあった。
「──…ある意味、カデクスの歴史…ですね」
「…そうとも言えますね」
シェリーの言葉に王女が応える。歴史…か。人が生きて、死んでいった最後の安寧の場所。紡いだ命の繋がりの歴史か。
「…では先に行きましょう。一班はこの本を適当に抜いて調べてくれ。周辺部の確認も頼む」
オズモンドさんはそう言って、事務所の方へと歩きだして行く。
「俺たちも行こう」
◇ ◇ ◇
次に入った部屋はやはり事務所のような場所だった。平机の島があり、壁際には書棚が並んだ部屋。奥には大きな机が一つだけあり、いかにも長が座っている場所だった。
「──…これが、そうか」
その大きな机の後ろの壁に掛かっていたのは、幾つもの鍵だった。全てにナンバーが振られ、一つ一つに予備の鍵がついている。オズモンドは一人の騎士に、その鍵束を持たせると、入ってきた扉の反対側にある扉を開いた。
「この部屋の確認も一班で行ってほしい。重要書類を発見した場合は、纏めて異界鞄に入れてくれ。残りは先に進む」
扉を潜ると、状況は一変した。壁はつるりとしたコンクリートで、塗り固められている様で、無機質な質感が漂い、等間隔に魔道具のランプが取り付けられている。壁にあった作動部に魔石をはめてスイッチを入れると、一斉にそれが灯り、その通路を照らし出した。
一面がコンクリートで、継ぎ目なく伸びた路は、魔道具の明かりで照らし出され、ここが剣と魔法の異世界とは、とてもじゃないが思えない様相だった。
「──…薄気味の悪い場所ね」
「ツルツルで、まるで生き物の中にいるみたいです」
俺の横で呟く、シェリーとキャロの感想を聞きながら、俺はふと自分の見た昔の光景が浮かんだ。
──…誰もいない病院の薄暗い通路のようだ。
太田零士として病院に入院していた時、夜間に部屋を出て、通路を眺めた感覚が、なぜか思い出された。…リノリウムのツルッとした床、白系で纏められた天井や壁の配色、夜間のために落とされた照明のために暗い通路。記憶が封印され、何もかもが朧気だった当時の俺にとって、とても怖い場所だった。
「──…トさん! ノートさん! 大丈夫ですか?」
「……え? あ、あぁ。ゴメン大丈夫だよ」
「本当に? 顔色、悪いわよ」
「…いや、少し嫌な事を思い出しちゃっただけだよ」
「…そう」
そう言うと、二人は俺の手を両側から支えるように、握ってくれる。
「これで、もう怖くないでしょう」
「あぁ、ありがとう」
「ンンッ! ……進んでもよろしいかな?」
そこで、周りに沢山の調査員が居たのを思い出す。
「あ! はい、すいません! 行きましょう!」
恥ずかしくなり、思わず大きな声で返事をすると、シェリーとキャロは隣でクスクスと笑っていた。
──…その時の俺は、恥ずかしさのあまり、忘れていたのだ。病院時代のことは未だ思い出してなど、なかったということに…。
◇ ◇ ◇
継ぎ目のない不気味な通路の先は、突き当りで左右に分かれ、一方には扉が付いてあり、もう一方は上り階段になっていた。
「──この上が地下墳墓だったのか…」
この上には、シスが登らなかった部屋が存在していた。監視部屋のような小部屋を抜けて上った先には地下墳墓が広がっていたのだ。もう一つの偽装された入り口は、ここから繋がっていた。
「──…さて、この先が……暗部となるんですね」
オズモンドはそう言いながら、持った鍵束を知らずに、握りしめていた。…やがて意を決した彼は、シスが先に焼き切って鍵を壊した扉をゆっくりと開け、進んでいく。それに続いていくのはミスリア王女。見張りを二人残して俺たちも続いて中へと入っていく。
──まず現れたのは左右に分かれた部屋だった。一方は休憩室なのか、テーブルと椅子が並んで居るだけだった。対面の部屋は管理部屋なのか、机が二つとなにやら魔道具が備え付けられていた。それらを軽く検分した後に、先の通路を進んでいくと、鉄格子の嵌まった二重扉が出迎えた。
「……此処から先が…」
ポツリと王女が呟いた。
二重扉を抜け、その空間に入った途端、冷えた空気が調査隊を包み込む。深度にしてここはもう、五十メートルを超えている。気温も下がって当たり前だ。それに何と言ってもこの空間の大きさのせいもある。
高さは十メートルを超え、奥行きは見えない。構造は二階建てになっており、全てが個室のようになった地下牢が、何十とそこには並んでいたのだった。
「──…なんと巨大な…。国の大監獄もここまでの規模では…」
その巨大さに、思わずオズモンドは圧倒されて、言葉を漏らす。王女にいたっては、見たこともなかったのであろう、その光景にただ絶句し、息を呑んでいた。
「──これが何百年も前から存在していたとは…」
「聖教会って、本当はどんな存在なんでしょう? 分からなくなってきました」
キャロルとシェリーはこの場所を見て、正直な気持ちを話す。そんな中、俺だけは違和感が拭えなかった。
──…確かにこれは、地下牢というより監獄だよな。こんなに大量に閉じ込める必要性があったのって、どう言う事なんだ? 聖教会って唯の宗教団体なのか? 元はもっと大きな存在だったんじゃ…。
そこまで考えた所で、シスから報告が入った。
《マスター、その先にある扉が別の術式によって封印されています》
「封印された部屋?!」
思わず大きな声で反応してしまい、全員がこちらをぎょっとした目で見てくるが、構わず俺はシスに続ける。
「…この先って、そこか?! オズモンドさん! こっちへ」
キャロやシェリーを伴い、オズモンドさんに声をかけてから、俺はシスの居る方へと駆け寄っていった。
「──…こ、これは!?」
その封印術式を見たオズモンドは声を失い、見るからに動揺していた。それを見て取ったミスリアが、思わずその式に触れようとした途端、大きな声でオズモンドが止める。
「それに触るな! 魔力が全て持っていかれるぞ!」
たまたま俺の側で、その行動をしていた王女の手を取り、抱き留めるように俺の身体へ引き寄せる。
「……! ぁっ…」
「…っぶねぇ。あぁ、ごめんなさい。咄嗟だったものでつい」
「…い、いえ、ありがとうございます」
そう言って俺から離れて行くミスリアは、何故か頬を少し染めていた。俺自身は暗かったので、そんな事には全く気が付かなかったが。
「オズモンドさん…この術式は?」
──…古代封印術式が何故こんな所に。
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