第27話 大罪
「──…雨?」
俺が結界を解き、セリスとシェリーがアクセサリーの術式を解除すると全員の頭上に大粒の雨粒が落ちて来る。オズモンドとミスリアはその状況の急変に慌てて手を翳して雨を避けるが、シェリーとセレスは個々に違った反応を見せた。
『おい! ノートよ、あ奴は最後に何と言った?! 我にはリビエラと聞こえたぞ!』
彼女は激昂し、その勢いのままに俺に詰め寄って来る。雨に打たれるのも気にしないままに。そしてシェリーは、ゲールの消えた場所をじっと見つめていた。
「──…アレが悪魔種…転移術まで扱うなんて」
──ザァァァ……。
◇ ◇ ◇
魔導車の中に入り、そのまま奥の扉を潜ってリビングに移動する。オズモンドとミスリアは、ポカンとなってしまったが、それを考える余裕は今の俺には無かった。
「…お二人共、この魔導車は彼の特別製です。今更驚いても仕方ありません。さぁ、これで身体を拭いてください。でないと風邪をひきますよ」
シェリーがそう言って二人にタオルを手渡すと何とか意識を取り戻し、濡れた髪や衣服を拭き始めた。
皆が身体を拭き終わり、衣服も大分乾いて来た頃、シェリーはお茶を淹れてくれる。
「皆さん、現状は私達のゴーレムが三体で上空監視を行っていますので先ずはお茶でも飲んで落ち着きましょう」
彼女の言葉でソファに座ると何だか一気に疲れが出た。大きなため息を吐いて顔を上げると都合六つの瞳が俺を見据えていた。
「──…え? 何? そんなに見つめられたら怖いんですけど」
「…いや、流石にそんな大きなため息を吐かれると──」
『そんな事はいい! それよりもあ奴と何を話した? リビエラがどうしたのだ?! なぜアレがその事を知っている?!』
オズモンドの言葉を遮って、セレスが身を乗り出して聞いて来る。
「…ちょ、ちょっと待って! 分かってるよ話すから、ちょっと離れて」
『──…むぅ』
そう言ってセレス様をソファに押し戻すと、シェリーが丁度カップを並べて行ってくれる。
──…さて、何から話そうか。そう考えながら、カップに口をつける…この世界には珈琲や紅茶は勿論、いわゆる日本茶と呼ばれる番茶やほうじ茶など、様々な飲み物がちゃんと存在していた。…何故か抹茶は見当たらなかったが。そんな中でシェリーが俺に淹れてくれたのは珈琲だ。好みの問題もあるが、俺は元々紅茶を好んで飲んだことはない。嫌いという訳ではなかったが、自動販売機やコンビニで手に取ったモノは大抵珈琲だった。
淹れて貰ったものに何も足さず、黒に見えるその液体を啜るように口に含むと、口いっぱいに広がる独特の苦みと少しの酸味。鼻から抜けて行く香りに気持ちが少し落ち着いて行く。…奴が言った言葉が頭で再生され、取捨選択していく…。
──そう、全てを話す事は出来ないと思った。……少なくとも王女と彼には。 彼らに俺の居た世界の事を話したって理解できないだろうし、混乱するだけだ…。それに奴が最後の方に言っていた言葉も気になる。なんなんだ、俺の中ではそう考えるって…。何か間違っているのか?
『──…い! ……おいノート!』
痺れを切らしたセレス様にポカリと頭を叩かれて、自分が一人で考え込んでしまっていた事に気付く。
「あ! あぁ、ごめんごめん。ちょっと整理してたんだよ、えぇとねアイツの名前は──」
まず話したのは奴の名や種族について。案の定、オズモンドさんや王女は詳しく聞いて来たのでエリーさんの話と合わせて答えて行く。奴の仲間について聞かれたときは正直分らないとしか言えなかった。何しろあいつら自身は特定の肉体を持っていない。でもそんなに多くはいないだろうとも答えた。理由は有ったが明確には言わなかった。…それは何度も聞いた奴らの名乗りのせいだ。
──我は傲慢の悪魔。
もう一人は嫉妬を名乗っていた。そして俺が聞いたマモンとサタン……。
俺の知る限りだとこれらは確か、大罪と呼ばれる悪魔の支配者たちだったはず。エリーさん達が討伐したのがどんな奴かは知らないが、二体を討伐したと言っていた。そこにアナディエルを足せば三体が既にいなくなっている……。だとすれば残りは四体と考える事が出来る。七つの大罪、コレが人間の欲から産まれた業と罪だったはず。マモンは強欲、サタンは憤怒。後は暴食と怠惰、そして色欲だ。
そこでふと思いつく。アイツらは司っている欲に忠実なのかと。アナディエルはマモン、強欲だ。確かにあれが行った事は強欲の何者でもなかった。全てを欲し、支配しようと目論んだのだから…。正しく強欲だ。ならば傲慢は? 超絶マウント野郎ってことか? そう言われて見れば何かと奴は俺を見下したり、小馬鹿にしたような言動や態度だったな……。ん? もしかするとそこから何か分かるのかも。アイツが言っていたのは俺がさも勘違いしているような物言いと、リビエラについてだった。他には? アイツは何を言っていた?
『おい! ノートよ! さっさと肝心な事を教えんか!』
「ファ?! な、何の事だよ?」
『リビエラの事だ! なんでアイツがリビエラの事を言っていたのだ?!』
「いや、俺も知らないよ。奴が言ったのはあの時の一回だけだ。だから一緒に居るという事じゃ…──!! じゃぁ、ゲールの肉体はリビエラが作ったホムンクルスって事か!?」
『やはりか! おい! リア坊! 開拓村の人間消失の原因が分かったぞ! 非常に不味い事がな』
「な!……お師様! どうゆう事です? あと、流石に坊は恥ずかしいです!」
『やかましい! 我にはお前はオズモンドにくっ付いておったハナタレ坊主だ!』
なんだかえらい言われ様に、オズモンドさんが涙目になっているが、彼女の言った通りなら確かに不味い事になっている状況だ。
「セレス! 上のゴーレムを先行させてくれ。次の村へ向かう。王女様とオズモンドさんは、万が一の為ここに居て下さい。現場を確認次第、呼びますから。シェリー、申し訳ないけどここをお願い」
「分かったわ。私のゴーレムはどうする?」
「呼び戻してここで一緒に待機。数を送って察知されるとまずい」
「了解よ。気を付けてね」
ありがとうと答えて、セレスと二人運転席の方へ移動していく。シスに連絡を入れ、移動を伝えてそのまま監視続行を頼んだ。
◇ ◇ ◇
「──…やはりここも同じか」
最後の村に到着したのは夕日がもうすぐ森の向こうへ落ちる寸前だった。
小屋は粉微塵にされ、駐屯所は半壊している。唯一違ったのは、その場所には血痕がありありと残っており、ここで何があったのかを如実に物語っていた。
『……くそ、あの下種め。だから精霊の気配が…』
「え? セレス様、今なんて?」
『…詳しくは戻ってから話す。今はここの調査が先だ』
「──やはり人は皆無か。シス、そっちはどう?」
《現在、上空百メートルにて、全方位索敵にて調査範囲を五百メートル半径にしていますが、人はおろか魔獣の痕跡すらありません》
「魔獣すらいない…か。──…まさかゼストさんの言ってたキマイラもまた作っているのか?」
『なんだと?! 魔獣もいないと言うのか?』
「ああ、みたいだ。シスに直接調べて貰っているよ」
ノートとセレスが村の探索をしている頃、魔導車の窓からその様子を眺めているオズモンドにミスリア王女が声を掛ける。
「団長、先程のノート様達のお話に出ていた【リビエラ】とはいったい誰の事でしょうか」
「──…王女殿下は聞いたことが有りませんか、この辺境にかつて天才と呼ばれた錬金師であり薬師のエキスパートと呼ばれた【狂人】が居た事を」
「…天才の狂人? ですか……いえ、不勉強で申し訳ありません」
彼女がそう答えると、オズモンドは一度目をきつく閉じた後、ゆっくり開いてから彼女を見ずに言った。
──…禁忌を冒した大罪人、合成強化体を錬金しようと目論んだ狂人。その名がリビエラです。
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