第24話 上がった狼煙
ここはカデクスより南東に四十キロ以上離れた未開拓の森に有る開拓村の一つ。村というよりは集落に近く、建って居る家々も、ほぼ簡素な木組みで出来た小屋の様なモノがちらほら見られるだけだった。周りを囲む柵がある訳でも無く、下草も伸び放題では有ったが、作物を植える畑や人が通るには問題ない程度に均された地道が何本か通っていた。
そこに集められた人々は、犯罪奴隷である。彼らは国の法律を冒した重犯罪者達だった。本来ならば極刑が相当とされるような犯罪を犯した者達は、こうして、未開地域へ送られ、その人生を全うするまで国の役に立つことで贖罪とされていた。
当然のことながら、この村にはそんな犯罪奴隷たちだけで構成されているわけではない。その奴隷たちを管理する者達もこの村には存在していた。彼らは元国家騎士団に所属していた退役騎士たちで構成されており、高ランク冒険者とも引けを取らない連中だった。彼らは一年で交代制を採っており、赴任時に配給なども行っていた。それ以外の配給は三か月に一度程度だった為、連絡はもっぱら魔導通信で行っていた。
「──…クソ! 一体どうなっていやがるんだ?! この村の手前に集落は二つあったはずだ! 何で繋がらない?!」
村唯一のコンクリート造だった、騎士たちの駐屯する建物の中で、血だらけになった一人の騎士服の男が魔導通信機を握りしめながら、叫んでいた。
「はっはぁ~ん、みぃつけたぁ! 何してんだぁ、騎士様よぉ~」
「──…ひっ! く、来るなぁ! このばけも──ゲフッ! ガァはぁ…」
胸を大きな剣で貫かれた騎士は、その体重を剣に預けて事切れる。
「おい、結局皆殺しになってしまってるじゃないか…」
建物の入り口に何人もの人を積み上げながら、串刺しになった剣を担ぎ上げるベイルズに文句を言っているのはネヴィルだった。
「んあ? そんなのゲールに聞けよ。俺だってコレとさっきの騎士様だけだぜ。他のほとんどはテメェの魔獣とゲールじゃねぇか」
そう言いながらベイルズが見つめる先では、周りの土や木々などを一緒くたにして数メートルは舞い上がっている開拓村の人々だったモノ。それぞれが悲鳴や絶叫を上げる中、その中心部で嗤いながら何かを振り回すゲールが居た。
「…おいゲール、慎重にやるんじゃなかったのか? そんな風にしちまったら素材に使えないじゃねぇか! ったく、クソだりぃな」
「あぁ……素晴らしい! 何とも言えん高揚感! これはビーシアンの闘争本能か?! ハハハハハ!」
「──…全く聞いていない様だな」
「…まじでくそだりぃな。…ってか、振り回してるの…人か?」
「あぁ、ここの長だった元騎士団の何とかって名乗りを聞いたな…」
「…ぬ? なんだ、静かになってしまったな。…ベイルズ、ネヴィル…そっちはどうだ?」
自身の周りに動くものが無くなった事にやっと気が付いたのか、ゲールは周りを見回しながら、二人の元へ金属鎧と肉がひと塊となったモノを引き摺りながら、歩いて来る。
「おいゲール、テメェ何一人で盛り上がってんだよ。アレどうするつもりだ? ダリいから俺ぁ知らねぇぞ。テメェで片づけろよ」
「ん? あぁ、問題ない。──…【燃えろ】」
”ゴォォォォォォオオ!”
一言彼が呟くと、彼が暴れた場所一帯が瞬時に真っ赤な炎が立ち込める。周辺の草木は一瞬で燃え尽きて炭化し、剥き出しになった地面が焦げ始めた所で炎が消え、全てが灰燼と帰す。
「──…な、え? お前、術式の威力上がってねぇか?」
「…闇精霊の核のおかげか」
ベイルズの驚きに対し、ネヴィルが冷静に状況を分析した。
「フフフ……あぁ、これで能力的にも身体的にも彼に近づいただろう。…後は実践あるのみだ」
──…さぁ、ボチボチ始めようか。忘却の勇者よ……。
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「──…マリアーベルの件?」
その言葉に一瞬反応しかけるが、何とか気持ちを抑えてオズモンドさんを見ると、彼は頷きながら懐から書類を取り出して、その書類を俺達に手渡してくる。
「…これが、エルデン・フリージア王国で確認したマリアーベル嬢の身元と、経緯です」
その書類には彼女の事について国家を使って調べた結果が書かれていた。
(仮称)マリアーベルについての詳細を下記に報告する。
本名 マリアーベル・ド・ハイドン 聖歴1237年3の月生。
現ゼクス・ハイドン帝国皇帝 カルロス・ド・ハイドンⅧ世と皇妃 レイシア・ド・ハイドンとの間に出来た正式な次女。
出生後、聖教会における祝福の儀に於いて精霊との親和性を認められ、次代の聖女候補として聖教会へ里子に出される。
聖歴1244年に起きた未曾有の地揺れ災害により、聖女の継承を行ったとされるが真偽不明。
同年ゼクス・ハイドン帝国に聖教会より、マリアーベルの殉教知らせが届く。
聖歴1262年9の月に聖女の誘拐騒ぎが確定不能情報として入手。
同年同月、*カデクス教会に身元不明の女性が収容されたとの情報有り。
*カデクスの聖教会本部については別紙資料を参照
「──…これって……」
「えぇ、それが彼女、マリアーベルの来歴と行われてきた事実です。ノート様は既にご存じだと思いますが、我がエルデン・フリージア王国では、先々代より、セレス・フィリア様との約定により、罪を起こした者以外の人の売買や譲渡を禁止しております。人道上は勿論ですが、それ以外にも様々な遺恨や弊害を産まない為にです。聖教会も現在、強制的な譲渡などは一切行われていません。…これは昔から続いた因習の一つなのでしょう。現在は聖女様の指導の下に孤児を教育していく上で、その可能性を見出された者たちが自ら望んだ場合にのみ候補になっているとは聞いていますが…」
マリアーベルの事は彼女の精神世界に入った時に内容は分っていた。驚いたのはその内容をエルデン・フリージア王国がほぼ正確に知っていた事。そして、なぜ教会に疑いの目を向けているかだった。
「このカデクスの教会の詳細とは?」
「──…その前にここカデクスが元領都だったことはご存じでしょうか?」
「え? …いえ、初耳です。え? じゃあこの街は元々から?」
俺がそう聞き返すと辺境伯がオズモンドさんから話を引き取り続けてくれた。
──この街カデクスは現在の領都に遷都されるまで約五百年の長きに渡り、辺境領の領都として発展していました。千年以上前に起きた異界の勇者様の戦いによって興った聖教会がこの地に小さな教会を建てたのが始まりです。故にここに我が先祖が派遣され、村を興し発展させてきました。その為、あらゆる利権がこの辺境の街に集中する事になったのです。国の面積に対してこの辺境領は三分の一も有ります。周辺の集落や村を吸収し、当時としては恐らく王都に匹敵するほどの人口が居たでしょう。その中心にあったのが聖教会…そして集まって行く各ギルドのマスター達。この街は代官より、彼らの合議の方が重用されるのはその為です。
やがて彼らは自分たちを評議会と名乗り、領都が遷都された後、自治を主張していました。ですが流石に一つの街にその様な事は許可出来ません。最初は国が締め上げようとしたのですが、そこで聖教会が出張って来たのです。結果、代官との折衝による共同自治といういびつな構造が出来上がっていました。国の上層部はその頃より、聖教会に対して一種の疑念を抱く様になったのです。特に教皇に対してですが……。
「……それで今回の件も、教会が絡んでいると?」
「おかしいと思いませんか? 賊が聞いたのはマルクス殿に対してマリアーベル嬢を匿っているのかと聞きながら、その場にいた全員を凄惨な方法で虐殺しているんです。私なら、評議会を人質にするか、マルクス殿を締め上げるのみで十分と考えます」
横から入ってきたオズモンドの意見が腑に落ちた瞬間に再び応接間のドアがノックされた。
「し、失礼します! 今しがた、魔導通信の緊急連絡信号が受信されました! 三つの村から立て続けに上がっております!」
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