第29話 失った過去
「──…陛下、オズモンド殿より秘匿書類が魔導通信にて届きました」
「うむ…──そこへ」
執務室の未決箱へと入れられた書類をちらと見てから、机上に乗った書類に目を戻す。通信士が部屋を出て行ったのを確認してから、深いため息をすると、椅子の背にもたれ掛かり天井を見上げて一言零す。
──…リビエラ…か。
エクスからの秘匿書類に記されていた内容に王は懊悩していた。始まりは二人組の男が起こした廃屋での騒ぎ。よくよく聞いてみればその昔に封印されたはずの研究施設だったなんて……。
禁忌を冒し、あろう事か自らをもその実験に投じていたとは…。
──天才と称され、彼の調合した薬は万病を癒すとまで称賛され、彼ならば何時しかエリクサーをもと囁かれていたのに。錬金技師としても優れ、彼の作った魔導義手などは、人間のそれと遜色ない程に滑らかで完璧な動きを再現していた。
それらの功績を持って彼は治癒師に見放されても彼がいれば生きる希望は無くならぬとまで歌われた。
──…彼の最愛が失われるまでは……。
彼には最愛の妻が居た。元々カデクスで錬金技師として働いていた彼が、薬師になったのも、彼女が彼の義手を扱う店の店員だったからだ。納品の度に彼女との逢瀬を重ねるうちに、薬師になりたがっていた彼女の勉強に付き合った結果として、二人で薬師になった。そうして二人で店を持ち、彼が錬金技師として名声を上げ、薬師としては共同研究者として妻と共にその地位を確立していった。
その妻は、所謂薬草マニアでもあった。素材採取の為に自身で森に行くのもしばしば。当然冒険者と共に潜って行った、彼も同伴して。そんな時、エルフの冒険者から話を聞いた。
──不帰の森には未発見の薬草や魔草がまだまだ沢山あると。
その森に入って帰った者は居ない。──故についた名が不帰の森…。
その森には聖獣が住み、太古の神秘が眠っている。それは聖獣が齎す神秘の恵み。
泉には、不老の聖水が湛えられ。その草を食めばどんな病もたちどころに消え失せる。
エルフ達に伝わる伝承の歌の一節を、その冒険者は二人に聞かせた。
彼らエルフの民が暮らしているのは、ユーグドラシルの森と呼ばれ、ハマナス商業連邦の北東部に位置し、不帰の森とも接している。国全体が森に囲まれていて、国家という形ではなく様々な氏族の集落として成り立っていた。中でもエルダーエルフと呼ばれ、精霊王が直接住まうとされている場所は世界樹が存在するとされ、その威容は天を突くと言われているが、その大樹をエルフ以外が見る事は出来ない。
そんな話を聞いて、黙っていられる彼女ではなかった。だが一方でそれがどんなことを意味するかも十二分に理解していた。
──その森は神の住まう森。人の子の入るは禁忌と知れ。その命惜しくば、けして分け入ることなかれ──
許されるのは森の入り口から見える範囲だけ。
彼女にとっては憧れの地。未知の薬草や魔草の類……。一目、一目で良いから自身の目で確かめたかった。…懇願され、若さゆえの好奇心もあった。結果、ほどなくして二人はエルフの国へと旅立った。
──…その最愛を失うとも知らずに。
彼が何時どの様にして帰国したのかは不明な点が多い。だが、戻って来たのは間違いなかった。薬師として、出来たばかりのエクスの街で店を再開し、直ぐに繁盛していると王都にも噂があったぐらいだ。
既におかしくなっていたが…。
実際不帰の森で、何が有ったのかは分からない。本当に分け入ったのかも不明だ。……しかし彼が戻ってきて行っていたのは非人道的で猟奇的な実験の数々。それを調べようにも本人はその時現れた精霊王の神級魔術によって塵すら残らなかったと言う。彼女は激昂していた為話などしてもらえず、研究所を調べ尽くして得た結果が合成強化体の錬成と魂の補完。
「──…まさかとは思うが…エルフの国で最近発見された物と関連があるのか?」
彼の脳裏に様々な考察と潰しては湧いてくる疑念が繋がりそうで切れて行く…。ふと目線を向けた先に有ったオズモンドからの秘匿書類。考えを変えたかった彼は、その書類を取って封を切った……。
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エルデン・フリージア王国、王都には王城を囲むように貴族街が半円状に拡がっている。そんな広大な貴族街地域の一角に、財務大臣のミダス・ニールセン伯爵の屋敷があった。
貴族街には王城の近くに建つ屋敷ほど大きく、また華美ではないが気品に溢れる豪奢な造りをしている。それはこの国に仕える者としてのステータスでもあり、それだけ王族に信頼を置かれている証でもあった。
財務大臣ともなれば、国の金庫番でもある。故に重用される要職の一つである。そんな彼の屋敷は当然ながら最も王城に近い一番街の中に有った。
建物も大きいが土地も広くとられ、門から屋敷は全く見えない。前庭は庭園となっていて、王城と同じ様に色とりどりの花が咲き誇っていた。そんな屋敷に有る大広間の一つで。その酒宴は行われていた。
「お集まりの皆さま! 今宵はようこそわが家へ! 狭い家では御座いますが、酒と肴は尽くしましょう! 今夜はゆるりとお楽しみください」
ミダスがそう言い、杯を掲げると皆も一斉に掲げ、酒宴が始まった。
「今夜も盛況ですな。いや、実に素晴らしい」
壇上から降りたばかりの彼にそう言って近づいて来たのは一番街の住人である伯爵達。それに気づくとミダスは屈託のない笑顔で彼らに向き直る。
「これはこれは、セール伯爵にエドミントン伯爵。今宵の来訪、誠にありがとうございます。どうぞごゆっくりお楽しみください」
彼ら二人はどちらも伯爵位ではあるが、ミダスと同様、法衣貴族である。つまり、住まいは一番街ではあるが、領地を持ってはいないのだ。そう、今夜ここに集まっている貴族は全て法衣貴族達。領地を持たない者たちの集まりだった。
「ありがとうございます。…時にミダス伯、この後の事はいつも通りで宜しいのかな?」
「…セール伯は気が早いですな…勿論準備させて頂いています。しばしのご辛抱を」
「ハハハ。いや、これは失礼。私は酒が弱いものでしてな。この間など──」
聞けば寒気がする様な上辺だけの言葉の応酬が続く中、ミダスの背後に侍従の一人が音もなく近づいて何かを囁き去っていく。
「──お二方、暫し席を離れます。どうやら、荷が届いた様です」
「おお、そうですか。」
「お気になさらず。我等も楽しみにしておきます」
◇ ◇ ◇
屋敷の裏通りには荷馬車が三台停まって横付けされていた。裏口が大きく開け放たれ、そこに幾つもの大きな木箱が載った台車が入って行く。従者や下男が出入りを繰り返している場所から少し離れた場所に、その荷を運んできた商人風の男と荷物の量や中身の書かれた書類を確認しているこの屋敷の侍従長が居た。
「今日の大は幾つです?」
「…はい、数は三と二です。どちらも雄は一です。残りは雌ですが全て済んでおります」
「そうですか。…では小が今回は多いのですね」
「…そう言うご要望でしたので。数は十五です。雌が十一、雄が四です」
「そうですか──! …主様」
侍従長が近づいてきたミダスに気付き、片膝をつき平伏す。商人もそれに気づいて侍従長を真似る。
「……ご苦労。荷はどのように?」
「は! こちらに」
「──…フム。依頼通りだな…流石はハマナス…と言った処か」
侍従長から渡された書類を見ながら彼は満足そうにそう言うと、書類を侍従長に返し、一つの木箱に触れる。
「──…神と人に差がある様に、人の中にも身分差は存在する。コレらは見た目は同じだ…だがそれだけだ。小銭一枚の価値すらつかず、果てはパン一つにも満たない存在。それを承知でコレらは売り買いされたのだ。高貴な我らが有効に使ってその価値を見出してやろう」
そう言いながら彼は歪に口角を上げ、嗤いながら屋敷へと戻っていく。
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