第30話 錯綜
『ふぅ…それで、あ奴は一体何を言っておったのだ?』
精霊達のこれからの方針をせーリスたちと取り決めたセレス様が、ソファに腰を落として俺に向き直って聞いてくる。その言葉を聞いたシェリーやキャロ、せーリス達が、俺を見る。
「…そうね、そこは私もすごく気になっていたわ」
「なにがあったのだ?」
「調査でなにかわかったんですか?」
「……そうだな。まずは調査に行ってない、セーリス達に分かるように話すと、最初の村で──」
そこから、村にゲールが現れたこと、そのまま戦闘に入ったことなどの概要を伝えた。
「じゃぁ、今回のことって悪魔種がやっていたと」
「村の人達を全部攫って行ったという事ですか」
「…おそらくな…全て死体だけど」
『で、奴は最初、お前に何を言ってきたんだ?』
「ん? あぁ、挨拶だと言ってたよ。戦闘中はずっとにやけてやがったな。まるで力比べをしているみたい…だっ…た…! そうか! あの野郎…テストしてやがったのか」
そこまで話して初めて気がついた。あいつの言動はすべて挑発だった。攻撃の初手も最初だけだ。その後は俺の攻撃を受けただけ。…俺が話し始めるとそれに合わせてきた……。あれは、あの身体の能力確認テストだったんだ…。
「──…やられた…あの野郎、俺との戦闘で肉体のテストデータを取ってやがったんだ」
「…ノート君? それってどういう意味?」
「全く話が見えん」
「ノートさん…」
俺が突然一人で納得して騒ぎ出したので嫁ズは意味がわからず聞き返してきたが、セレス様だけは意味が通じたのだろう、一緒になって騒ぎ出す。
『……そうか! アレはリビエラが作ったホムンクルス。それでお前の能力を調べて、より強化をするという魂胆か!』
《…マスターの能力をデータとして取っていたと?!》
「「「何、何、一体なんのことなの?!」」」
シスまで加わってヒートアップしてしまった俺達に全くついていけない嫁ズが声を合わせて抗議してきたので、順に説明していった。
「じゃあ、次に会った時は、もっと強くなっている可能性があるって事?」
「…そんなにも強かったのに」
「神級魔術と同等の攻撃を受けても平気な肉体って…」
事の重大さに気づいた彼女たちは、口々に懸念を述べていくが、ふと思い立ってセレスに質問した。
「──ところでセレス様…神級魔術ってなに?」
「「「………。」」」
”ポカッ!!”
──…痛い!
◇ ◇ ◇
「──…な! し、神級魔術を彼が?!」
魔導通信室から戻ってきたオズモンドが、改めて辺境伯らと合流した応接間で、彼の発言に驚愕したロッテン男爵が声を上げた。
「…ええ、間違いなくアレは神級でしょう。…確か【極炎】だったと思いますが…本来は戦略級の攻勢魔術です。事実、魔術が飛来した直下は地獄のような状態になっていました。彼らの結界が無ければ、我等も巻き込まれていたでしょう。しかし驚くべきはあの精度です」
「精度?」
「ええ。…ミスリア、君も戦略魔術を扱えましたね。君にはあのような事が出来ますか?」
そう言ってオズモンドたちがミスリアに顔を向けるが、彼女は俯いたまま目を閉じて頭を振る。
「──…無理です。私はたしかに戦略級の魔術を扱えますが、神級魔術は使えません。しかもあのような正確無比に撃つなど……とてもではありませんが想像の範疇を超えていて…」
それを聞いた二人は、思わずオズモンドを見やる。
「もちろんですが私も扱えません。魔力量が足りませんし…。精度についてですが、辺境伯たちはどのようにお考えです?」
「それは…的に当てるなどの正確さと言うことでしょうか?」
「…そうですね。例えば下級魔術の火球であれば、魔力量の違いにもよりますが精鋭が打てば一メートル四方に確実に当てることが可能でしょう。ですが、上級魔術…そうですね、この場合戦術級になる爆裂火球等は、その規模のせいで半径五十メートル内に入っていれば確実に術内にあると判定されます。ここまでは理解できましたか?」
「「…はぁ」」
「…要するに、魔術の規模が大きくなれば、その術式自体を正確に対象に合わせるのが困難になるのです。コップにボトルで側から注ぐか、樽で直に離れた場所から注ぐか、と言えば分かりますか? 術の級が上がれば、その術に使う魔力は膨大なものになります。それが今言ったボトルか樽の違いです。そして対象がコップになるのです。それらを術者の精神力と魔力で、術式を構築しながら、対象物の居る位置に当てなければいけなくなるのです」
そこまでかみ砕かれて、二人はやっと理解し、絶句するしかなかった。ワインボトルならいつも持って自分でもグラスに注いでいる。その行為をワイン樽を担いでグラスに注ぐなど…できるわけがない。
「…それを彼は、彼我の距離十メートル程で撃ったのです。しかも話をしながら」
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「──…な! なんだと! カデクスにリビエラの可能性だと!」
気分を変えようと思って開いたオズモンドの報告書を読んだカーライル国王は思わずそう叫んで、執務机の大きな椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。その大きな音は、外に立っている近衛に聞こえ、彼らは思わず扉を開いて飛び込んでくる。
「陛下! ご無事ですか?! なにご…と…で」
飛び込んできた近衛は、とっさに周りを見渡しながら国王に近づこうとして一瞬固まる。
そこにはまるで、オーガもかくやと思わせる憤怒の形相で、書類を睨みつけている国王がいた。
「…おい! 今すぐカストルとゲインズを呼べ! …あぁ、キースもだ! 今すぐここへ呼んでくれ!」
「は! 承知いたしました! おい、お三方を執務室へ! 火急だ!」
◇ ◇ ◇
王城内にある近衛騎士団の練兵場には、常駐している近衛兵の半数が交代で訓練を行っている。彼らは一般の兵士とは違い、戦闘訓練はもちろんだが、それ以外にも儀礼的な催しや式典などで、貴賓たちの警護に当たらなければならない。そのために行軍訓練や長時間の姿勢制御など、普通の兵士とは違う特殊な訓練も行っていた。
「──…おい! そこ! 半歩足並みがずれているぞ! 戻って初めからだ!」
行軍訓練では一糸乱れぬ足並みが要求されるだけではない。上半身はブレず、目線は固定し、すべてが揃ったまま移動するのが基本。そのため行軍訓練は体で覚えなければいけない為、日課として行う。
練兵場のトラックを縦横に移動させながら、それを見渡せる観覧席に陣取ったキースは常に、他の戦闘訓練を行っている者たちも見ながら指揮を取っていた。
「キース団長!」
そこへ一人の伝令が走り込んでくる。見れば相当慌てて走ったのか、暑くもないのに結構な汗をかいていた。
「ん? なんだ? 何を慌てている」
「…はぁ…はぁ。…は! 国王陛下が執務室でお呼びです! 火急の為急いでほしいとの事」
「…わかった。おい、ここを頼む」
キースはそう言って、副団長代理にその場を任せると伝令とともに駆け足で執務室へと向かった。
◇ ◇ ◇
キースが練兵場で呼ばれた頃、二人の伝令は王城内にある大図書館にいた。
「…王が僕を呼んでいる?」
「は! 執務室に火急の要件だと聞いております殿下」
「…カストル兄様、お父様が僕らを執務室に呼ぶなんて珍しいね」
そう言いながら、伝令と共に現れたのはエルデン・フリージア王国第二王子のゲインズ・バイス・フォン・エルデン。今年十歳になったばかりの可愛らしい王子だった。
「なんだ、ゲインズも呼ばれたのか…たしかに珍しいな。ピクト、済まないがそういう事らしいので今日の講義はここまでとしよう」
「…御意」
そう言って彼の家庭教師は机上に並べられた魔術書を仕舞っていく。それを横目で見ながらふぅと小さく息を吐いて立ち上がったのは、エルデン・フリージア王国第一王子のカストル・バイス・フォン・エルデン。
──今年十八歳になった、この国の第一継承権を持つ正統王子だった。
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