第26話 傲慢の悪魔
「──……誰だお前?」
クレーターの中からゆっくりとこちらを凝視しながら歩いて来る大柄な男に向かって出た最初の言葉はそれだった。
「……フハハ、そうだな。貴様ら人間は見て呉れを重視する種族だったな。では改めて──」
「いや、知ってるよ。クラウンとか名乗ってた悪魔種だろ?」
余裕ぶった態度が気に入らなかったのと、確かに見た事の無い風体だった為に、つい言ってしまった言葉だった。
「──…相変わらず、人を食った態度だな。…まぁ、別に構わんが」
一瞬、片眉を上げた男はそう言いながらクレーター部分を上り切り、俺と相対した状態で一呼吸してから口角を上げて言う。
「改めて名乗ろう…我が名はゲール、傲慢の悪魔である。…貴様の居た世界ではルシフェルと言った方が分かりやすいかな?」
───…ドクンと鼓動が跳ねた…
「──! おま、…今なんて──!」
俺の言葉を最後まで聞く事なく、ゲールと名乗った男の姿が掻き消える。ミニマップ上では既に俺の右斜め後ろに赤が点っていた。
「…クッ!!」
身体を瞬時に捻り、後方へ上半身を逸らすと俺の首があった部分に手刀が通り過ぎて行く。それを確認した刹那、俺はバク転の要領で足を蹴り上げクリーブの機能を使う。
爪先から暗器の様に飛び出したナイフが狙い違わず奴のあごへと吸い込まれていくが。
”ガイィィィン!”
まるで金属に金属をぶつけたような音が響いた。
「…な! 硬ってぇぇぇ!?」
「フム。…──それは、ミスリルナイフか? 良い業物を仕込んでいるな」
まるで何事も無かった様にこちらを見下ろしながら話しかけて来ると、振り抜いた手刀を拳に変えて俺の頭部を撃ち抜きに来る。俺はそれを見て取るとすかさず首をずらしてカウンターを打ち込む。
”ゴカァァァアン!”
ドラゴンの骨で作られたガントレットは確実に男の顔面にヒットしたが、先程と同じ様な音を響かせただけだった。奴は先程と変わらず、にやけた顔で俺を見ていた。
何だコイツの身体…まるで金属の塊をぶん殴ってる感じがする。結構本気で殴っているのにもかかわらず、全くダメージを感じない。周りは結構悲惨な状況になっているのに。
◇ ◇ ◇
「──…アレが、迷い人の力なのか……」
ノートと突然現れた男の戦闘が始まってから、セリスとシェリーのステルス結界に護られ、駐屯所の陰から覗き込んでいたオズモンドが堪らず声を漏らす。それははるか上空から落ちて来たと云うのに全くの無傷で立ち上がり、ノートと対峙して、何事かを話したと思った瞬間には、彼の後方にいた。実際目で追えたわけではない。彼の立って居た場所が爆発したように地面が吹き飛んだのだ。そちらを向いた時には彼は次の行動に移っていた。クルリと回転したと思ったら大きな声で硬いと騒いでいた。男に何かしたのだろうがそこは分らなかった。だがその余波はすさまじかった。衝撃波の様なモノが何十メートルと縦に延び、下草が千切れて舞った。
そして今だ…まるで二人で打ち合ったように互いの拳を顔に向けて打ったのだろう。ノートの方は身体を躱していたが、男はそのまま受けていた。それはまるで鐘楼を間近で叩いたような音が響き渡った。にもかかわらず、奴は平然と立って居た。
──…我ら地上の民ではこ奴には勝てん。
ふと、セレス様の言葉を思い出す。…なるほど、確かにあんな戦い方を見せられれば納得できる。全く攻防が見えないうえにあの周りの惨状。彼が暴れればそれだけで地が割れ、民は塵芥の如く吹き飛ばされるだろう。
──…ではそれと互角に戦っているアレこそ何だ?!
「──セリス様…あ、あのノート様と戦っているのは何者ですか?」
オズモンドの疑問を代弁するようにミスリアがセリスに言葉を発していた。
「……アレが悪魔種じゃ……しかし、何かおかしい…あ奴の身体からどうして精霊の気配がするのじゃ?」
セリスはそう言って細めた目で男の方を睨め付けていた。
アレが悪魔種…──。聖女の部隊はアレを討伐したと言うの!?
ミスリアは言葉を継ぐ事が出来なかった。どう見たって尋常じゃない戦闘だ。打ち合った処すら見えない、いや、それどころか移動した事さえ分からなかったのだ。気づいたのは音が聞こえただけ。その瞬間に起きる自然破壊。それらは全て瞬きの間に行われていた。息をのむ間すらなかった。
だが彼女は聞いていたのだ。エリーの所属していた部隊が悪魔種二体を討伐したと…。
いつの間にか体の芯が冷えた感じで震えが全身を襲って来るようだった。
──…恐ろしい…そして怖い。そんな感情しか出てこない。だがそれ以上に目は釘付けとなって目の前で起きる事に注目していた。
◇ ◇ ◇
…シス、ポイント出来たか?
《はい。既にロックオン状態で待機しています。タイミングはお任せします。いつでもどうぞ》
「おい、ゲールだったか? お前さっきなんて言った? 俺の居た世界ってどういう意味だ? ルシフェルだと…じゃぁ何か? サタンやマモンも居るってか?」
「……クフフフ……フハハハハ! よく知っておるではないか! あぁ、もちろんだとも。しかし悲しいかなマモンは、千年前に貴様のせいで次元の彼方へ飛ばされてしまったがなぁ」
「…はぁ? お前何言って……次元の…?! まさかそれってアナディエルの事か!」
俺の問いにゲールは言葉の代わりにニッコリ笑ってゆっくりとした動作で拍手をする。おめでとうと言わんばかりに…。
「ハハハ…イヤに冴えているな。どうした、記憶でもとり──!!」
”キュイン!”
遥か高空から飛来したその熱線は奴の左半身に到達した瞬間に、摂氏百万度に到達する火球へと変じる、それは原子力爆弾の爆発した瞬間の火球温度に匹敵する。それが奴の身体の一部分に収束されると次瞬、男の半身は瞬時に発火蒸発し、上半身の左側を失って同時に到達した衝撃によって弾き飛ばされる。
”ぐがぁぁぁあああああああああぎゃあああああ!!”
その刹那の時に張った次元結界で自身を隔離していた俺は、その余波を喰らう前に駐屯所前まで跳び、結界を拡大させて駐屯所ごと結界内に取り込んだ。
そして訪れる地面ごと上下されるような衝撃と熱波の嵐。爆風は一瞬にして周囲を巻き込み、木々はなぎ倒されて宙を舞いながら燃え尽きる。熱線の落ちた中心地は太さ二センチに満たない熱線だったにも関わらず、直径数十メートルにわたって大きなクレーターになって、中心部の深さは五メートル以上落ち窪み、その地表は一瞬にして溶け落ちてガラス化現象を起こしていく。
まるで太陽が落ちた様な輝きの果てに起きた現象によって、その場所は一瞬で総ての生命活動が終わり、真っ白な情景となる。その後、急速に中心に向かって冷えた空気が集まって行き、それはやがて上昇気流を創り出し、もくもくと雲を発生させて立ち上って行き、はるか上空で広がりを見せる。きのこ雲の完成だ。
そんな状態の中、俺は一点を見つめていた。
──…赤マーカーが点いたままだった。
「───…グック……ハッ…ハァ……ハハハ。まさかこの様な手段を隠し持っているとはなぁ。やはり人間とは…いや地球人は考える事が残虐で非道だな。まさか、歴史上で最も忌むべき兵器をこうも簡単に使おうと考えるとは…度し難いものだよ」
雲が上昇しきって曇天になった暗い地面の向こう側、難を逃れた木々の間からゲールはその姿を現した。
上半身の左側を失い、顔の半分以上をケロイドに覆われ、左足にも傷を負ったのか歩き方はぎこちなかったが、それでも奴は平然として歩いて来る。顔の半分以上が失われている為、表情は動かせないのか心情まで読む事は出来なかったが、それでも少しは苛立っている様子だった。
「…お前が何を言おうと関係ないし、何とも思わないさ。人間はそうしてでも生きてきた。たとえそれがどんなに非道であろうとも、罪であると判っていてもな。……業は業として俺が背負うだけだ。そもそも悪魔と言う存在そのものが俺達地球人が生んだ幻想であり、戒めの象徴だったはずだろうが! そんな存在が何を我が物顔で説教するつもりだ? ふざけるなって話だ」
「──…フフフ、フハハ。そうか、貴様の中ではそう考えているのか。…まぁ良いだろう。今回は元々顔見せの挨拶だけのつもりだったのだがな。まさかここまでの手ひどい仕打ちを受けるとは思わなかったよ。今日の所はこれにて失礼するよ、後ろの方々にも宜しくね。特にセレス…リビエラは元気でやっているよ。奴にも君の事を伝えておくから。次に会うのを楽しみにしているよ…ではね」
シス! 次弾まだか!?
《マスター…射出口の冷却が間に合いません!》
「──…っち! おい! 逃がすと思っているのか?」
俺の言葉が奴に届く寸前、奴の足元に術式の陣が発生し、それが奴を飲み込むとその場にはもう誰もいなかった。
「…転移陣かよ…」
そう呟いてマップを確認したが、マーカーは既に消えてなくなっていた。
──…結界を解いたと同時に、昇った上昇気流の反動で大粒の雨が降り始めていた。
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